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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第六章《輪廻》
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第六章《輪廻》:Nobody-Knows(3)


「……で、何の話をしてたわけ?」


ニヤニヤと笑みを浮かべる恭吾に不快を露わにした顔を隠さずぶつけても、全くの無意味だ。人をからかうのが生き甲斐のような男である。

よりにもよって厄介な相手に捕まった。駿は己の不運を心底嘆いた。


「……お前には関係ないだろ、」

「ふぅん? オミナエシについて知りたくないんだー」

「な……ッ」


隣にいたルードが両手を上げて降参のポーズをとった。驚愕に染まっていた駿の表情が、みるみる苦虫を噛み潰したようになってゆく。

――恭吾はどうやら、始めから全部聞いていたらしい。

「……ほんっとに性格悪ィのな、お前」

「ありがとう」


シュン君程じゃないと思うけどね。言いながらこやかな笑みを浮かべる相手に駿はげんなりした。


「ま、何にせよ――――オミナエシはあまり良くない」


瞬間、恭吾は僅かに目を細める。場の空気が微弱に変化したのを感じ取ったルードが身じろいだ。


「良くない、っていうのは?」

「あまり首を突っ込まない方が良い相手、って意味だよ。知りたきゃ教えてあげるけどね」


別に機密事項でもなければ、口外を禁止された覚えもないし。エヴィルと同じようなことを飄々と言ってのける恭吾を見て、駿は一つ確信した。


市原恭吾やミク・ロヴナス、エヴィル・ブルータス――それからルード・エンデバー他数名。階級を〈マーダラー〉以上に置く彼ら幹部は、等しくある情報を共有している。それは組織のボスが探す人物の“ある程度の”情報と、ロヴがそれを探し求めている、という事実。

幹部達は長年それを知っていながら、何もしてこなかった。否、何もできなかったのだ。


(知っているのが、“それだけ”だから)


