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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第六章《輪廻》
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第六章《輪廻》:インソムニア!(4)

―――地獄を見た。

(二人の少女は後にそう語る。)


ルカの神がかりなドライビングテクニックに翻弄されて現場へ到着したときには、千瀬もロザリーも激しい車酔いで仕事どころではなくなっていた。戦闘の必要があったら一体どうするつもりだったのかわからないが(そうなればルカが働くほかにないのに)当の本人は車から降りるなり、二人を置いて自分はどこかへ消えてしまったのである。


ルカによる常識を激しく逸したスピード運転が幸じて、どうにか取引には間に合った。さらに幸いなことに、取引自体も滞りなく終了した。どうやら刺客は先ほど捕らえた連中だけだったらしい、と千瀬は安堵の息を吐く。


「お疲れ様っス、チトセちゃん」


いかにもこういう仕事に向きそうな、入り組んだ路地の一角である。薄暗い闇を街灯の明かりだけが所在なげに照らしていた。

仕事終了と同時に声をかけてきたデューイに、千瀬はやや青ざめた顔で笑いかける。その顔色に彼も気付いたのだろう、怪訝そうに大丈夫かと訪ねられた。


「具合でも悪いんスかね、風邪か? 休みます?」

「いや、何でもな……」


車酔いをしました、とは流石に言い辛い。苦笑いを浮かべる千瀬に代わって、ロザリーが口を開いた。


「ねぇ、あたし達を車で迎えに来てくれた人は?」

「ん? ああ、ルーのことか」

「“ルー”?」

「ええ」

女性構成員は珍しいっスか? デューイは少女達に笑いかける。


「ルイーズ・ベリオッド。うちの直属の上司――七見女史のお気に入りでね、ちょっと前にこっちに異動してきたんス。気も利くし、よく働きますよ。ただうちって男ばっかで若い女の子なんて滅多に入ってこねーから……他のヤロー共が浮き足立っちまって困るんスよね」


はは、と乾いた笑いを漏らすデューイをよそに、少女達はめいいっぱい首を傾げていた。一体ルカはこんな所で何をしているのだろうか。しかも、


(偽名まで使って―――――)


その瞬間だった。がしゃん、と派手な音がしてバラバラと何かが地面に降り注ぐ。街灯の硝子が割れたのだと気付いたのは、ふっと明かりが消えてしまったからだ。


「何だ―――!?」


咄嗟にデューイが二人を庇うように動く。本当はそんなもの必要ないのに、彼の体は自然と少女達の盾になろうとした。

誰かが、明かりを壊したのだ。少し距離のあるところから、銃で。硝子の割れる音しか聞こえなかったのは、サイレンサーの付いたピストルを使用したから。


「マクスウェル、あっち!」

「ユノ! 車だ」


銃撃戦にめっぽう強いロザリーが割られた街灯の位置から瞬時に弾道を弾き出し、真っ直ぐ一カ所を指さした。デューイが部下に合図を送ると、止めてあったトラックがライトを点灯させる。その明かりに照らされた先に、二つの人影があった。


「―――――――なっ、」


黒い覆面の男が路地の奥に立っている。そのたくましい腕が、別の人間の首を抱え込んでいるのが見えた。細くて華奢な体つきの、女。白い肌と黒い長髪。

ルイーズ・ベリオッドが――否、ルカ・ハーベントが捕らえられている。


(……ほ、本当にあの人何してんの!?!?)


思わず叫び出しそうになったのを、すんでのところで千瀬は堪えた。謎の男に捕らわれた上、銃を頭に突きつけられているルカはしかし飄々として見えた。ただしほとんど無表情と変わらないその顔は彼女を良く知るものにしかわからないのであろう。千瀬とロザリー以外……デューイをはじめとした《ポート》の面々が血相を変える。


「る、ルイーズ!?」

「ルーッ!」

「てめぇ、何しやがる!」


口々にまくし立てるルシファー組織員達に向かって、件の男は不適な笑みを浮かべた。


「この女の命惜しくば、そこの娘二人を差し出せ」


千瀬達を指さし、何とも理不尽な要求を突きつける。どうやら先ほど片付けた連中の残党がいたらしい。見たところこの男だけはこの場所を張り込んで、少女達が来るのを待っていたようだった。


「EPPCが狙いなのか……?」


眉をひそめてデューイが言う。

その通りだ、と千瀬は思った。相手はEPPCの価値を知っている。ただ惜しむらくは、


(ルカのことは、何も知らない)


