第六章《輪廻》:インソムニア!(1)
ルシファー本部を移動する。
ロヴがそんな爆弾発言を投下してから一月が経過しようとしていた。
〈ソルジャー〉達はまたそれぞれが任務を抱え、今は世界各国に分散している。ロヴの言った通り、本部移動の前にいくつかの仕事を片付けなければならなかったからだ。
駿はハルと共にイタリアへ。
ツヅリと春憐は絹華をつれて韓国に。
シアンはレックスと組んでドイツに滞在中である。ルカやエヴィル、ミクといった幹部メンバーもここ暫らくは姿を現していないから、何らかの仕事を抱えているのだろう。政治や商売の駆け引きでは戦力になれないルードは、侵入者の排除が専らの仕事だった。お目付け役として恭吾が一緒に行動しているらしいが。
「お待たせ、ローザ」
千瀬は二つの小規模な単独任務をこなした後、本部に帰還しまた次の仕事が与えられるのを待っていた。ここ数日留守にしていたはずのロヴから呼び出しをかけられたのはそんな時だ。
「じゃあ行こっか」
「目的地、どこだっけ?」
「フランスだったような……」
ロヴに呼び出されていたのはロザリーも同じで、その場で二人はペアを組むことを知らされた。
これから少女達は首領の命に従って任地へと赴く。移動手段はなんと自家用ジェットだ。
「事前にロヴが注文してた武器を《ポート》が引き取りに行ってるはずだから、それをあたし達が本部まで持ち帰るんだって」
ロザリーがロヴから渡された任務詳細を読み上げる。なんだか簡単に聞こえたその内容に、千瀬はことりと首を傾げた。
「それだけ?」
「うん。あ、でもこの武器商、ちょーっと怪しいんだって。何かあったら始末して良いよってロヴが」
「何か、って何?」
「さあー」
なんてアバウトなんだ。千瀬は眉を寄せたが、すぐにいつものことだと諦める。
「あ、それからね、今回の仕事の《ポート》側の責任者はチトセの知り合いだってロヴが言ってたよ。前に一度一緒だったのかな? 七見女史の管轄で……」
「月葉さんの? ――ああ、」
千瀬はロザリーの持つ書類を覗き込んだ。その右下に書き込まれた名前には確かに見覚えがある。
「この人、とっても面白くて良い人だよ。でも」
過去の記憶を思い起こして、千瀬は小さく笑みを零した。
「ものすごいEPPC信者だから。ローザを見たら感動しちゃうかも」
「あは、何それ? ――ふぅん……デューイ・マクスウェル、ね」
*
落ち着きがない、とデューイは思った。もちろん自分が、ではない。彼の部下の話である。
「おーいテメェら、さっさと書類上げねーと休暇出ねーぞ」
「へーい」
「へいへい」
ゆるい返事が帰ってくるのはいつものこと。それはこの《ポート》の一団を取り仕切っているデューイ自身の性格と関連していたので、さした問題ではなかった(お気楽主義の彼の下には何故か、ノリの軽い人間が集まる)。
しかしもとを正せばデューイの一団は七見月葉――真面目で成績も優秀な日本人だ――の直属なので、けして勤務態度が怠惰なわけではない。
「チーフ、外の車の積載重量チェック完了しやしたァ」
「おうご苦労、………。」
これだ。この空気だ。
デューイはたった今外から戻ってきたばかりの部下を見て顔をしかめた。
端の方から綻ぶように表情が弛んでいる。同時に浮かぶ、にまにまとおかしな笑み。外のほうをしきりに気にするその男は通常強面の巨漢で、そわそわと落ち着きのないその様子は気持ちの悪いことこの上なかった。
――年甲斐もなく浮き足立つその様はまるで、初恋のような。思ってデューイはぶるりと身震いした。
「……おいガレ。お前、外担当誰とだった」
「え、えっとォー……ヴァリとユノ、それにジャッカさんッスね」
「他にもいるだろーが。吐けオラ」
「………、」
ガレと呼ばれた男はしばし目を泳がせていたが、デューイに睨まれると渋々口を開く。
「………ルーも一緒っス」
「はぁ……」
デューイはこめかみを押さえて溜め息を吐く。
“ルー”ことルイーズ・ベリオッドは、つい先日月葉からの紹介でデューイの下に配属された女である。(この組織に所属する者は皆そうだが)素性は一切知れず、年は二十歳かそこらなのだろう。見た目は女というより少女に近い。
華奢な体付きに黒髪、しかし白人のように肌は透けた色をしている。仕事もてきぱきとこなす。滅多に表情は変わらないが、笑うと花が綻びたようになるらしい(デューイは見たことがないが)。
「テメェら、弛むのも大概にしとけや」
表の世界の一般企業ならばいざ知らず、ここは天下のルシファーである。そのような見た目でも只者ではないのだろうが、デューイの部下は悉くこのルイーズに骨抜きにされてしまったのだった。
実にくだらない。そして情けない。
「わかってんのか、この後はEPPCとの合同任務が控えてんだぞ! 隊員がもうこっちに向かってるって連絡が来た」
「わかってますよー」
「しかし特戦隊ってのは戦闘のエリートっしょ? 筋肉ムキムキのオッサンを拝んでもなァ」
「ルーのほうが良いよな」
「癒される」
癒されてんじゃねェェェ!
デューイは声を張り上げてだらしのない男どもに鉄槌を加えた。
“C.クロヌマ”と“R.E.ウィルヘルム”。書類になって送られてきた、今回こちらと合流するEPPC隊員のうち一人をデューイは知っている。もう一人はどんな人間なのかわからないが、どちらかと言えば“筋肉ムキムキのオッサン”は今ここにいる連中の方だ。
(どうにかしねーと。チトセちゃんが来る前に……)
女性構成員の少ないルシファーの中では、さらに女旱りの《ポート》である。ルイーズ一人でこれだ。チトセが来てしまったら仕事になどならないに違いない。
「チーフ知ってるんスか? EPPCからどんな人が来るか」
「あ、いや……」
チトセのことは話さないでおこう。デューイは堅く心に誓った。
(とりあえず堅物のジャッカさんにでも相談するか……)
今夜は眠れそうにない。