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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第六章《輪廻》
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第六章《輪廻》:インソムニア!(3)

その翌日、千瀬はロザリーと共に朝早くからホテルを出た。冷えて澄んだ空気が吹き込むのを支給された黒コートで防いで、未だ人影の疎らな街を歩く。

二人の仕事は夕方から。それまでは自由時間、というのが少女たちに与えられた破格の待遇である。つまりは仕事前に、フランス観光をしてこいと言う意味だ。


(本当にこんなんで良いのかな、うち)


呆れ半分に考えたことを読まれて、今更でしょとロザリーが笑う。千瀬も頷いて、束の間の自由を楽しむこととなった。

前夜二人で行ったカードゲームが思いのほか盛り上がってしまって、今日は少し寝不足気味だ。ロザリーは初心者の千瀬に様々なゲームを教えてくれたが、最後に行った神経衰弱は千瀬に自分の頭の悪さを思い知らせるだけの結果となった。いつかリベンジしよう、と少女は密かに誓いを立てる。


名所をぐるぐると訪ね歩き、時にはルシファーの金で列車を乗り継ぎ、昼には現地の人間が好んで食べるという巨大なオムレツを二人で分け合って食べた。旅行すらしたことのなかった千瀬にとっては初めての経験ばかりである。

仕事のことを忘れていたわけでないが、すっかりはしゃいでいるうちにあっという間に時間は過ぎ去った。


「……つけられてるね」


そうロザリーが呟いた時、二人に残されていた時間は僅かなものとなっていた。千瀬も小さく頷いてみせる。その視線の存在に、ずっと気が付いてはいたのだ。一定の距離を保っていたそれは半日以上何の行動も起こさず、ただ二人を見ていただけだった。それだけならばルシファーからの監視という可能性もある――害なしと判断して放っておいたが、【それ】がここになって急に距離を近づけ始めた。


「どうする?」

「困ったなぁ……」


もうデューイに連絡し、迎えの車を呼んでしまった。そろそろ現場に向かわなくては仕事に間に合わない。


「今日の取引相手だとおもう?」

「取引相手の雇った≪始末請負人≫かな……」


殺し屋のようなものだ。金で動く仕事人はこの世にごまんと存在する。相手はきっと自分たちがルシファーだとは思っていないに違いない。

もちろん千瀬たちもみすみすやられるわけにはいかないので、それ相応の対応が必要になる。

――少女たちの実力と二つ名を考えれば、勝敗はもう見えていた。問題は時間だけだ。


「いっそ現場まで連れて行く?」

「それはダメ。今日の取引は7割が火器だから……爆発しちゃうと困るし。いっそここで……」

「一般人が多すぎるよ」


ロザリーの提案に千瀬がダメ出ししたところで、二人の結論はほぼ一つにまとまった。

始末するならばここから現場までの移動中で、だ。車に乗り込めば相手は間違いなく自分たちを追い、攻撃を仕掛けてくるだろう。現場に着くまでに事を終えてしまえばいい。


「運転手さんが可哀想だけど」

「どうにか逃がすしか……」


言いかけたロザリーの声を遮るかのように車のクラクションが聞こえた。黒塗りのバンが少女たちの傍へ滑り込んでくる。同時に、一発の銃声。


「乗って」


はっと顔を上げた千瀬の耳に車の中から短い声が飛んだ。ロザリーが千瀬の手首をつかんでバンに飛び乗る。ドアを閉めないうちに車は猛スピードで発進し、それを追うかのようにまた数発の銃声が轟いた。

道行く人々が何事かとあたりを見回す。そこに突進してくる車を認めて何人かが悲鳴を上げた。


「は、速い速い!! スピード落して!!」


あまりの暴走に千瀬が叫ぶ。運転手に向かって懇願すると、


「だって止まったら追いつかれちゃうもの」


と、どこかのんびりした返答があった。その柔らかな高さをもつ声に、千瀬とロザリーの目が点になる。


「あ、え?」

「ど……ゆこと」


運転手は黒いスーツに身を包んで真っ直ぐ前を見据えていた。目深に被った黒いハンチング帽から、それより深い闇の色をした髪が流れ落ちている。見覚えのありすぎる白い横顔に少女たちは絶句し――――そして叫んだ。


