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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第五章《迷霧》
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第五章《迷霧》:忘れない空を(1)

ああああ、大きな声がして指を差される。驚いて固まった少女に向かって、


「てめ、こらチトセ! どこ行ってやがった!」


という駿の怒声が飛んだ。

後始末と言う名の瓦礫拾いを一人エスケープしていた千瀬である。片付けを命じたのであろうルカとミクはのんびり腰掛けて動く気配はなく、ロザリーは遊び半分に壁片を蹴飛ばしている。真面目に働かされているのはどうやら、この場で駿だけのようだった。

お前も手伝え、低く言われて千瀬は苦笑する。


「アイジャの奴、派手にぶっ壊しやがって……黒焦げじゃねーか。無理だろこれ。元に戻せるわけねーだろこれ」

「無理でしょうね。後でルシファーから修復部隊を入れるから何もしなくていいわよーチトセ」

「ちょーっと待てえぇぇェェ!」


しれっと吐いたミクに駿が絶叫した。どうやら自分のしていたことが全て無駄だったことに気付いたらしい。ミクは人の悪い笑みを浮かべてクスクスと笑った。


「シュンは素直ね。普通に考えればわかるでしょうに。上司命令だからって何でも聞いてると馬鹿を見るわよー」

「元凶お前だろーが!!」


ぎゃーぎゃーと喚き立てる駿を綺麗にスルーしてミクは立ち上がる。そろそろ準備するわよ。言いながら彼女はその金髪についた煤を手櫛で梳き落とした。


「何の準備〜?」


無邪気に尋ねるロザリーに向かって、決まってるでしょうとミクは微笑む。

そう、長かった仕事がやっと終わるのだ。


「ルシファー本部へ帰還するのよ」


ルカが何も言わず、じっとこちらを見つめているのに千瀬は気が付いていた。他人の気配を察知し監視することのできる彼女だ。千瀬がついさっきまで何処に誰といて何をしていたか、そんなこと言わずとも知れているに違いない。


結局、問いただされることなどなかった千瀬は何も言わなかった。

問われてもきっと答えなかっただろう。あの少年と、何を話したかは。




*




学園最下層、“牢獄”。地下深くに作られた室内に再び集った面々は、それぞれが土埃や血糊で薄汚れていた。

ルシファーの戦闘員は一人も欠けることなく集合し、教師サラ・ハリソンとして先んじて潜入していたジェミニカもまた顔を出した。

つまるところルシファーは、オリーブ=αとの戦いに勝利を収めたのである。


「……おい、今何て言った……?」


任務完遂を喜ぶ空気の中で駿の、驚愕に満ちた声が響く。その原因を作った千瀬は小さく息を吐いて頷いた。


「だから、ね。アサカツネヒコの血縁者である藤野の娘は――そこにいる二人は、双子じゃなかったの」


部屋の隅、用意された椅子には今回の協力者である生徒達が身体を寄せ合いながら座っている。百瀬やロアル、駿の実妹である一咲。完全に巻き込まれた形となった愛や沙南の隣には、薫子と翠子――くだんの双子が座っていた。


「双子じゃなくて、三つ子だったんです。……三人目の名前は、桜子」

「………!?」


さくらこ。呟いた二人の少女は小さく震えていた。

わけがわからない様子の一同に促されて、千瀬は少しずつ語りだす。傷を負って倒れた自分の行く先、そこで出会った情報屋。ルカの代わりとして彼女から受け取った事実、この戦いの根本と顛末を。


「……じゃあ何か、鹿島が――オリビアの連中がその双子を狙ったのは、例の“悪魔のデータ”を持っていると思ったからで」

「そう、その情報に間違いは無かったの。確かにルキフージュのデータは、ツネヒコの姪にあたる“翠子”の体内に埋め込まれていた―――ただ一つオリビア側の誤算は」


この学園にいる“翠子”は、“翠子”ではなかったこと。


「そんなことって……」


茫然と呟いたのはロザリーである。察しの良いミクやルカはそれだけでわかったのだろう、白い顔をした双子――否、三つ子のうちの二人、を見つめていた。


「データを持ち運び逃げる最中だったんだと思う。交通事故に合ったツネヒコの車には、引き取ったばかりの幼い姪三人が同乗してた。そのうち一人は緊急手術を必要とする重体、残る二人も事故の前後が曖昧になる程度の軽い記憶障害を引き起こして……」


手術を受ける“翠子”の体内にチップ化したデータを埋め込んだのは、おそらくツネヒコの咄嗟の思い付きだ。それが巧くいったのは、その後の彼の巧妙な隠蔽工作の結果に他ならない。


――データの隠し場所を突き止められぬよう、ツネヒコは姪三人の名前を入れ替えて育てたのだ。意識の戻らなかった“翠子”を病院に預け、残る二人は施設を経て孤島の学園に入学させた。


「ここにいる“翠子”は、事故前までは“薫子”だったんです。ここにいる“薫子”の名前は、事故前は“桜子”だった」

「……ツネヒコのやつ、思い切ったわね」


感慨深げにミクが呟く。千瀬はゾラに言われたことを忠実に思い返しながら頷いた。


「事故のせいで記憶に混乱が起こっていた二、三歳の子供です。名前が入れ替わってもその後の生活には影響が無かった。“桜子”と“薫子”は“薫子”と“翠子”になって、本物の“翠子”の存在を忘れてしまったまま双子として生きてきた――」

「―――――ッ!」


響き渡った、小さな悲鳴のようなもの。慟哭したのは同じ顔をした少女達だった。自分達の身に起こった事実を知らされた、自分の信じてきたものが偽物だった衝撃は言葉になどならないだろう。

気遣う声を掛けようとした千瀬にしかし、次の瞬間予想外の台詞が聞こえてくる。


「さいてい、だ……」

「最低だ、あたし達……っ」


忘れていたなんて。同じ血を分けたかけがえのない肉親を十数年、忘れて生きてきたなんて。

そう言って、二人は泣いた。


「かわいそう」

「みどりこ、が可哀想」

「あたし達本当は、」

「気付いてあげられたかもしれないんです」

「夢、を見てて」

「ずっと長い間……」


三人で手を繋ぐ夢だった。あたたかいぬくもりと泣きたくなるくらい切ない懐かしさ。忘れたくなかった、ずっと一緒にいたかった、目覚めるたびに溢れる涙を理由もわからぬままぬぐって。

すすり泣く声が語るのを、千瀬は何も言えないで見つめていた。うつむいた二人の少女に、瞬間柔らかな声が降る。


「会いに、行く?」


ルカだった。ふわりと微笑みを浮かべるその彼女を、悪魔だと言う者がいる。幼い頃から続く因果が今回の出来事をも呼んだのだ。

巻き込んでごめんね。小さく呟いてルカは、少女たちに手を差し伸べる。


「ゾラから連絡が来たわ。本物の“翠子”は、ルシファー管轄の病院に搬送された。迎えに行きましょうか――――貴方達の眠り姫を」


少女たちがしっかり頷いたのを見届けてルカは笑う。

――これで本当に、この学園でやり残したことはなくなった。

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