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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第六章《輪廻》
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第六章《輪廻》:原点へ(3)

「もう三年以上前の話なんですけど。ここで一家……というより、一族惨殺事件が起こったんです。ここら一帯、全部その親戚の家だったらしいんですけど……」


当時を知るらしい彼女は通りすがりの身でありながら、ここで何があったのか、という駿の質問に丁寧な答えをよこした。

年の頃は駿と同じといったところか。柔いウェーブのかかった短い茶髪が良く似合う娘である。日本中どこにでもいそうな、普通の。


「確か、女の子が一人行方不明のままなんです。最初は一家のうち姉妹二人が見つからなかったんだけれど、お姉さんのほうは後日学校で亡くなったのがわかって。お姉さんだけ、家を出て寮暮らしだったそうで――焼死だったみたいです。寮が燃えたの」

「……詳しいな」

「この町じゃ、一大事でしたから」


小さく笑って彼女は続ける。


「お姉さんの焼死と殺された一家の関連はわからないまま。妹さんは、事件発覚時には行方不明に……きっとその子も殺されてしまったのだろうと警察は考えたけど、結局遺体は見つかってません」


一族の死者は合計で十九人。本家、分家代わらず全員が死んだ。犯人は未だ逮捕されず、その動機も不明。

一族全員が皆殺しにされていたこと、金品を盗まれた様子がなかったことから、警察は私怨による犯行ではないかと見たらしい。焼死した姉は事故だったのか、はたまた違うものなのかはわかっていない。

そこまでを一気に語りきって、彼女はようやく息をついた。


「この辺りは全部そのご一家の敷地だったので、今は誰も住んでません。近所付き合いとかもあんまりされてなかったようだから、詳しい家族構成とかは町の人も知らなくて――事件が発覚してはじめて知ったことも多かった。とにかく、当時は大騒ぎだったんですよ」

「……だろうな」


十九、という数に駿は身震いした。一族を手に掛けたとは聞いていたが、ここまでとは。それもまだルシファー所属前の、人殺しを知らなかったはずの少女が。

その“見つからない犯人”と“行方不明の妹”が同一人物で、しかも今目の前にいると知ったら。この女はどうするだろうか、と駿は考えてみる。無論、教えることなどできやしないのだが。


当の千瀬といえば、駿に無理やり被せられたニット帽を目深に引き下げたまま黙り込んでいた。心なしか顔が青白い。


「アン……あなたは何でこんなところに?」


アンタ、と言い掛けたのを思い直して変える。敬語や丁寧な言葉遣いをすっかり忘れていた駿には少しやり辛かったが、ここは日本。情報提供者の機嫌を損ねないためには、礼儀はわきまえた方が賢明であった。


「私ですか?」

「隣町に住んでるって、さっき」


問われた彼女はきょとんとして、それからふっと力を抜く。唇に柔らかな笑みが浮かんだ。


「久しぶりに時間がとれたから墓参りに来たんです――友達の月命日なので」

「こんな所に墓地が?」

「いえ、もう少し移動するんですけど。……ここには、神社を見に来たの」

「……はあ」


妙な女だな、と駿は改めて彼女を上から下まで眺めてみる。一見何の変哲もないのだが。


(……神社マニア?)


いやそれはねーだろ。駿は自らの思考に突っ込みを入れた。


「……じゃあ、これ以上は入んない方が良さそうだな」

「だと思いますよ」

「その惨殺事件だけど。当時の記録とかってどっかに残ってないかな」


話を聞いた駿は、その内容に何か妙な引っかかりを感じていた。それが何なのかはわからない。千瀬の記憶について調べるためには、事件は重要な鍵だと考えられた。突き詰めるにはまだ、情報が足りない。

さして期待もせずに問いかけると、駿の予想を裏切って良い返答があった。


「あ、じゃあ町役場の資料庫見に行きます?」

「え」

「当時の新聞とかありますよ。私の知り合い、そこで事務のバイトしてて……今から会いに行くつもりだったんで」


一緒に行きます?

問いかけられて、駿は慌てて頷いた。


「じゃあ案内しますね。あ、私は千代田って言います。千代田梢ちよだ こずえ

「……武藤、です。よろしく」


当たり障りのない名字だけを述べた駿に、梢は嬉しそうに笑いかけた。


「こちらこそ」







* * *







「兄弟? ……では、ないよねぇ」


駿の後ろを黙って歩く三人を見ながら梢が言う。己の素性を隠すため貝になり続ける千瀬に加え、残る二名は明らかに日本人ではない。不思議に思うのも当たり前のことであるが、駿は曖昧に答えを濁して質問をやり過ごした。説明なんてできるはずがない。


