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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第六章《輪廻》
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第六章《輪廻》:パニッシュ・パニック(1)







これはこの世のことならず

死出の山路の裾野なる

賽の河原の物語

聞くにつけても哀れなり


二つや三つや四つ五つ

十にも足らぬみどりごが

賽の河原に集まりて

父上恋し 母恋し

恋し恋しと泣く声は

この世の声とは事変わり

悲しき骨身を通すなり

かのみどりごの所作として

河原の石をとり集め

これにて回向の塔を積む


一重積んでは父のため

二重積んでは母のため

三重積んではふるさとの 

兄弟我身と回向して

昼は独りで遊べども

日も入りあいのその頃は

地獄の鬼が現れて

やれ汝らは何をする

裟婆に残りし父母は

追善座禅の勤めなく

ただ明け暮れの嘆きには

酷や哀しや不憫やと

親の嘆きは汝らの

苦患を受くる種となる

我を恨むる事なかれ

くろがね棒をとりのべて

積みたる塔を押し崩す


その時能化の地蔵尊

ゆるぎ出でさせたまいつつ

汝ら命短くて

冥土の旅に来たるなり

裟婆と冥土はほど遠し

我を冥土の父母と

思うて明け暮れたのめよと

幼き者を御衣の

もすその内にかき入れて

哀れみたまうぞ有難き

いまだ歩まぬみどりごを

錫杖の柄に取りつかせ

忍辱慈悲の御肌へに

いだきかかえなでさすり

哀れみたまうぞ有難き



――“賽の河原の地蔵和賛”抜粋――


















ねえ、きっと救われたかった。


永久とこしえに続く苦しみにそっと手を差し伸べて。


どうか、貴方が終わらせて。













『これが私の世界だから』6















――男は走った。暗い建物の中を、壁に取り付けられた僅かな燭台による灯りを頼りに疾走する。


(畜生、畜生、畜生、)


これは命を懸けた追いかけっこだ。仲間は引き離され皆ばらばらになってしまった。振り返ったとしてもこの闇の中だ、一寸先を見ることすら叶わないが、きっと点々と血痕が続いているのだろう。

見つかってしまう。せっかく、ここまで辿り着いたのに。


畜生! とうとう声に出して男は吐き捨てた。自棄になって目の前に現れた扉を開けようと手を伸ばす。

しかし次の瞬間――――かちゃん、と無機質な音が響き渡った。音源は彼の背後から。嗚呼、と男は嘆息する。


「残念だったなァ。こんなトコまでよく頑張ったと思うぜ、でも」

「ゲームオーバーだよ、おじさん」


二つの冷えた銃口を背中に感じた。最早これまでだ。

男は振り返らなかった。かわりに目の前の扉を見据えていると、それが鈍い音を立てて開いてゆく。


「――だいじょうぶ」


開いた扉の向こうには小さな影が立っていて、柔らかな声を出した。口を聞いて初めて、男はそれがまだ少女であると知る。

汚れを知らぬような容貌をしていた。黒目がちの大きな瞳が幼く、同じ色の髪をしている。そして彼女は、身の丈に似合わぬ長刀を腰に差していた。


「大丈夫。すぐに終わる」


それが男への慰めだったのか、背後の仲間への声だったのかはわからない。しかし男は漠然と、自分の身体に巻いた爆弾の存在に気付かれていることを悟った。同時に起爆スイッチを押すことすら、もう間に合わないことを知る。


少女の白い手が鞘に納まったままの刀に触れた。

男はそれを、ぼんやり見つめていた。




*




「レックスみーっけ!」


ぐぇ、と男の鈍い声が響く。飛び出してきた銀髪の少女に同色の銃口を向けられたレックスは、その弾丸をもろに食らって眉間を真っ赤に染める羽目になった。


「はーいレックスもアウトぉ!」


嬉しそうに笑うロザリーに向ってあーあ、とレックスは息を吐く。この少女の射撃の腕は十分に知っていた。出くわした時点でゲームオーバーだったのだ。


頭からだらだらと赤色を流しているもののレックスに怪我はない。それはこの大男が丈夫だから――ではなく(さすがに銃弾で頭部を打ち抜かれれば普通は死ぬ)、ロザリーの放ったそれが実弾を模したペイント弾であった為だ。


――現在、ルシファー首領直属部隊“EPPC”では訓練と言う名のゲームの真っ最中であった。

特戦隊を二分割して行うこのサバイバルゲームは、ペイント弾と電流感知式の模擬刀セットによって行われる。後者はセンサーを身体に取り付けて、急所に攻撃が当たると――つまり切られると大音量のブザーが鳴る。性能の良い玩具おもちゃのようなものだ。


なまじ戦闘力の高い面々だけに、ゲームとは言えど気は抜けない。下手をすれば大怪我の可能性もあるからだ。

なによりこのゲームの敗者には、ロヴ・ハーキンズ考案の罰ゲームが執行される――冗談ではなく命懸けである。


(……死にたくなるかもしれねぇ)


