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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第六章《輪廻》
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第六章《輪廻》:パニッシュ・パニック(2)

ルカ・ハーベントをはじめとした小隊が“学園”から帰還しはや一ヵ月。主要戦力の大部分を投入して望んだ任務は、一応ルシファー側の理想の形で終わりを迎えた。

奪われた〈ルキフージュのデータ〉は無事ルカの手元に戻り、それを利用しようと画策していた組織――オリーブ=アルファの孅滅にも成功。小隊のメンバーはようやく本部へ帰り、束の間の安寧を満喫していた。


「そういえば、あの朝霞翠子だけど――目を覚ましたのよ。びっくりしちゃう」

「……え?」


《ソルジャー》達の居住空間になっている部屋の前であった。唐突に声をかけられて思わず振り返れば、そこにいたミクが笑う。


千瀬は件の“双子であった三つ子”を思い浮べた。ミクの言うほうは“本物の”翠子で、学園で生活していた人物とは違う――――そして〈データ〉の保有者でもあった彼女は、十余年も眠り続けていた。たった、独りで。


「目を覚ましたって……そんなことが?」

「医者も奇跡だって言ったわ」


あの後、朝霞翠子は情報屋・ゾラによってルシファー管轄の病院へと搬送された。

ミクの話によればルカに連れられて病院を訪ねた姉妹達、翠子と薫子――正確に言えば薫子と桜子である。ややこしい話だ――の目の前で目を覚ましたのだと言う。

医者が言うには脳にこれといった後遺症も見られず、訓練さえすれば自由に動けるようにもなるらしい。十年以上の空白がある分もちろん知識は欠けているが、不思議なことに言葉に不自由はないのだという。


「翠子が退院したら、これから先は三人で暮らすんだって。翠子は“桜子”って名乗るみたいよ」

「へえ……」


名前を入れ替えられた三人である。特に“翠子”と“薫子”は、十年以上親しんだその名を今更元に戻すことなどできなかったのだろう。

本来の翠子が桜子と名乗ることは、彼女自身が提案したらしい。


「そうですか。でも、よかった」

「よく双子はお互い通じ合ってるって言うけど、あの三つ子もそうだったみたいね。翠子は……もう桜子だけど、あの子は眠っている間もずっと残る二人の意識を感じてたって。二人が夢を見ていたように」


これから桜子として生きる少女の体内からは、無事データの入ったマイクロチップが摘出された。

彼女達三人は学園には戻らず、日本で生活する道を選ぶらしい。ルシファーが援助するのだと聞いて千瀬は安堵の表情を浮かべた。


「……じゃあ、あたしはもう行くから。なんか厄介なのが来た」

「あ、はい。……え?」


一通り話し終わるとミクはくるりと踵を返した。なにやらよからぬことを言い捨てて去ってゆく背中を千瀬はぼんやり見つめる。

一際大きな声が聞こえたのは次の瞬間だった。


「チートセぇぇはっけーん!!」

「ルード! ………って、」


何それ……ッ!? 

千瀬は現れた少年を見て絶叫した。一体何が起こったのか、全身ペイント弾でべちゃべちゃに染まっている。それが一色ならまだしも、赤・青・黄緑・緑・黄・ピンクといった具合にかなりカラフルだ。