ロヴはオミナエシについて、それを知る幹部の誰にも口止めしていない。幹部達が知る情報など所詮その程度の物だということである。

彼は肝心な部分を誰にも告げていないのだ。何故オミナエシを探しているのかという、その一点を。


「……その顔じゃもうわかったみたいだねェ、シュン君」


くつくつと恭吾は喉の奥を鳴らす。


「俺達に聞いたって無駄だよ。一番重要な部分を俺達は知らされていない」


誰も知らない。歌うように恭吾が続けるのを呆然と見ていたルードが、ふと口を開いた。


「――ルカ姉は?」

「うん?」

「ルカ姉も、知らないのかな。ほら、幹部の中でもまた別でしょ」


ふむ、と恭吾は小さく唸る。顎先に指をついと当てて、僅かに考えるような仕草を見せた。


「ルカ、ねぇ……彼女については俺もイマイチわからないからな」


あの子、未知なんだよねぇ。

呟く声を拾って、やっぱり行こうとルードが声を上げた。


「行こう、ルカ姉の所。行って聞いてみよう――可能性が一番あるのはルカ姉だ」

「……まあ、ルカなら俺達が知らされてないことの一つや二つ握ってるかもねぇ」

「……そうだな」


「ルカならいないよ」


声が聞こえたのはその瞬間だった。再び歩み始めていた足を止め、目線を上げて愕然とする。恭吾ですら目を見開いて固まった。

いつの間にか、進行方向に男が立っている。どんなに探しても見つからなかった彼が。


「――ロヴ……。アンタいつからいたの」


流石と言うべきか、一番最初に立ち直ったのは恭吾であった。驚きをきれいに隠すと、彼らしい気安い態度で現れた男に話しかける。


「ホントに神出鬼没だね。鮮やかすぎて不気味ですよ」


お前に言われたくはないだろう、と駿は心で突っ込みを入れた。心臓に悪い登場をするのはいつも恭吾のほうだ。


「――久しいな、キョーゴ」


屈託のない笑みで今更のように挨拶してから、ロヴは三人の方へ近付いてくる。強張った顔のまま、意を決したようにルードが口を開いた。


「あ、あのさロヴ。ルカ姉がいないってどういうこと?」

「言葉のままの意味だが?」


自分より低いルードの目線に合わせて屈み込み、柔らかく彼は言う。


「つい今し方、出ていってしまった。管轄の巡回でね」

「ホントに……?」

「おや、心外だなぁ。ルードは俺が嘘を吐くと思うのかい?」


にこにこと笑うロヴは、横から駿と恭吾に凝視されているのにまるで気付いていないらしい。

否、気付かないフリをしているのかもしれなかった。


「……ううん」


しばしの沈黙の後、ルードはゆっくりと首を横に振る。そうしてロヴの目を真っ直ぐに見つめた。


「ロヴは嘘を吐かない。でも、本当のことを全て話すこともしない。……違う?」


少年の言葉に含まれる物に誰もが気付いて、刹那の沈黙が流れる。

己を真摯に見やる二つの眼をしばらく眺め、ロヴは満足げに唇をつり上げた。


「――上出来だ」

「……っ、待てよロヴ!」


そのままくるりと踵を返して立ち去ろうとする背中に、駿は慌てて声を投げる。

真実を暴くならこの際本人だって構わなかった。どうせ、駿達の行動などロヴにはお見通しだったのだろうから。


「ロヴ、お前は――……」

「――わからないよ、シュン」


口にしかけた言葉を遮られる。ロヴはゆっくりと振り返り、どこか怪しい光を湛えたその瞳で真っ直ぐに駿を見据えた。ふ、と口元が綻んで笑みの形になる。


「同じ人間でも、見える次元、見ている世界が違うことがある。特殊な力を持つ者だって千差万別だ。理解の及ばない範疇も存在する」

「……え、?」


ロヴの瞳がゆっくりと動き、恭吾とルードを順に映した。


「わからないよ、シュン。君には、君達には」

「……何が言いたいわけ?」


不機嫌な声で恭吾が問い詰める。その顔には気に入らない、という様子がありありと浮かんでいた。一括りにされたのが不満だったらしい。


「……不毛なことに時間をかけるのはやめておけ、ということだよ。詮無い行いよりもっと、有意義な事があるだろう」

「……無駄かどうかは、わかんないだろ」


憮然として駿が言うと、小さく声を上げてロヴは笑った。


「はは、……まぁ良いだろう。好きにしろ」

「どうせ諦めるだろうって顔だな」

「君達しだいだよ? ただ、君が辿り着いたその時には――」


もう全て終わっているかもしれないけどね。

ぱちん、とロヴは指を鳴らす。途端に一塵の風が巻き起こり、刹那の間だけ回廊の照明が掻き消えた。

次に明かりが灯ったとき、ロヴ・ハーキンズの姿は何処にも見あたらなかった。三人だけが広い廊下の真ん中にぽつりと取り残される。


「あ、アイツはマジシャンか何かか……っ!」


逃げられた。悟った駿が悔し紛れの悪態を吐くと同時に、背後から鼻にかけたような笑い声が聞こえた。

ルードではない。となれば、残るは一人なのだが。


「…………ふっ、ははは、ハハ」

「……イチハラ?」


その嘲笑にも似た冷たい声に駿は思わず眉を寄せた。恭吾の纏う空気がみるみるうちに怜悧なものに変わってゆく。


「ロヴ、あいつ、やってくれる……人を馬鹿にしやがって」

「お、おい」


攻撃的な目をしていた。愉しげに笑った彼は、いつもの恭吾とは明らかにどこか違う。


「君たちわかってる? ロヴは釘を刺しに来たんだ、君らがこれ以上余計なことを嗅ぎ回らないように」

「そう、だな……」

「でも何もしなかった。外出禁止にするとかテキトーに遠征任務に出すとか、何でもできたのに。何もする必要がないって、判断されたんだ。どうせ辿り着かないだろうって――この俺も、含めてね」


ふふ、と愉快そうに腹を抱える恭吾を目の当たりにし、駿は背筋が冷えるのを感じた。いつも他人を食ったような顔をしているが、こんなに楽しそうなところは見たことがない。

ルードも同じ気持ちのようで、気味悪そうに一歩後ずさった。


「ルシファーでロヴに刃向かえば死罪。でもそれ以外の行動は自由だ。そして俺達は、彼自身から何の制限も受けなかった」

「おーいイチハラ……一体何を……」

「面白い。あの男、一回出し抜いてみたかったんだ」


にっこりと綺麗に笑って見せた恭吾が、駿には組織内の誰よりも悪人顔だと思った。今ならエヴィルだって優しく見える気がする。


「好きにしろって言ったこと、後悔させてやる――――さぁ、協力してあげようじゃないか、シュン君?」

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