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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第五章《迷霧》
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第五章《迷霧》:盲目のララバイ(2)

耳をつんざくような轟音が脳を揺さ振る。一瞬目の前が真っ白になったかと思うと突然凄まじい突風に身体を煽られた。地から足の離れる嫌な浮遊感を感じて駿は、咄嗟に両脇の二人を守るように抱え込む。


「わぷッ」

「ふぎゃ」


奇妙な悲鳴を上げた少女達と駿はそのまま一塊になって塵のように吹き飛ばされた。頭だけはどうにか守って固い床に墜落する。三人とも上手く受け身をとって、なんとか柱の影まで移動することに成功した。


「くそ、加減しろよ……」


目の前で繰り広げられる異常な光景に茫然とする暇さえ与えられず、遣る瀬ない気持ちになりながら駿は呟いた。“常識はずれ”は彼らの“常識”だ。しかし今現在起こっていることは、駿の想定する“異常”の遥か上を斜めに行っていた。


――――例えば巨大な火山が二つ並んでいたとして、それが双方同時に、しかも互いに向け合うように真横に噴火したら。ぶつかり合う二つの火柱はこんな風になるのだろうな、とぼんやり駿は思った。無論、そんな事などこの世の終わりにだってありはしないだろうが。


(……こんなん、アリかよ)


空気がビリビリと振動している。目を開けているのさえ辛い状況で、けれど三人の目はその光景を確かに捉えていた。

アイジャとルカ、放たれた二つの力がぶつかり合って拮抗する。互いに相手を打ち破ろうとするその中心からは激しく火花が飛び散っていた。鳴り止まない雷鳴のような音とそれにともなった熱気。どちらも引かない。


「…………!?」


――突然のことだった。

ルカが微かに微笑んだのを駿は見た。次の瞬間、今までぎりぎりに保たれていた二つの力の均衡が崩れる。

ルカの放った“モノ”が突然大きく膨れ上がったかと思うと口を開けるように広がった。そのままばくんと音を立てて――アイジャの放出していた火の玉を飲み込んでしまったのである。


「ごちそうさま」


さらりと言い落として笑ったルカとは反対に、顔色を変えたのはアイジャだった。驚いたように目を瞬かせている、その奥には微かな怯えの色が浮かんでいた。


「ルカ………すごい、」

「あいつ余裕なのかよ……」


呆けたように呟いたロザリーの横で駿は顔をしかめる。ルカの隠し持っていた得体の知れない物体は未だ空間の歪みから突出したまま。しかし肩の力を抜いたルカとシンクロするように柔らかくなったかと思うと、端の方からどろりと床に溶け落ち始めた。

足元に広がってゆく水溜まりのようなものは澄み切っていて、先の膨大なエネルギーを飲み込んだ後どこにいったのか皆目検討もつかない。時折ごぽりと泡立つ様は今にも爆発しそうで、見ていて気分の良いものではなかった。


「――――“あれ”はルシファーの最終兵器よ」


ふと響いた声のほうを見やれば、いつの間にこちらへ来たのかミクが腕を組んで立っている。兵器、と繰り返した千瀬に向かって彼女は小さく頷いた。


「あれはルカのものだけれど、ルカ自身が本来持つ力とは違う」

「え……?」

「……あれはね、意思を持ってるのよ」


全てが溶けて床一面に小さな湖ができる。ルカの足元で蠢くその液体を見つめながら、ミクはすっと目を細めた。


「あれはルカの身体を宿り木にした“悪魔”なのよ――あれは母体であるルカを護ろうとするし、あの子の意志には従うわ。でも――」

「……でも?」

「一線を越えればルカにも制御できなくなる。……暴走してトリクオーテを消したのは、あれよ」


幾度となく聞いた街の名前に千瀬ははっとして口をつぐむ。その一線が何を指すのかはわからないが、それが持つ危険性だけは嫌というほど理解できた。

変幻自在の未知の物質。恐らく先程少女たちを包み込んで炎から守ったそれは、触れたものを溶かし蒸発までさせることが可能である。向かってくるものを吸収し消滅させる力も有している、その実態は諸刃の剣だ。ルカはその体内に、爆弾のようなものを抱えている。


「……ま、大丈夫でしょ。もうあの頃とは違うし、相手もあの程度だから」


どういう意味だと低く問い掛けた、駿の眉間には深い皺が刻まれている。“その程度”の相手に右往左往していたのはこちらの方だ。ルカがそれを凌ぐ圧倒的な力を持っていたとしても、現状は変わらない。アイジャが再び暴れだせば、一帯は簡単に火の海になるだろう。

しかし次の瞬間、ミクは駿の疑問を無表情で放り捨てた。


「消してしまえば良いんだわ、」

「――――ッ、ちょっと待て!!」


ミクの言葉と同時に、ルカの足元にある【水溜まり】が激しい音を立てて吹き上がる。水柱は獲物を見つけた大蛇のように鎌首をもたげて。

考える前に身体が動いていた。パキパキと乾いた音を鳴らして氷のように硬化した、その鋭利な切っ先がアイジャを貫く前に少年は間に立ちはだかる。


「……ッばか、シュン―――!?」


聞こえた悲鳴はロザリーのもの。

――――ルカのちからは駿の喉笛を切り裂く数センチ手前で、ぴたりと停止した。


「……何してるの、シュン」

「……見てのとーりだよ」


死にたいの?

