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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第五章《迷霧》
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第五章《迷霧》:梔子の声を聞け(4)

「この子を殺したのは、ミクでしょ」


金髪碧眼の少女は否定も肯定もしなかった。瞠目したまま動きを止めている沙南や愛に目をやって、ロザリーは僅かに逡巡する。そしてほんの少しの沈黙の後、やはり躊躇うように口を開いた。


「ずいぶん前だけど、見たことがあるの。ロヴにも教えてもらった……ミクは相手の正体を探る時、こういう殺し方をするのよね? 」

「……ロザリーちゃん……? なに、言って」

「相手の血を抜き取って調べるの。ミクにはそれを読み取る力がある――違う?」


困惑の声を上げる沙南には答えず、ロザリーは一息に言い切った。

一滴残らず生き血を抜き取ったにもかかわらず死体が枯渇し干からびないのは、ミクが特殊能力者であるからだ。彼女は常人と異なる次元で生きている。ただびとの法則は、ミクには何の枷にもならない。


「ミクになら、できる。いいえ、ミクにしかできないんだよ。ロヴが言ってた、ミクはルカ達とは違う可能性を持ってるからって――」

「ちょっと待って……っ、待ってよ!」


皆まで言わせずに愛が勢い良く立ち上がった。渚の亡骸を床に再び横たえた、次の瞬間にはミクの目の前に立ちはだかる。


「意味わかんない……! 何なの、何言ってんの?」

「―――、」

「調べたって何を? 渚が何をしたって言うの!? アンタが、アンタが……ッ」


今にもその胸ぐらを掴み上げる勢いで言葉を浴びせる愛を、ミクは冷ややかな目で見下ろしていた。あまりの剣幕に驚きを隠せないロザリーと、もはや頭の回転を放棄させてしまった沙南の前で愛は絶叫する。


「まさかアンタが本当に、志田を殺したの……っ!?」

「――――そうよ」


漸く口を開いたミクの、その言葉に愛と沙南は愕然とした。後藤はぽかんとした後、次の瞬間には小さく悲鳴を上げて後退る。――刹那、パァンと乾いた音が響き渡った。


「ふざけんな……!」

「愛!?」

「ミク……っ!」


沙南とロザリーの声が追って重なる。ミクの頬を平手で打った愛は激情のままに、その金の髪が流れる襟元に掴み掛かった。


「ふざ、けるな……ッ! あたし達が何したっての!?」

「愛、少し話を聞こう!?」

「アンタ達の為に働いてたんじゃないか、アンタ達が巻き込んだんじゃないか!! 何で、何でなの、何で殺すの、護ってくれるんじゃなかったの!? 志田は無関係なのに!!」


激昂する愛にしばらくされるがままになっていたミクは、その言葉を聞いてすっと目を細めた。胸ぐらを掴み上げるスポーツで鍛えられた腕に自らの手を重ね、静かに愛と視線を合わせる。


「……手を、離しなさい」

「だ、れが……誰がアンタの命令なんか聞くもんですか」

「説明してあげるから、離してちょうだい」

「ざけんな、返せよ……志田を返せよ、この人殺し……!!」


瞬間、沙南は突如変化した空気を感じて背筋を粟立たせた。何か良くないものを呼び覚ましてしまった、わけのわからぬままそう思う。


「……は な、せ」

「ミク、駄目!!」


ロザリーの叫び声が聞こえたような気がした、次の瞬間愛の身体は宙に放り出されていた。それに気付いた時には突風のようなものに巻き込まれ、勢い良く壁の方へ吹き飛ばされる。


(叩きつけられる――!)


愛は強く両の眼をつぶった。しかしいくら待っても予想した衝撃は訪れず、恐る恐る目を開けばぽかんとした顔の沙南が見える。

……何故なのだろうか、愛は両足でしっかりと床を踏みしめていた。


「もう、驚かせないでよ……」

「面倒だったのよ」


愛のいる位置から少し離れた所でロザリーとミクが会話をしている。

今のは何だ? 

