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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第五章《迷霧》
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第五章《迷霧》:オリーブを見たか(4)

* * *



「“オリビア”と呼ばれる連中の正体については知ってるんだっけ?」

「……いいえ」


真直ぐな問い掛けに少しだけ悩んで、千瀬は静かに首を横に振った。ゾラは満足気に笑って紅茶のカップに唇を寄せる。どんな時にもお茶を欠かさない優雅な振る舞いはロヴに通ずるものがあったが、それを口にするとどうなるかは目に見えていた。

出会ってから数時間、既にこの情報屋について学んだことは多い。千瀬はそれに従っておとなしく口を閉じ、彼女の言葉を待った。


「始まりはもう随分前の話になるかな。ルシファーと同じ界隈に生きる――要は“裏社会”の連中が、何者かの手によって次々と始末されるという事件が起きた」


カラン、砂糖を足して掻き混ぜるスプーンの音が静かに落ちる。意外やゾラはかなりの甘党だ。甘い紅茶の横に置かれた砂糖菓子は助手を勤める菫が用意したものらしいが、その甘さには千瀬も目を見張った。


「表には出られないような連中だ、潰したり潰されたりはお互い様。けれど一つ異常だったのは、消されていった組織が吸収された様子が何処にもなかったこと」

「吸収?」

「他の勢力に手を出す理由ってのは大抵、敵対関係であるか傘下に入れることを目的にするかのどっちかだよ」


欠けてゆく裏社会の一端。消えるだけで、それ以上の変化は何も起こらなかった。

――――正体不明のその集団に、一つの名がついて回るようになったのは何時からだったろうか。数多の組織を葬る実行犯の、その名前。

漠然とした影の中から、一人の女の姿が浮かび上がった。オリビア、それは見えないモノに形を与える入れ物だ。また一つ消えた組織の跡地、廃墟と化したその場所で偶々誰かが耳にした音。


「人々はそれをオリビアと呼んだ。――“闇殺し”、ともね」


始めは些細な、都市伝説のようなものだった。

“闇殺しのオリビアという女が、数々の裏組織を消して回っている”


「オリビアの目的は誰にも知れぬまま、また別の組織が消えた。そうまでされて黙っていられるほど裏の連中は穏やかじゃない。いつ自分達に火の粉が降り掛かるともしれない状況で隠れているほど臆病でもない――」

「どう、したんですか」


息を詰めて静かに問い掛ける、千瀬の目の前でゾラは唇を釣り上げた。


「オリビア狩りが始まった」


マフィアに闇商人、犯罪シンジケートにギャング団――人々は我先にとオリビア殲滅に乗り出した。オリビアの首には莫大な懸賞がかけられたのだという。国境など関係無しに雇われた幾人もの情報屋がそれの居場所を突き止めるため、世界中を奔走した。


――しかし結局、オリビアはその潜伏先どころか正体も、確立された組織であるのかさえわからなかったのである。


「……表向きは、ね」

「え――――、」


どういう意味だ。問いかけようとした少女の唇をゾラの細い指が塞ぐ。秘め事を囁くように声を潜める、彼女の言葉に千瀬は目を見開くこととなった。


「その頃僕は――――」



世界中の情報屋が姿形のわからない女――であるかも不明なのだが――を追いかけているその最中にゾラもまた、その手腕を尽くしてオリビアを追っていた。とはいっても彼女の場合誰かに雇われたわけではなく、あくまでも趣味の範囲内で、だ(当時からゾラは滅多なことでは依頼を受けないことで有名であった)。



だからそれは本当に、本当に偶然だ。

形のない物ばかりを追うことに対し早々に見切りをつけていたゾラは、消し去られたほうの組織に着目した。興味があったのはオリビアの正体なんかじゃない、その目的のほうだ。ゾラは数日の間隠れ家に籠って大量のデータと顔を突き合わせていた。オリビアに狙われた者たちの詳細。組織発足から消滅を迎えたその日までの軌跡。

―――――そして、見つけてしまったのだ。


「オリビアが狙った組織にはたった一つだけ、共通点があった。一見無作為に見えるそれにはちゃんと理由があったんだ、同じ道が、一つだけ」

「同じ、道」

「そう……消えた組織は全て過去に一度、同じ街に足を踏み入れた記録がある」


取引きの地として。他勢力との戦いの場として。身体を休める宿地として。荷物の運搬の為に、仕事先へ向かうために、通過した地点の一つとして。

組織の幹部クラスが直々にやってきたこともあれば、末端構成員がほんの少し立ち寄っただけのこともある。目的は違えども、過去に彼らはある街にやってきた。取るに足らない出来事であったことが殆どだ。

