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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第五章《迷霧》
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第五章《迷霧》:Break a seal.(1)


「【バプテスマ】のヤツが失敗なんてするからさぁー」


こき、と首を回してマリアは笑った。妙に語尾の間延びした喋り方をする。


「双子の見分けがつかなかった、とか言うんだぜェ? だったら聞きだせって話!」


まぁ僕は君たちのオトモダチだから、そんなの必要ないけどねぇー。

言いながらじわりじわりと距離をつめる。天使のような容貌をした少女の手に握られた刃物から零れ落ちる紅は倒錯的で、薫子は眩暈を感じた。

信じられなかった。けれど、認める以外に為す術はない。無常な現実が横たわっている――畏れていた“敵”は、ずっと傍にいたのだ。


「マリア……あなた……ッ」

「中々の演技だったでしょお? 苦労したんだぜェこれ」


滴る血をぺろりと舐め上げてから、マリアはそっとナイフに口付けた。神聖な儀式のような、けれど狂気に満ちたその行為が全てを物語る。これがマリアの真の姿だ。


「……知らない、」


理解した瞬間、薫子は声を上げていた。


「知らないわよ! データも、アサカなんて奴も、あたし達は知らない!! 止めてよ、何なのよ……あたし達には関係ない……ッ」

「へぇ……? その反応見ると、全く知らないわけじゃあなさそうだ」


はっとして口をつぐんだ薫子を一瞥し、マリアは歌うように問い掛ける。

アンタ達のバックにいる“アンノウン”から聞いたのかな?


「うちのハゲを燃やしてくれた奴もさ、アンタらの後ろにいるわけ?」

「知ら……ない」

「……ふぅん? まぁ良いや。データの持ち主はそこのアンタだ、アサカミドリコ――」


ずり、と足を引きずるようにしてまた一歩マリアが距離を詰める。


「……何、言って」

「自覚はなくても構わないよぉ。その身体、ちょーっと切り刻ませてほしいだけー」


うるきの身体を支えたまま硬直する、翠子の身体を薫子は抱き締めた。その脳裏を走馬灯のようにここ数日の記憶が駆け抜けてゆく。

捜し物の手伝いをしてほしいのだと、そう言われた。アサカなる人物の、その血縁者を探していた黒髪の少女。何かを求めて学園にやってきた、彼らの敵。襲われた友達。データ。オリビア。


(何でなの……?)


いったい何が入っているのかはわからない。全ての根源にあたるその“データ”の、持ち主として呼ばれたのは片割れの名だった。全く理解できない状況に襲われて一瞬、薫子の思考が停止する。頭の奥で警報が鳴っていた。


「本当に、知らないの……」


口にして、しかし心の何処かで薫子はわかっていた。失われた記憶と交通事故。自分達をここへ入学させた“誰か”の存在――双子の、二人だけの秘密。


「そろそろ黙ってくれる?」


バイバイ、双子ちゃん。

ぞっとするほど感情の籠もらない声だった。マリアはふわりと微笑みを浮かべた後、うるきを傷つけたその刄を二人の少女に向ける。

薫子はぎゅっと目を閉じた。唯一の肉親がその手を伸ばして抱き締め返してくる、その温かさを感じた。


「終わったら二人仲良く、四棟寮の入り口にでも転がしといてやるよ」

「………っ」

「―――――四棟は男子禁制よ? マリア・ウィンチェスター」


瞬間響き渡った、凛とした声。

場の空気ががらりとかわる。予想していた痛みはいつまで経っても訪れず、目を開いた薫子は息を呑んだ。視界に映ったのはマリアの鮮やかな金髪ではなく、漆黒。


「【ミリアム】は男だって報告を受けてたんだけれど、驚いたわ。女装趣味があったのね」

「……アンタ、何ィ?」


瞬間的にその場を一歩飛び退っていたマリアが目を細める。現れた長い黒髪の少女を見て、それから小さく喉を鳴らした。

呼ばれたコードネームは正解だ。聖母のように柔らかで、愛くるしい笑みを持つ少女―――否、“少年”に与えられた名前。【ミリアム】とは聖母マリアの別名なのである。


「そうか――アンタが【ジーザス】の言ってた“アンノウン”ってわけェ?」


その容姿が学園中を騒がせる“亡霊”と合致していることに少年は気が付いた。こうして見ると皮肉なものだ、お互い近い存在だったのだから。


「アンタの本当の正体は何なのぉ、亡霊さん?」


問われて少女は笑みを浮かべる。白い頬をやわく引き上げて紡ぐ、その名の真実をマリアは知らない。


「――ルカ、よ。オリーブの子」





*




もう、手遅れ。

その言葉の意味を悟り駿は眉をひそめる。未だ出会ったことのない“オリビア”からの刺客。今何処でどんな行動を取っているのかはわからないが、鹿島の口振りを聞く限りではルシファーに都合の悪い方向へ事態か流れていることは確かだった。