愛の疑問を代弁したのは同じ気持ちでいたのだろう、沙南だった。


「あの、どういうことですか。血を抜いて、調べる? それに今の……今、愛の身体が浮いて………」

「あたしがやったの」


平淡な声で言い切るミクにますます沙南は困惑する。


「そんなのできるわけ……! 人間の力じゃ、こんな」

「あたしは人間じゃないもの」

「ちょっとミク、そんな言い方……」


諫めるような声を出すロザリーとは相反して、沙南と愛は二人揃って目を点にした。言われた意味が全くわからなかったのだ。


「人間じゃ、ない……?」

「そうよ。だからあたしは手を使わずに貴女を移動させることもできるし、人間の身体に傷を付けず血を抜き取ることができる。搾取した血液を使って様々な情報を読み取ることもできる。……まずここまで頭に叩き込みなさい」


有無を言わせぬ口振りだった。二人の少女は顔を見合わせた後恐る恐る頷く。

疑っては話が進まないし、何よりも今見たことはそれ以外で説明のしようが無かったのだ。


「……じゃあ、何故。どうして、志田を殺したんです」


漸く冷静さを取り戻したらしい、愛がまだふらつく頭に手をやりながら問い掛けた。

自分達を納得させられるだけの理由が欲しい。そう告げれば、ミクは静かに頷く。


「少し前、うちの組織からこの学園に派遣していた戦闘員が一人重傷を負った。その戦闘員をやった相手をあたしは探してたの」

「探す、って」

「さっきも言ったけど、あたしは貴女達の予想を超えるような――ちょっと特別なことができる。負傷した戦闘員から戦いの記憶を読み取って、その時の敵にあたる“気配”を探していた」


ミクは様々な物に残る記憶メモリーを読み取ることに長けた能力者である。あまり時間が経っていないものならば、それに触れただけである程度の情報を得ることができた。

古い情報を求める場合に限って、血液など読み取るものの成分を手に入れる必要がある。それも本当ならば一部だけでかまわない。――沙南達には告げないが、ミクが志田渚の全血液を抜き取ったのは最初から“彼女だ”とわかっていたからだ。殺す目的で、全て奪った。


「だからうちの戦闘員に手を出してくれた“そいつ”の、漠然とした“気配”はわかってた。でもね、本人に会うまで照合はできない。この学園にいる全員を見て回るなんてことはできないから、困ってたの。そしたら――」


最後の決着を付けるため、サポートの生徒に芝居を打たせた。事情を知り協力にあたっている“七不思議班”の女生徒達が、芝居の一貫として連れてきた新たな人間。映画研究サークルを中心とする“撮影班”の生徒達。