ルードと呼ばれた彼はこう見えても《マーダラー》、千瀬ら《ソルジャー》より一階級上の戦闘員である。


「匿って! 隠して!」

「え、何で!?」


今回ルードと千瀬は別チームだ。訓練においては敵のはずの彼が口にした言葉に、千瀬は驚いて模擬刀から手を離した。無論攻撃せねばならないと思っていたのだ。

しかしその直後、少女は少年の言葉の意味を知る。


「る〜〜〜〜うどぉぉォォォ!!!」


地を這うような声だった。ルードと同じように全身染料まみれの駿が現れる。

千瀬は目を見開いた。ついでに笑いが込み上げてくるのを必死で我慢した。


「し、シュンそのカッコ……」

「うげ、見つかっちった」

「もう逃がさねーぞルード……!! その顔、黒のペイントで塗り潰してやるッ」


ルードが苦笑したのが気配でわかった。少年にとっては可愛いいたずらの範囲内だったのだろう。シュンは完璧にキレているらしい、冷静に考えて千瀬は静かに息を吐く。


「……てゆーか二人とも、もうアウトでしょ」


お互いペイント弾に当たりまくっているのだから。

しかし千瀬が呟いたその言葉は、ドオオォォォン、という巨大な爆音に掻き消された。


「な、なんだ?」


駿が目を白黒させる。ルードもびっくりしたように瞳を瞬かせた。刹那、部屋のドアを蹴破ってレックスが入ってくる。


「今の音ァなんだ?」

「さあね。誰かが派手に――」

「本物と模擬を間違えて爆発させたんじゃねーの。始末書モンだな」


レックスに続いて入ってきた少年、日向ハルが面倒くさそうな面持ちで言った。

彼は頭を赤いペイントで染めているレックスを見上げると、


「なに、レックス。やられちまったの? だっせぇ」


と笑う。レックスは小さく呻いたが、ハルのほうは無傷なので言い返すこともできないらしい。


そんな和やかな空気は次の瞬間、部屋に飛び込んできた女性陣によって一変させられることになった。


「侵入者ですって!」

「門が突破されたらしいわ」


シアン・エルフィールと李春憐。その後ろからロザリーも現れる。

それから朝深、ツヅリ、椿、オミ、絹華といった面々が続々と部屋に入ってきた。《ソルジャー》久々の大集結である。


「侵入者だァ? 俺たちがさっき始末したばっかだけど」

「とりあえずシュンはその馬鹿みたいなナリをどーにかしろ」


首を傾げるカラフルな少年を一瞥してハルが鼻で笑うので、激昂した駿が掴み掛かろうとする。あわや殴り合いに発展しかけるのを引き剥がしたのはレックスだ。


朝深(アサミ)はそんな二人のことなどお構いなしに部屋の奥まで進むと、壁を一ヶ所拳で叩きつけた。するとその一角だけが反転し、代わりにモニターとパネルが現れる。


「……警備がやられてる」


低く呟いた青年の声に一同の顔つきが変わった。朝深の引き出したのはルシファー内部の監視映像である。画面に浮かぶ警告の文字。侵入者らしき人物の影を追って目まぐるしく映像が変化してゆく。


「なんだ、こりゃ……?」

「カメラが追い付いてないじゃないか」

「……速い、」


ただならぬ気配を感じ、千瀬は模擬刀を真剣に持ちかえた。敵は迷いもせず建物の奥深くへ進んでくる。一般警備員は目に求まらぬスピードでのされてゆき、止めることができないらしい。

警報も間に合っていない。一体なにが起こっているというのだろうか。


「何者だ……?」


小さな舌打ちの音が聞こえた。瞬間、天井から舞い降りた人影に誰もが目を見開く。


「イチハラ!?」

「わ、キョーゴだ」


駿とルードが口々に声を上げる。相変わらずどこから入ってきたのやら全くわからない。突如現れた《マーダラー》市原恭吾は、一同を見渡して不機嫌そうに口を開いた。


「全員いる?」

「ああ――敵か?」


問い掛けるレックスにさあね、と首を竦めてみせる。

刹那目付きを鋭くさせた恭吾は、モニター前の朝深に短く問い掛けた。


「全員武器を。状況確認、アサミ、侵入者の進行方向は?」

「北北東に直進、スピードは計測不能」

「北北東?」

「――この部屋だ!」


迎え撃つ、という恭吾の言葉に全員が頷いた。レックスが扉の前に立ち、残る面々も各自戦闘準備をする。


「俺たちの元に真直ぐ向かってくるなんて」


良い度胸じゃねーか。

不敵にハルが笑うと同時、気配に聡いルードが叫んだ。


「――――来た!」


バァァァァン!!

吹き飛ぶ勢いで開けられたドアが壁に激突して悲鳴を上げる。蝶番の外れる音がした。

衝撃で巻き起こった塵風を裂くようにして部屋へ踏み込んだ人影は一つ。それは目にも止まらぬ速さで一番手近な相手――レックスに歩み寄ると、胸ぐらを掴みあげた挙げ句に銃口を突き付けた。


「レックス!」

「……待てッ!!」


助けに入ろうとした千瀬を止めたのは何故か、レックス本人の声。

不思議に思った少女は、レックスの眉間に銃を押しあてる人物を見て絶句することになる。


「5秒以内にハーキンズの糞野郎を呼んで来い、アレキサンダー・ウォール。そのドタマぶち抜かれたくなかったらな!!」


なぜなら千瀬はその人物を、良く知っていたからだ。


「ぞ……ッ、ゾラさん!?!?」



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