罰ゲーム内容によっては、羞恥で。

レックスはロヴの悪趣味っぷりを思い出して、人知れず頭を抱えた。







所変わってロヴ・ハーキンズの自室。


「観念しやがれルード!」

「やーだね!」


少年達の高揚した声が響き渡る。駿が銃を構えるとルードは窓の桟を乗り越えて、隣の部屋へと逃げ込んだ。ドアを蹴破ってそれを追い掛けた駿は、刹那ぎょっとして立ち止まる。


「な……なんだそのキモチ悪い生き物!!」


ンモオォォ。

空気を震わせて、その生き物は鳴いた。


「うし」

「知っとるわ!」



二人の移動したこの部屋もまたロヴの物である。が、今そこは異空間と化していた。

隣の部屋とは違って生活感の欠けらもないその場所には、床一面に乾草が敷き詰めてある。ぬるい室温と獣の匂い――。

駿がびしりとルードの背後を指差した。その先にいたのは、見事な体躯の牡牛だ。………ピンク色の。


「なんだその色!?」


実はこの牡牛、以前ロヴが焼肉をするために生きたままの“肉”を連れ込んだ事件の遺物である。

壮絶な追い駆けっこの末お役御免となった牛は、情の移ってしまったロザリーの懇願で飼い牛へと転向した。

……そう、この牡牛はルシファーで飼われている。それも(使っていない部屋とはいえ)ロヴの自室で、だ。

餌や糞尿の始末その他もろもろ、いったいどうやっているのか駿は知らない。怖くて聞けない。


「前回の訓練でペイント弾に染まっちゃったんだ。洗ったけど落ちなくてさー」


どうやら駿が長期任務についている間にも一度、この訓練が行われていたらしい。

あっけらかんとことの顛末を説明するルードに駿は頭を抱えたくなる。


「……もはや牛じゃねーよ」

「ロヴは可愛いって言ってたぜー……よっと!」

「――ッ!」


会話のどさくさに紛れて発砲するルードの攻撃を間一髪で避けながら、駿も再び銃を構える。狙いを定めて放てば真直ぐに弾がルードを追ったが、少年はにやりと笑って飛ぶように避けてみせた。

刹那、ルードはぐっと拳を握るような仕草を見せる。次の瞬間駿の撃った弾は、着弾前に空中で破裂した。


「あ」

「……て、め、ルードッ!」


コンマ数秒の嫌な沈黙。

二人の少年の視線の先――――ペイント弾の染料をひっかぶって頭が黄緑色になった牛が、そこにいた。あの頃の獰猛さが失われた牛は我関せずというようにもしゃもしゃと乾草を口にしているが、異様なカラーリングが毒々しい。


「あっははははは! やべー! カッコイイー!」

「笑えねーよ!」


駿は自棄になって銃口をルードに突き付けた。これでは後でロヴに何と言われるか。

しかし直後、少年の懸念を全て無に還す出来事が訪れる。


「虹色の牛って良くね?」


言いながらルードは牛の真上で、今度は鮮青色のペイント染料をぶちまけたのだった。













「……おい。牛が凄いことになってるぞ」


のんびりとティータイムを楽しむロヴに、冷ややかなエヴィルの声がかかる。


「ああ、オックスか? 今度は何色になるんだろうな」


隣室の惨状を知らぬわけではないだろうに、ロヴの態度はひどくのんびりとしている。

ちなみにオックスというのはあの牛の名前だ。牡牛だから“ox”……命名者のセンスを疑いたくなるほどそのままの名である。ロザリーなどは可愛らしくおーちゃん、と呼んでいるのだが。


「今度は一色じゃないみたいだ。コントラストが目に痛いね」


シュン君もちびちゃんも色彩感覚がなってないね。エヴィルと同時に部屋に入ってきた市原恭吾が笑って言う。


「お前達、二人一緒だったのか? 珍しいな」


エヴィルといえばその地位も関係しているのだろうが、たいていはルカと行動を共にしている。あまりない組み合わせにロヴが問い掛けると、恭吾は首を竦めてみせた。


「エヴィルに捕まってね。害虫駆除をしてた」

「……虫の羽音がしたんだ」


無感動にエヴィルが続ける。二人はおそらくこの建物に侵入した外敵の排除にあたっていたのだろう。

ルシファーに敵が入り込むのは良くあることだった。たいていは侵入と同時に“掃除”されてしまうし、そうでなくてもこの二人のような戦闘員が始末をつけてくる。これまで一度も、ロヴのもとまで辿り着いたことはない。


「一匹、違うルートを通ってた奴がいたみたいなんだけど?」

「ああ」


大丈夫だ、とロヴが頷く。隣室から響く激しい銃声と怒声に耳をすませて、青年たちは忍び笑いを洩らした。


「チトセが始末してくれたみたいだから」


報告に現れた駿は遊びに来たルードと鉢合わせて戦闘になってしまったけれど。

パァン、と一際大きな音が響いて同時に駿の叫び声が聞こえた。ルードがまた何かやったらしい。


「……今度は黄色だ」


エヴィルがぽつりと呟いた。

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