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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第六章《輪廻》
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第六章《輪廻》:パニッシュ・パニック(3)

お待たせしました……!

千瀬は目を見開いた。何故この人がここにいるのだろうか。褐色の肌と黒い瞳、それらと相反する色素の薄い白銀の髪。

キュースシェリング・A・ゾラ・ヴィデルバント。一見男性のように振る舞う彼女は知る人ぞ知る、敏腕の情報屋である。


「僕の言うことが聞こえなかったのか? アレキサンダー・ウォール。ロヴ・ハーキンズをこの場に引きずり出して来い、3秒あげるから」

「2秒減ってるぞ!!」

「なんだ聞こえてたんじゃないか」


ごり、と眉間に銃口を突き付けられたレックスが5秒でも無理だと叫ぶ。彼らの主君ロヴ・ハーキンズは気紛れで、いつ何処にいるのかはルカでさえ把握できていないらしいのだ(彼女は気配を“探知”できるので問題はないのだが)。


「あ、いたいた! ゾラさぁん、置いていかないでくださいよぉ……」


緊迫した空気を破るかのようにぱたぱたと軽い足音が響いて、一人の少女が飛び込んでくる。千瀬には予想できていた事だが、他の面々はその姿を見て驚愕した。


「スミレじゃねーか」


素っ頓狂な声を上げたのは駿で、少女は苦笑するとお久しぶりです、と頭を下げる。


「スミレはゾラさんの所でサポートをやってるんだよ」

「ンだよチトセ、お前知ってたのか? つーか“ゾラ”って……」

「例の情報屋さん……なんだけど……」


言葉を切って千瀬は首を傾げた。どういうことなのか全くわからない。ゾラは個人営業でルシファーの組織員ではない……ということは、ここには何らかの用があって来たことになる。私怨テロじゃなければ、だが。

ただ一つ理解できたのはロヴが“また”何かやらかしたのだと言うことだ。


(……何やったんだろう……)


思考に沈んでいた千瀬の周囲がその時ふと騒ついた。顔を上げた少女はすぐにその正体に気付く。

――扉の向こう側に何時の間に現れたのか、一人の男が立っていた。


「ロヴ!」


レックスが安堵の声を上げると、件の男はにこりと笑って部屋に入ってくる。


「やぁゾラ、よく来たね。ご機嫌如何かな?」

「最ッ悪だよハーキンズ。誰かさんの所為でね!」

「おやおや。迷惑なヤツがいたもんだな」


お前のことだよ……。

その場にいた誰もが心中で声を上げた。これ以上ゾラの神経を逆撫でするような真似は勘弁してほしい。


「話は聞くよ。……の前にまず、レックスを離してやってくれないか」


柔らかく頼まれてゾラは目尻を吊り上げたが、その後渋々手を離した。レックスは掴まれていた首元をやれやれと擦っている。


「うちの警備をこてんぱんにしてくれたのは君かい?」

「わかってる事を聞くなよ」

「まぁそう言うな。可哀想なことをしないでくれるかな、アレはただの人間でね」

「その“ただの人間風情”に警備を任せるのがいけないんだろ。甘いんだよルシファーは」


ゾラは目を細めてロヴを散々ねめつける。そのまま話がずれてひとしきり『ルシファーのどこがいけないか』について語った後、ゾラは漸く本題を切り出した。


「さァてハーキンズ。これを見てもらおうか」


言って彼女が取り出したのは膨大な紙の束だった。そのまま床に叩きつけられてべちりと可哀想な悲鳴を上げる。


「これは……」

「アンタが僕によこした依頼書と必要経費明細!」


千瀬は足元に墜落したそれを拾おうとして踏みとどまった。余計なことはしないほうが身のためだということはもう知っている。とくにそれがこの、ロヴという男に関連したことならばなおさらだった。