心底不思議そうに問い掛けるルカに、駿は苦く笑ってみせた。やってしまったことは仕方がない。


「……ここでコイツを殺すのはお門違いじゃねーの。オリビアは消えてチトセが情報を持ち帰って任務完了だろ? 今回の仕事は余計な死人を出さねぇってのが条件で、コイツはここの生徒だ。……普通の生徒じゃないみたいだけど」


我ながらかなり苦しい言い訳だと駿は思う。けれど彼は、アイジャをこの場で死なせたくはなかったのだ。

――駿の目の前で死んでいった、少年の言葉がある。


「……もう、考えるの面倒なのよね」


何を馬鹿なことをと、叱責されるのだろうと思っていた。しかし聞こえたミクの言葉は。


「そこにいるアイジャが何者であろうと関係ないじゃない。面倒なものは消してしまえば良いし、あたし達にはそれができる――ずっと、そうしてきたのよ」


駿の予想などはるかに超えてしまっていた。


「ヒトとは違うあたし達には、あたし達のやり方がある」

「……ッ、ミク、」


碧い碧い瞳の奥に揺らいだ確固な意志を少年は見た。ミクやルカが生きてきた世界の根底を垣間見たような気持ちになる。

ミクの言うとおり最初から、全てをなくしてしまえば。他人を拒絶し付け入る隙を与えてこなければ確かに、今日この瞬間のような事は起こらなかったに違いない。

――けれど、と駿は思うのだ。


「お前も、ルカも。否定すんなよ、」

「……?」

「お前ら確かにすげーよ、普通じゃねーよ。でもさ、」


人間だろ。

口から零れ落ちた言葉に一番驚いたのは駿自身だったかもしれない。

殺人に手を染め犯罪に加担する己を化け物と称してきたのは少年自身だった。けれど今は違う。人間だとそう言い切った、千瀬の気持ちがわかるような気がした。

沢山の葛藤を胸に抱えて生きる自分達は、皆。


「お前らは人間で、アイジャも人間だ。人間は自分で生き方の選択するし、人間同士ってのはさ、会話できるもんだろ」


俺は何を言っているんだ、と駿は自嘲する。少し離れた所からじっとこちらを見つめる千瀬の視線を感じながら、少年はそっと息を吐いた。

ただ一つ確かなのは、今ここでルカにアイジャを殺させてはならないということだ。


「わかり合えって言うわけじゃないんだ、ただ――」

「良いわよ、駿」


朗らかな声が響いた。従えた、聳え立つ凶器に身体を囲ませているルカが柔らかく笑う。


「アイジャに選ばせてあげる」

「ルカ!」


嗜めるようなミクの叱責に、ルカはゆるゆると首を横に振った。


「ミク――わたしね、人間は面白いと思うようになったわ」

「何言って……」

「グラモアの言いたかったことが最近、今更になってわかるような気がするの。どうしてだろう」


片手で金髪の少女を制してルカは、駿とその背後の少女に向き合った。

もし、わたしが人間だと言うならば。ルカは呟いて笑う。わざわざ不毛なことを行うのも、また一興なのだろうと。


「今死ぬか、このまま戦うか、何なら和解だって考えても良い。どうするかはアイジャに決めさせてあげる」

「………礼を言うよ、ルカ」

「でも――その子は死ぬ気満々ね」


ルカの言葉にはっとして振り返った、駿の頬を灼熱が叩いた。おとなしくしているとばかり思っていたアイジャの身体から太陽光のような閃光と熱気が立ち上っていた。


「……ッお前何して、!」


ぼっ、と発火の音がした。

怒鳴ろうとして刹那、年は口をつぐむ。見開いた眼が映したのはアイジャのスカートだ。今まで焦げ目一つなかったそれが、じりじりと端から燃えている。

――駿の身体から血の気が引いていった。この炎は、今までと違う。アイジャは自分自身をも焼いてしまう強大な力を、ルカに向けて放とうとしていた。


「この、バカ娘……ッ!」


ドレス襟首を掴みあげた手の平が燃えた。皮膚を焼く熱に顔を歪めて、しかし駿はアイジャを止めようとその身体を揺する。

離れないと死ぬ、そうミクが叫んだのが聞こえた。


「俺はお前の兄貴の最後を見取った! お前に、伝言があるんだ……ッ」


むせ返るような熱気に駿の頬を汗が伝う。渦巻く炎に包まれてゆくアイジャがふと顔をあげた。

――真っ赤に染まったその瞳にぽっかりと浮かぶ絶望を、駿は見る。


「アイジャには、兄、なんて、いないの」

「―――――――ッ!」


やめろ!!――――叫んだ駿の声はアイジャに届いたのだろうか。

確認はできなかった。収斂した熱が放出されるその寸前、聞こえた声に駿の意識は全て持っていかれてしまった為である。


「――――お兄ちゃん………っ!!!」


ここで聞こえるはずのない、その声に。

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