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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第二章《模索》
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第二章《模索》:THE TOWER OF BABEL(1)



――その頃、人々は皆、一つの同じ言葉を話していた。人々は東の方からやってきて、シナルの地に住み着いた――




*




「ルードに会ったぁ!?」


素っ頓狂な声を上げたのは駿である。彼の横ではレックスが身を乗り出し、サンドラは自らのブロンドに指を絡めながら『困った子』と呟いた。


千瀬の出会った謎の少年、“ルード”の正体を知るのは容易かった。皆の話を照合してみると、どうやら彼はEPPC内一番の問題児として有名らしい。あの少年には放浪癖があるようで、今現在も行方を眩ましている真っ最中だ。彼が消える度に〈マーダラー〉は血眼になって彼を捜索している。

……そうなのだ、ルードは――最年少〈マーダラー〉なのだという。


「信じられない」


噛み締めるようにそう吐いた千瀬に、まぁそう言うなとレックスが笑う。あの少年の実力は確かなものらしい。ただほんの少し――否、かなり――その他の面で問題があるだけ。


「この間ここに来たやつ、覚えてるか」

「えぇと……キョーゴ、だっけ?」

「あぁ、あいつもルードを探しに来てたのさ」


レックスが苦笑いを浮かべた。ルードは放っておけば一、二週間は普通に行方を眩ませている。召集が掛かろうが仕事が入ろうがお構いなしだ。しかしあの少年は、それが許される立場の人間ではない。

――遊びたい盛りだから仕方はないんだが、とレックスは嘆息する。逃げ足が速く悪知恵ばかり働く分、一介の子供より数段タチが悪い。


「みんな〜! “指令書”もらって来たよっ」


明るい声が響くと同時、鉄の扉を押し開けてロザリーが部屋に入ってきた。彼女は手に一枚の紙をもっている。


「おかえり、ローザ」


サンドラが柔らかく笑んでその用紙を受け取った。

ロザリーの持って来た物は、EPPCが出動する際の注意事項と今回の任務内容が書かれている『指令書』である。毎回任務に就くにあたってはロヴからこれを受け取ることになっているらしい。


サンドラが指令書を読み上げた。《“ルシファー”本部の護衛ならびに敵の排除》――即ち、今回の任務内容である。

わかりきっていることだったが、こうして文章になると気が引き締まると駿は笑った。


「注意事項は……」

「“いつも通り”なんだろう?」


サンドラの声を遮り、レックスが体を揺すりながら笑う。サンドラもそれに微笑んで肯定の意を示した。


「いつも通りって?」


そう尋ねた千瀬に、レックスは冗談めいたウインクをしてみせる。見かけによらず器用らしい。


「ロヴからの注意はいつも同じだ。『死ぬな』――それだけさ」


それだけ? と少女は首を傾げた。何にどう注意すれば良いのかまったく不明瞭である。

千瀬が呆気にとられていると、駿が後ろから指令書を覗き込んで大声をあげた。


「あーっ。ロヴの奴、またやりやがった」

「何がだ」

「これだよ、これ」


駿は指令書の下端を指差した。それは今回の出動人数が書かれている筈の場所。見れば数値は6となっていた。


「今回の出動は俺とローザとチトセ、レックスとサンドラ、シアンにオミで七人だ。あいつ、また間違えてる」


……また、ということは。どうやら頻繁にある事らしい。

“オミ”と言うのが召集時にシアンと一緒にいた少女の名だ。黒目がちの大きな瞳が印象的で、冗談みたいに鮮やかな浅葱色の髪をしている。(地毛なのか染めたものなのかは千瀬には判別できなかった。)口数が少なく、千瀬とは召集後に一度挨拶を交わしただけである。


「ロヴって頭が良いのに、どういうわけだか抜けてるのよね……」


サンドラの言葉に全員が頷く。馬鹿と天才は紙一重というが彼の場合はそうではなく、単にやる気の問題であった。やはり今回の《相手》はとるに足らない、そういうことなのだろう。


「指令書は後で《テトラコマンダー》にも回さないといけないんだから、間違ってると面倒臭いことが起こるぞ……」


レックスは大袈裟に顔をしかめた。何故かちっとも困っているように見えなかったのだが。

しかし《テトラコマンダー》とはルシファーの事務も情報処理も兼ねた連絡の中枢、誤報を伝えてしまえば確かに面倒なことになるだろう。


「じゃあ、あたしロヴの所に行って訂正してもらってくるよ」


千瀬は指令書を受け取ると、軽やかに立ち上がった。



*




息を吸い込む。溜息。周りを見渡す。また、溜息。嗚呼、これは


(……迷った)


千瀬は半ば諦めかけていた。先日ロザリーと通った道を確実に辿ってきたはずなのに、何時の間にやら見たことのない場所へ来てしまっている。

周りには猫の子一匹見当たらない。猫がいるはずはないが。


少女は己の腑甲斐なさに再び溜息を落とした。何故迷った、何故迷えた、と不毛な疑問が脳内をぐるぐる駆け巡る。まだ日は浅いとはいえ、この建物にも慣れたはずだったのに。

正確にはわからないが、もうずいぶんな時間が経っているはずだ。


(――とりあえず、あのエレベーターを探さないと)


彼女は自分を勇気づけると再び歩みだす。止まっていても助けは来ないだろうし(来たら来たで恥ずかしいし、)何よりも戻る道すらあやふやだった。よって、後ろは振り返らないことにする。どうにかなるだろう、と根拠のない自信でひたすら足を動かした。


「……あ、あの。すみません」


ほどなくして、千瀬は漸く自分以外の人間を発見した。巡回中らしいその男の背中を叩く。背が高くてガタイも良い彼は、犯罪組織に属するにはこれ以上になく適した人材に見えた。

――案の定、振り返った男の風貌はいくつもの死線を潜り抜けていそうである。


(……ちょっと恐い)


千瀬は強ばった体を奮い立たせ再び口を開いた。今このチャンスを逃せば、一生この建物を彷徨わなければならないような危機感に囚われていたからだ。


「あの……」

「……れ、」

「れ?」


男の鋭い表情は、千瀬と目が合った瞬間大きく歪んだ。まるで何かを恐れているかのようにその瞳が揺れる。どうしたのかと少女が眉を潜めた瞬間、男が叫んだ。


「レッド・ハンズ……!」


少女は瞠目した。男は声を張り上げるやいなや、あろうことか千瀬に銃を向けたのである。レボルバーの回るがちゃりと言う音が空間に落ちた。――本物の拳銃だ、弾は間違いなく入っている。


「ち、ちょっと……! 待ってください!!」


わけが分からず千瀬も叫び返した。男の腕は哀れなほどに震え、今にも発砲してしまいそうだ。そんな状態で男は何事かを喚き散らしながらじりりと一歩退いた。まさかとは思ったが間違いないだろう。怯えているのだ、千瀬に。


「違うんです。道を聞きたくて……何もしないから!」


突き付けられた銃口の圧迫感に千瀬の背から嫌な汗が流れた。再び男が声を荒げる。

――しかしその時、千瀬はあることに気が付いた。


「何……?」


千瀬には、分からなかったのだ。

『レッド・ハンズ』――そう叫んだ後の男の言葉や意味が何一つ。……何を喋っているのか、全く。

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