ミクは見つけたのだ。ルカと共に陰から、その場にいた全員の顔と名前を確認した――志田渚が、その中に。



「一目見てわかったわ。あたしの探していた“気配”はそこにいる『シダナギサ』のものだって」

「そ、そんな――!」

「うまく殺気を隠してはいたけれど、無駄なのよ。あたしが読み取る“気配”は本人の内側にある生命の色」


上辺で判断しているわけではないのだ、そう言うミクの言葉をしかし愛は信じられなかった。


「志田がそんなこと、できるわけない! 運動が得意なくらいの、フツーの女の子なんです、」

「できるんじゃないかしら? うちの戦闘員は別の敵――たぶんこっちは男――と交戦中に、背後から不意打ちで毒を注入されたのよ」

「でも、志田はそんなふうには見えない!」


信じたくない。心の底から真実を否定する愛に、ミクは冷ややかな声を浴びせかけた。


「貴女は全てを見た目で判断するのね。うちのシュンに会ったでしょう、ただの生徒を演じてはいたけれど、あれだって武器を振るうのよ」

「それ、は……」

「そこにいるロザリーは十一の時に初めて人を殺した。その負傷した戦闘員っていうのは、黒沼百瀬の妹よ」

「………!!」


言葉を失った少女を無言で眺めてミクは小さく息を吐く。


「……とにかく、チトセをあんなふうにしてくれたのはそこのお嬢さんなわけ」

「だからミクは――」

「殺すわよ。当たり前でしょう?」


見上げてくるロザリーの頭を一撫でしながら、ミクはその形の良い唇をつり上げた。


「まぁ、向こうもあたしの存在には気付いてたんでしょ。後をつけてたら向こうから来てくれたわ」


その言葉に愛は最後に見た渚の姿を思い出した。突然用があると言って、一人あの場を離れた彼女。

……ミクは、嘘は吐いていない。


「『ナギサ』の正体がわかったのは殺した後。ぜーんぶ血を抜いて、過去から現在まで全部“教えて”もらったわ」

「正体――」

「ええ」


ミクは首を僅かに動かし、蝋人形のように横たわる渚に目をやった。金の睫毛に硝子玉のような瞳はただ有りのままを映すだけで、何の感情も浮かんではいない。


「間違いなく『ナギサ』は“オリビア”と呼ばれる団体の一員だわ。【ペルソナ】というコードネームで呼ばれ、かなり長い間学園に潜伏していた」

仮面ペルソナ……」

「オリビアの目的はやっぱり“悪魔のデータ”みたいね。もう一つわかったのは、こいつらの中に全体を指揮する司令塔がいること。【ジーザス】と呼ばれている」


ジーザスは神の申し子、キリストのことだ。言いながらミクは真直ぐに愛に視線を落とした。茫然としていた少女は揺るぎない瞳に見つめられ、びくりと身体を震わせる。


「そこで、貴女に聞きたいのよアイ――『ナギサ』が頻繁にコンタクトをとっていた人物に心当たりはないかしら」


なるべく多く接触しても、不自然にならない相手が良い。

ミクは柔らかく笑んで愛の頭上に手をかざす。何をしているのかはわからなかった。


「頻繁に……?」


しかしその言葉を聞いて、愛にはすぐにたった一人、思い浮かんだ人物があったのだ。渚が命を失う寸前まで、足繁く通っていた相手。愛自身何度もそれに付き合ったし、疑問になど思わなかったのだが。


「……クラリス?」


ジュリアナ・クラリセージ。バスケットボール部の顧問にあたる若い女である。愛や渚の慕ってやまない教師だ。まさか、と愛は思う。けれどそれ以外に思い付かない。


「決まりね」


ミクが軽い調子で呟いた。それにはっと顔を上げたのは沙南である。


「クラリセージ……? ちょっと待って、彼女今日はハリソン先生と出掛けたって。たぶん渚が彼女に会いに行ったすぐ後からだよ」


沙南は同じ寮棟の友達から朝方たまたま聞いた話を思い出した。サラ・ハリソンは新任の、生徒にも人気の高い女教師である。そんな彼女がクラリセージと共に学校の裏手――森しかないような場所だ――に出掛けるのを見た生徒がいるのだ。

このような危険な時に、他の教師は姿さえ見せないというのに、一体何をするのか。沙南が出てくる前の第四棟はその話題で持ちきりだった。


「もしクラリセージ先生がミクさんの言う“オリビア”なんだったら、ハリソン先生が危ない……!」


沙南はさっと血の気が引いたような気持ちになった。しかしミクは何故なのか、楽しげに笑ってみせる。


「へぇ? クラリスとやらは『サラ・ハリソン』と一緒なのね」

「ミク?」

「じゃあいいわ。【ジーザス】のことはサラに任せましょう」

「ち、ちょっとどういうこと!?」


声を上げた沙南に、ミクは悪戯っぽくひらひらと手を振った。未だ茫然とする愛の横を過ぎ去って、忘れていた渚の遺体の始末をどうしようかと悩みながら、ロザリーを手招きする。

首を傾げて近付いたロザリーの耳元に、ミクは唇を寄せて囁いた。


「……ローザ、チトセが帰ってきたわよ」


はじめからこれを教えてやるために来たのだと、ミクは笑う。

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