「「ルカ―――――!?」」


久しぶり、でもないわね。楽しそうにルカは呟いて一層深くアクセルを踏み込んだ。がくんと車体が揺れて身体が前のめりになる。


「え、もうわかんない。何が何だか全然分かんない」


考えることを放棄したロザリーがぐったりと身体をシートに預けた。千瀬はちらりと後ろを確認してため息をつく。スモークガラス越しに、一台の乗用車がすごい速さで追いかけてきているのが見えた。


「今日の取引相手ね、武器とお金じゃなくて本当は、特戦隊わたしたちが目的だった」


巧みにハンドルを操りながら言うルカに、どういうことだと千瀬は問いかける。


「EPPCを?」

「そう。最近は珍しくないのよね――ルシファーを支えているのは実質ロヴとEPPC。とくにその戦闘力は他を抜きんでている。ルシファーを潰すためには、EPPCを潰さなくてはならない。つまり今回の取引は、」


警護としてあたしたちを前線に誘き出す為のエサだったんだね。ロザリーが口を挟んだ。正解、笑いながらルカがハンドルを切る。マシンガンのように連射される銃弾の音が聞こえたが、たったそれだけで車は全ての銃弾を避けきったようだった。


「後ろの車の人たち、今日一日ずっとあなたたちを捕まえようとしてたんでしょうね。EPPCを狙う輩の中にはひたすら殺して数を減らそうと考える組織もあるし、捕獲してその力を測ろうとする者もいる。彼らは後者」

「今はもう殺る気マンマンって感じだけど……」

「逃げられるよりはマシってことかぁ」


で、どうするんですか?

少女たちは真っ直ぐルカに目をやった。この神出鬼没な上司に改めて指示を仰ぐ。


「捕まえようかな。ちょっとお話がしたいから殺さないで……ね、ローザ」

「はぁい」


軽い返事をしたロザリーは上体を起こすと、腰から愛用の拳銃を取り出した。S&W M60―――銀色に輝くそれをくるくると弄びながら、同時に片手で車の窓をあける。

ぱんっと軽やかな音がした時にはもう、ロザリーは窓の隙間から後続車の前輪を打ち抜いていた。狙いを定める間もない早業である。


「すご……」


千瀬が称賛を口にしている間に弾丸を受けた車は大きく蛇行し、車道からはみ出すような形で停車した。ルカも道の脇にバンを停車させ、のんびりとドアを開ける。

すると突然使い物にならなくなった後続車から男が二人、何やら叫んで飛び出してきた。千瀬には言葉がわからない。が、激昂していることだけは見て取れる。

男たちはその手に巨大な銃を持っていた。銃口がまっすぐルカに向けられている。


(……かわいそうな、ひとたち)


ぼんやりと千瀬は思った。彼らはわからないだろう。どうして次の瞬間、その銃口がどろどろと溶け落ち始めたのか。

ルカがロザリーと千瀬に生け取りを命じる。二人は車に積んであった荒縄を持って呆然とする男たちの背後に回った。ルカは自分では手を下さない。自分がやれば、死んでしまうから。

ルカがにこりと笑って男たちに近づいてゆく。ひっと息をのんだ彼らに、少女は淡い笑みを向けた。


「Bonjour.」





























荒縄で縛った男二人の頭を刀の鞘で小突いて気絶させたのは千瀬だ。ルカが事前に呼んだのであろう別の車に乗せられて、彼らはいなくなった。

これからの男たちの運命はルカにしかわからないのだが、当のルカはというと先ほどからなにやら電話をかけている。


「チーフ? ルイーズです。EPPC二名の送迎中に少々問題が発生しまして……いいえ、とるに足らないことです。二人は予定通り現場に到着しますので」


余所行きの声で電話を切ったルカを、少女たちの胡乱な瞳が見つめた。


「……ルイーズって? 予定通りって?」

「もう今からじゃ間に合わないですよ。遅刻確定です」


道に立つ時計を見上げて二人は言うが、ルカは心配ないと笑う。首を傾げる少女達を再びバンの後部座席に乗せると、自分も運転席に乗り込んだ。


「この先にルシファー専用の搬送路があるから大丈夫。かなり近道だし、全速力で行けば間に合うわ」


言ってキーを回せばエンジンの奮い立つ音がした。確かにさっきの猛スピードならば――正直もう経験したくないのだが――仕事には間に合うかもしれない。

そこでふと、千瀬は疑問に思ったことを口にした。


「そういえばルカって車運転できたんですね。いつ練習したの?」

「一昨日初めて乗ったの。案外いけるものね」

「「ぎゃ―――――!!!」」

久しぶりの更新です。続きます…(^_^;)

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