けれどそれが、たった一つの共通点。ゾラだけが気づいた、ゾラだから気にとめた、なぜならその街の名を彼女は良く知っていたからだ。


「訪れた連中は気付かなかっただろう。その街の地下には、巨大な研究施設が隠されていた。当時のそこは無法地帯だったけれど、地下はその比じゃない。その場所では一昼夜問わず人の道から外れた実験が行われてた――人間兵器の開発、っていうね」


胃の底に冷えた塊を投げ込まれた、千瀬はそんな気がした。それはどんどん重みを増して、同時に足もとからじわりと寒気が這い上がってくる。

――――少女は、その話を知っていた。


「ある日そこに、貴重な検体サンプルが持ち込まれた。生きた兵器だ。まだ幼い子供で、うち数人は明らかに人外の能力ちからを持っていた―――研究者の奴ら、嬉しかっただろう。やっと手に入れた完全体だ、細かく解析にかければ生み出すことだって可能になる。でも、」


過剰な研究が、執拗な調査が、きっと裏目に出た。今になっては詳しい原因など誰にもわからない。

彼らが解析にあたったサンプルのうち一体は、他のどの個体よりも並はずれた力をその身に眠らせていた。それは世界をも凌ぐ力だ。あまりにも莫大なそれは、本人の意思では押さえつけられないくらいに膨れ上がって。

終わりは唐突だった。あっけなく、子供の能力は決壊した。


「一瞬で研究所は消滅した。地上の街も、跡形もなく吹き飛んだ」

「……トリクオーテ」


その名を紡げば、正解! と朗らかな声が降った。千瀬はぎゅっと目を閉じる。


「オリビアは……、探して、いたんですね。『トリクオーテのレポート』を」

「ご明察。まだあの街が、研究所があった頃に一度でもトリクオーテに足を踏み入れた組織に連中、片っ端から目をつけては潰して行ったんだ。もう街は残っていないからね。データが事前に他へ譲渡された可能性に賭けたんだろうが――まあ見つからなくて結局、情報屋に頼ることにしたのさ。それが偶々上手くいったもんだから、奴ら今ハーキンズの島にいるんだけど」


ゆったりと足を組みかえてテーブルに頬杖をつく。ゾラの仕草には焦燥も憤りも感じられない。ただ淡々と、彼女は仕事をこなしているのだった。


「その事実に気付いて仕方なく――ほんとに仕方なく、僕はハーキンズの野郎に連絡をとった。あいつはどうでもいいんだけど……ルカ絡みとなっちゃ話は別だし」

「はあ」


ロヴのことを口にする時、ゾラは心底嫌そうな顔をする。本当に嫌いなんだな、突きつけられて千瀬は苦笑した。


「で、ヤローから引き続きオリビアについて探るように依頼を受けた。誰があいつの頼みなんか……じゃなくて、ルカの為だから。僕にしては珍しく本気で働いたね」

「それで――わかったんですか」

「勿論」


君、僕を誰だと思ってるんだい?

高らかに言い放ってゾラは立ち上がった。腰に下げた小振りな鞄から一枚の羊皮紙を取り出して、少女の目の前に突き付ける。


「同じ穴の狢だと思い込んでるから、みんな見つけられないのさ」

「これ、」

「オリーブという名の山がある。かのイエス・キリストが最後の祈りを捧げたとされるゲッセマネの園さ。真偽は定かじゃないが、そこを発祥だと自称する独自宗教組織が存在する――名を、【オリーブ=アルファ】と」



 “ Olive-α ”


「オリ、ビア……っ」


全ての始まりを示すアルファ。

小さく裂かれた羊皮紙に滲むインクの文字を読んだ、千瀬はそのまま言葉を失った。


「連中の目的はルキフージュを……ルカを、手中に収めることだ。オリビアは犯罪組織なんかじゃない、けれどこっちのほうがよっぽどタチが悪いかもね」


にこりと微笑んだゾラはそのまま、ただ一つの真実を言葉にして投下する。


「奴らの目的はね、『世直し』だよ。腐ったこの世界を悪魔の力で、一度更地に還したいのさ」






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