「まさか……他の皆の身にも」


何かが起こっているのだ。気が付いたのはそう呟いた絹華だけではなかった。さっと亜梨沙が顔を青ざめさせる。まだ一度も連絡がついていない、もう一つのグループのことが脳裏を駆け巡った。


「ま、マリアは!?」


真っ先に浮かんだルームメイトの名を亜梨沙は口にする。


「マリア達の所はどうなったの……っ? うるきは、藤野さん達は!?」

「……ぶッ。あは、あっははははは! こりゃ傑作だ!!」


あいつの“オトモダチ大作戦”はどうやら成功したらしい。腹を抱えて笑い転げながら鹿島は心中呟いた。駿が胡乱な眼差しを送るのを無視して、この分なら“本当のターゲット”の方は問題なくいきそうだと考える。鹿島本人はここでのんびりと足止めに興じていれば良い。


「……さっさとやろうぜ」


その狙いを読み取ったかのように駿が言い放ったので、鹿島はまた笑った。もう少しお喋りしていても構わなかったのだが、そう言われては仕方ない。


「良いよ、はじめようか」


言葉と同時に再び強く地を蹴る音がした。動いたのは駿ではなく千瀬だ。疾風のように相手の胸元へ飛び込んだ少女をいなして、鹿島もまた剣を振り下ろす。脳天を割る一撃を千瀬は横跳びに躱し振り向きざまに一閃を加えた。


「オイお前、銃使えるだろうな!?」

「基本動作なら」


駿の声が飛んで絹華は自らと手元を見た。ピースメーカーはシングルアクションだ。使い慣れてはいないが、やらなければいけない。

今この場には通常長距離をカバーする役割にいる、銃使いの少女がいないのだ。ロザリーの腕前には遠く及ばない事を駿も知っている。四の五の言っている場合ではない。


「上等。援護しろよ」


言って構えを取った駿本人もまた、援護に回るつもりのようだった。

目の前で切り合いを繰り広げる二人の動きは常識を大きく逸している。一見すれば殺陣を演じているようにも見えるが、切った張ったの大立ち回りとは比べものにならないスピードで攻防が行われていた。下手に間に入れば千瀬の邪魔になりかねない。


(くそ、)


心中毒吐いてから駿は呼吸を落ち着ける。隙を見て攻撃に入ってみても、鹿島は軽く躱してしまうのだった。

千瀬の動きは決して悪くはない。しかし決定打に欠けていて、相手はダメージを受けていないように見える。


「そんなモンか?」

「……ッ!」


少なくとも千瀬のほうに軽口を叩く余裕は残されていなかった。それを悟ったのだろう、鹿島はにんまりと笑みを深める。長期戦になれば体力的な差で有利なのは彼の方だ。


(どうにか、しなくちゃ――)


発砲のタイミングを見つけられず絹華もまた歯痒い思いをする。この手にある毒針さえ打ち込めれば勝負は決まるのに――少女は己の無力さを痛感した。千瀬のように動くことが出来れば、それも叶うのだろうが。


「……おかしい、」

「……え?」


銃を構えていた絹華の背後からふいに声が聞こえたのはその時だった。振り返れば百瀬が、真剣な面持ちで少年達の戦いを見つめている。その視線の先にいるのは彼女の、ただ一人の肉親だった。


「百瀬? おかしいって何が――」

「あの子、変なの。どうしちゃったの……?」


それが千瀬のことを指しているのだと気付いて絹華は慌てて視線を戻したが、そのような様子は見られなくて首を捻った。

前方は依然として激しい攻防の真っ最中だ。少女の刀が間一髪、鹿島の頭を掠めてゆく――勝負はまだつかない。


何がおかしいのか、もう一度問い掛けようとしたところで再び百瀬が口を開いた。その唇から落とされた言葉に、思わず絹華は目を見開く。


「おかしい、こんなことって―――あの子、黒縄こくじょうを忘れてる」



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