ふっと息を吐いて、千瀬は腰の刀を鞘ごと抜き取った。それを丁寧に地面に横たえる。久々に経験する丸腰は、なんだかバランスが悪くて落ち着かない。

同時にロザリーも銃を地面に投げ捨てて、二人並んで前に出る。


「な、なにしてやがんだッ!」


少女達の行動に驚いたのはデューイだった。勢い良く二人の肩をつかんで振り向かせれば、迷いのない目とぶつかって息を呑む。


「ベリオッドさんを助けます」

「あたし達が行けば解放してもらえるでしょ」

「馬鹿言ってんじゃねェ!!」


千瀬とロザリーは、ルカのシナリオに従うつもりだった。彼女が何を考えているかはわからない。しかしルカがこの場で殺されることも、自分たちをこんなくだらない場面で捨て駒にする気がないことも知っている。

彼女には彼女の考えがあるのだろう。そう思ってこその行動だったが――――デューイは激昂した。


「ここで俺が優先すべきは、ルイーズじゃない」


デューイは震えていた。

拳を力いっぱい握りしめて何かに耐える。そうして、わななく唇を開いた。


「EPPC二人と俺の部下一人、その命は秤に掛けるまでもない。ルイーズか、あなた達なら、俺はルイーズを捨てる」

「デューイ、」


何を言うのだと、驚いて千瀬は彼を見上げた。デューイの瞳は真っ直ぐで、苦しそうで、しかし迷いは皆無である。

刹那、静寂を裂く柔らかな声が響きわたった。


「正解よ、デューイ・マクスウェル」


あなたは正しい選択をした。

ルカが綻んだような笑みを浮かべる。次の瞬間、ルカを拘束していた男が音もなく吹き飛んで路地の壁に叩きつけられた。溶けてぐにゃぐにゃになったピストルが遅れて落ちてくる。


「ルカ、」


千瀬が声をかけると彼女は、びっくりした? とおどけて見せた。


「チトセ、ローザ、ありがとう。もう良いわ」

「もう、何考えてるんですか……」

「ほんと、びっくりしたぁ」


ぷうと頬を膨らませるロザリーにごめんとルカが謝って、二人の側までやって来る。彼女が歩く度にさらさらと黒髪が揺れて、いつ見ても綺麗だと千瀬は思う。


「ど……、どうゆう、ことだ。今のはいったい……」


漸く声を出したデューイの顔には訳が分からないと書いてある。無理もないことだ。到底、信じられないだろう。


「ルイーズ……いや、アンタ……?」

「……デューイ、この人は」


黙っていてごめんなさいね、言いながら笑うルカをぽかんとデューイは見つめていた。ちゃんと耳に入るかわからないな、思いながら千瀬は言葉を続ける。


「彼女の名前はルカ。あたし達と同じEPPCで階級は〈ハングマン〉……あたし達の上官にあたります」


嘘だろ、と叫んだのはデューイではなくその場にいた別の組織員――名はヴァリという――だった。デューイをはじめとするその場の人間は皆一様に目を見開いて―――次の瞬間地に片膝を付け首を垂れる。


「ご無礼を……!」


呻くように謝罪したのはジャッカだ。ルカはまた笑って、男達を柔らかく見下ろした。


「デューイ・マクスウェル」

「はい、」

「あなたはとても優秀です。ただしその優しさ故に、情に流され判断を見誤る危険性があった。………でも、ツキハの杞憂だったみたいね」


直属の上司、七見月葉の名を聞いたデューイの身体が僅かに動いた。


「ルシファーの総本部が移動する話は知っている?」

「存じております」

「ロヴは――いえ、我らが首領は、総本部の移転とともに日本へ連れて行く有望な人材を捜しています。わたしは、その引き抜き役としてここへ来たの」

「…………、」

「さすが、ツキハが推すだけのことはある。ここから何人か連れて行こうと思うのだけど」


ルカはデューイの頭を上げさせ、目を合わせて微笑んだ。幼子のようなあどけない笑みの中で、瞳だけが深い闇の色をしていた。


「判断力と統括力、時には冷静な選択を可能にする冷徹さが欲しい。どんな地獄を目の当たりにしても理性を保ち、狂わず、それでも私達(ルシファー)について来る気はある?」


デューイ・マクスウェル。

名を呼ばれた青年は少女を見つめ、そして深く頭を垂れた。


「Yes, ma'am.」

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