一歩引いて傍観を決め込むことにする。他のメンバーは(レックス以外は)すでにその体制であった。


「――何度も言ったはずだ。僕は僕のラボで仕事をするのが一番やりやすいって。出張は必要最低限だって知ってるはずなのにさァ、この依頼はどういうこと? 」


ゾラの言う《依頼》とはどうやらあの学園での出来事とは別で、ロヴが人知れず彼女に話を通していたものらしい。

アンタからの依頼はいつも割がいいから受けてやってるだけなんだ、咬みつくようにゾラが言いつのる。


「でもこんなのルール違反だろ! 僕に仕事中ずっと日本で暮らせっていうのか!」

「場所は提供するとその書類にも書いてあるだろう? お前のラボの機械は全部こっちで運んでやるし、スミレだって貸したままで言い。それに日本は食べ物がうまいと聞く」

「和食は身体に合わないんだ。美味しいけれど腹持ちが悪い」

「ちょ……ちょっと待ってよロヴ。いったい何の話?」


飄々とした男と未だ不機嫌な情報屋の会話は当人たちにしかわからないもので、とうとう恭吾が耐えきれず声を上げた。


「俺たちにもわかるように喋ってよ。日本で何かやるわけ? 聞いてないけど」

「言ってないからな」

「こーらロヴ……」


小さな子どもを叱るように呆れ半分でレックスが窘める。しかしロヴは軽く首を竦めて見せただけだった。

話はまだ終わってない、とゾラが再び口を開く。


「それにこれ! 情報の受け渡し場所。指定が全て日本だ。アンタ、組織ほっぽって毎度日本くんだりまで来る気かい?」

「ああ、それなら心配はいらない。俺も本部ごと日本へ移住するからな」

「へーえそうですか。…………………は???」


疑問の声を上げたのはゾラだけではなかった。恭吾もその場にいた≪ソルジャー≫たちも、皆口をぽかんと開いて男を見つめる。

あれ? これも言ってなかったっけ?? 子供のような無邪気さでロヴが笑った。


「日本へ行くんだよ、皆で」

「つまり?」

「今抱えている山を片付けたら、ルシファーは一時的に本部の移動を行う。」

「移動って、丸ごと? 全員で?」

「無論だ。―――――移転先は、日本」


男の言葉の意味を理解するのにかなりの時間が必要だった。日本へ、行く。誰が? 自分たちが、だ。

任務でもなんでもなく、本部丸ごと大移動。ルシファーの新天地は日本となる、と、いうわけで。


「……え?」


千瀬の頭の中でようやくそれが整理されたのと、その場にいた人間の絶叫したのはほぼ同時だった。


「「「えええええええぇぇぇっ!?」」」





* * *




「馬鹿だッ、あいつ絶対馬鹿だ!」


身体中に付着したペイント弾を濡れた布巾で拭いながら駿が吠える。拭いた程度では落ちるものではないのでその行動は気休めだ。どちらにしろシャワーを浴びなくてはならないだろう。


馬鹿、と少年が言うのはもちろん――と言い切れてしまうのも困りものだが――ロヴのことである。どうやらあの男、重要な本部移動の話を誰にもしていなかったらしい。

それがわかったのはあの後、騒動に気付いたルカとエヴィルがやって来たからだ。


『……移動なんて聞いてないぞ』

『そうだったか?』


という頭の痛くなるようなやりとりは《ソルジャー》たちの脳裏に焼き付いてはなれない。あんなんで良いのかうちのボス、とは誰もが思ったことである。


「日本……か」


ゾラの乱入によって実戦訓練はドローになった。当のゾラはルカに宥められてなんとか機嫌を直し、今はルカの部屋で軽食をふるまわれているらしい。


「日本に行ったら、言葉の心配はいらないけどね」


駿の独り言に気付いた千瀬が冗談めかして言う。


「迂闊に外には出られねーけどな」

「うん。あたし、行方不明で捜索されてるみたいだし」

「お前はまだマシだろ。俺なんて兄貴殺しで指名手配されてんだぞ」


あ、そっか。納得したふうの千瀬の頭を小突いて駿は笑った。どうもこの少女には緊張感がかけている気がする。そう見えるように振る舞っているだけ、かもしれないが。


「……久しぶりの日本だね」


その表情がどこか固いことに駿は気が付いていた。知っていて、見ないふりをした。

ロヴが何を考えて日本で活動するのかはわからない。けれど自分達は腹を括らなければならないのだろうな、ぼんやり駿は考える。


自分の罪と向き合う、覚悟を。



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