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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第二章《模索》
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第二章《模索》:THE TOWER OF BABEL(2)

――同時刻、ロヴ・ハーキンズの私室にて。


「……マジで?」


あまりにも帰りが遅い千瀬を心配して迎えに行った駿とロザリーは、ロヴに彼女が来ていないことを告げられ愕然とした。二人の顔色が目に見えて悪くなったのを面白く思いながら、首領の男はゆっくり頷く。嘘は付いていなかった。


「何やっているんだ、あいつは……」


ロヴの部屋を慌てて飛び出した二人が捜し回ること約十分。彼らの目に映ったのは、廊下の真ん中で対峙したまま動かない男と少女である。

男は少女に銃口を向けているし、少女は背中に回した手の先で僅かにコンバットナイフの柄に触れていた。

ひくり、と震える駿の口元。安堵と呆れと怒りで笑みが引きつる。


(つーか何してんのマジで)


――殺るか殺られるかの空気が流れている。

思わず遠い目をした駿は我に返ると、少女を救済すべく声を掛けることにした。


「チトセっ! 何やってんだお前!」

「し、シュン……!」


千瀬は困惑仕切った様子だった。迷子になった挙げ句こんなことになっているのだから無理もないのだが。

「何で迷えるんだ」

「だ、だって……」


情けない表情で必死に弁明する少女を見つめながら、こいつ実は馬鹿なんじゃないかと少年は思う。迷うなら最初から行くなんて言わなければ良かったのに。


(それとも大丈夫だと思ってたのか)


……天然ならなお質が悪い。

はぁ、と少年は溜息を溢した。所属早々、先の思いやられることだ。まだ少女は初任務にさえ出ていないのだから。


「……で、」


そいつ何、と駿は目線だけで回答を促す。そいつとは勿論、千瀬に銃口を突き付けたまま硬直している男。


「道、聞きたかっただけなのに……っ! 理由を話そうとしても言葉がわかんなくって……」


いきなりこんな状況に、と弱々しく千瀬は吐いた。駿は男の襟元についている瑠璃色の紋章に目を止めると軽く舌打ちをする。


「こいつ、《ポート》か……」


厄介だなと呟いて、駿は隣にいるロザリーに耳打ちした。


「……ローザ。シアンを呼んで来い」


シアン・エルフィール。〈ソルジャー〉所属のイタリア人だ。千瀬にはなぜシアンを呼ぶ必要があるのかわからなかったし、彼女がこの緊迫した状況の打開を助けてくれるとも思えなかったのだが、おとなしく事の成り行きを見守ることにする。


駿に言われて身を翻したロザリーは、ほんの数分の間にシアンを連れて戻ってきた。(つまりこの場所は“監獄”からほんの数分しか離れていないということなのだが。)現れたシアンは堂々として見えたので、千瀬は僅かに安心する。


「……つーわけなんだ。悪いな」

「いいわよ」


シアンは快活な笑みを浮かべる。

問題の男は平静を取り戻しつつあったが、次々と集まる虐殺隊スローターのメンバーを前に顔色は蒼白であった。見た目こそ女子供ばかりのようだが、今彼を取り囲んでいる人間達は組織最高峰の戦闘部隊、その所属員だ。EPPCに逆らえばどうなるかは明白、彼らは人の命に無頓着――それゆえの、“レッド・ハンズ”なのである。

……だからこそ、男は千瀬に銃を向けてしまったのだが。


「もう大丈夫だよー」


ロザリーか千瀬に微笑みかけた。何だかわからないが、とりあえずは助かりそうだと千瀬は思う。あのまま我を忘れた男に襲われたら、どうしても戦わざるをえなかった。……千瀬は、戦うつもりだった。


(だって、決めたから)


――少女には、廃棄場の一件を通して心に誓ったことがある。それは酷く曖昧な形をしていて、目標として言葉にするのは難しい。仮に名を付けるならば、『生き延びる決意』。

きっと少女は、この先たくさんの人間を殺すだろう。重ねるのは罪ばかりだろう。それでも、生き残ると決めた。


(殺した命を背負って、生きていく)


それは小さな、けれども精一杯の誓いだ。自分が巻き込んだ最愛の姉を迎えに行って、もう一度謝ることのできるその時まで、千瀬は死ぬわけにはいかない。


(この、場所で)


任せなさい、と笑ったシアンの顔が姉と重なって見えた。百瀬。少女のたった一人の肉親は、今もこの世界の何処かで生きている。


――その時シアンの後ろからそろりと顔を出した人物と目が合って、千瀬は目を見開いた。オミだ。

毛先をざっくりと切り揃え浅葱色の髪、それを耳上の高い位置で結いあげた独特のヘアスタイル。


オミは一見して千瀬よりも年下のようだが、真実の程はわからない。彼女は一言も発せず真直ぐに千瀬を見つめていた。その目に全てを見透かされているようで、思わず千瀬は顔を逸らしてしまう。


刹那、千瀬の耳に声が飛び込んできた。シアンが男との対話を開始したのだ。

彼女は強い調子で男に告げる。


「銃を下げなさい。貴方に危害を加えるつもりはない」


シアンに返答するかのように男は何かを呟いた。彼の言葉はやはり千瀬には理解できない。ノイズがかかったように聞こえるわけではなく、ただわからないだけ。――異国語、なのだ。


「……わかってるわ。けれど一人で狼狽して銃を構えるなんて恥を晒したことを考えなさい。勘違い、じゃ済まされないでしょう? 貴方が銃を向けた相手はロヴ・ハーキンズ直属の戦闘員よ。本来なら首領ヘッドに連絡を取るところを見逃してやろうって言ってるの」


シアンの強い調子に怖気付いたのか、男は今やすっかりおとなしくなってしまった。彼は神妙な顔つきで頷くと懐に銃をしまう。そしてまた少し言葉を発した。


(ちょっと待って)


ここにきて初めて千瀬は異変に気が付いた。思わず我が目を疑う。何故、シアンと男の会話が成立している?


「実際の発砲はなかったようだし、チトセに免じて今回の件は不問とするわ。この子に感謝するのね」


シアンがそう言い終わるやいなや、男は一礼するとそそくさとその場を退散した。その背を最後まで見届けてから、シアンがこちらを振り返り笑う。


「はい、解決!」

「お疲れさんっスー」

「チトセに殺されるかと思っちゃったみたいね、あいつ」

「チキンめ」


千瀬はシアンと、彼女に労いの言葉を掛ける駿を交互に見比べた。頭が上手く回らない。混乱。

……シアンの喋っている言葉は日本語で、あの男は異国語を喋っていて、だからわからなくて、シアンの言葉は通じていてでも日本語であれ?


「どうして……?」


千瀬にもわかる言葉で喋っていたシアンと、わからない言葉の男。何故その二人の会話が成り立ったのだ。

破裂しそうな頭を抱えて千瀬は呻いた。それを見たシアンが返答に困っていると、後ろから声。


「あー、チトセ。俺が説明省いてたんだ。悪かったよ」


駿が申し訳なさそうな顔で千瀬を見つめる。こめかみの辺りを指で掻きながら、どうやって説明しようかと考えあぐねているようだった。


「まぁ簡単に言っちまうと……シアンとさっきの男の会話だけど」

「うん」

「あれ全部イタリア語だから」

「……………………はい?」

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