「観光にしては、上水流かみずるは辺鄙すぎるでしょ。古き良き日本……の空気があると言えばあるけれど」

「長閑で良いとこだよ」


町役場までの道すがら、ぽつぽつと喋る梢にいらえを返しつつ駿は歩く。静かすぎて気味が悪いけどな。心中で呟いた言葉は無論彼女には届かなかった。


「お連れさんは日本語わかるの? 名前は?」

「あー、えっと……」


梢の問いかけにルードとロザリーが全く反応しないのを見て、駿はようやく一つの事実を思い出す。ロヴの“翻訳”が届かない梢の言葉は二人にはわからない、異国語なのだ。


「日本語は喋れないんだ。ちゃんとテキトーについて来るからお構いなく。銀髪のほうがロザリーで、隣のちっこいガキがルード」

「ちっこくねーよ!」


駿の言葉のみを理解してルードが叫んだが、少年の言葉は梢にとっても意味の分からないものだった。


「その子、今何て言ったの?」

「ただの独り言だ。で、そっちの髪黒いやつがチ……」


言いかけて駿ははっと口を噤んだ。今この場で千瀬の名を出すことは非常にまずい。

馬鹿をやった。思うと同時に、駿の背を嫌な汗が伝う。


「ちひろ、です」


意外や、助け舟を出したのは他でもない千瀬だった。以前の仕事で与えられた偽名を名乗って小さく会釈すると、梢は顔を綻ばせる。


「あなたは日本人なのね。ちひろちゃん」


かわいい名前、と梢が言う。千瀬は決まり悪そうに、はじめましてと今更の挨拶をした。ご迷惑おかけしてすいません、とも。












町役場に到着すると、梢は慣れた様子で裏口に回った。部外者が立ち入って良いのか疑問であったが、手招きされて駿達もあとに続く。


「チョコ、遅かったな」


扉を抜けた先には一人の青年が待っていた。

着崩したスーツ姿のまま非常階段に腰掛けている。飲みかけたペットボトルの蓋を閉めながら彼は、梢のことをひどく甘そうなあだ名で呼んだ。苗字と名前双方の頭をとってつけられた呼び名なのだろうと推測できる。それはまるで小さな子供のような、可愛らしい響きを纏っていた。


「……って、そちらさんは?」

「タケ、この人達に資料庫見せてあげてよ。町の広報誌とか新聞とかとってあるじゃん?」

「いいけど。……ったく、お前はいつも急だな」


タケと呼ばれた彼は連絡ぐらいしろよと呟いて、困ったように笑う。それだけで梢とこの青年が、かなり親しい間柄であることは見て取れた。


「どうも。俺……自分は木内です。ここの事務担当してます。まぁバイトだけど」


青年は名乗りながら僅かに姿勢を正した。しかしその口調は親しみやすいもので、彼自身そんな性格なのだろう、鍵取ってくるんで待っててくれます? と気さくに問いかけてくる。それに駿は一つ頷いて見せた。


「すぐ戻ってくるんで。悪いね」

「いや、こっちこそ……すいません急に」


きっとこの木内という青年は、これから梢と共に墓参りへ向かうのだろう。彼が小脇に抱えていた荷物の中に線香の箱が見えて、駿はなんだか申し訳ない気持ちになる。


「ついでに、この人達の探してる資料出してあげてねータケ」

「はいはい。ちなみに何?」

「アレ。三年ちょっと前の一家殺人」


梢からの要望に二つ返事で応えていた木内は、次の瞬間どういうわけか怪訝な表情を浮かべた。


「……あれって、アレか?」

「そうよ」

「何、もしかして今流行ってんの?」


予想外の木内の問いに駿は瞠目した。どういう意味だ、と思わず詰め寄ってしまう。


「流行るって?」

「違うんスか? いや、」


何かまずいことを言ったのだろうかと思わず口ごもる彼の言葉の続きを、全員が無言で促した。しばしの間の後に、恐る恐るといった様子で木内が声を出す。


「俺、ついこないだも同じ事お客さんに聞かれて――資料庫も案内したばっかだったから」

「それ、どういう……」


話の内容がわからないルードが、説明しろと目で訴える。しかし、それに答えてやる余裕は駿にはない。

ただの偶然ならば問題ない。しかし駿達とは別に、黒沼について――千瀬について、調べている者がいたとしたら?


「その人――どんな、人でしたか」


小さな、けれど酷く切迫した声は千瀬のもの。

木内は僅かに眉を寄せた後、まだ真新しい記憶をたぐり寄せる。


「背の高い男だった。髪は暗い茶色で、眼も同じくらいの色で……」


四日ぐらい前だよ、と木内は言った。黒沼という家がいつからあの場所にあったのかを知りたがっていたらしい。それからあの事件についての資料庫をコピーし、上水流町そのものの歴史を綴った風土記を読んで行った。


「日本語はペラペラだったけど、あれ外国人だったなぁ」

二人は作品を跨いでの登場。やっと繋げられました……。

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