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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第五章《迷霧》
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第五章《迷霧》:梔子の声を聞け(3)

まだあどけなさを残す顔立ちには不釣り合いな一振りの刀。鞘も鍔も柄も、全てが持ち主の髪と同じ艶やかな黒色をしていた。少女は一度だけ瞬きをすると、その白い手で刀の柄を握る。親指で押し上げるようにして鯉口を切り、流れるような動作でそのまま刄を引き抜いた。光の元に晒される白刄のしゃらんと唄う声が響き渡る。


「だれ……?」


呟くような亜梨沙の声と、百瀬が声を上げたのはほぼ同時。


「………ちと、せ」


ロアルがはっとして隣の少女を振り返った。百瀬はその眼を際限まで見開いて唇を震わせている。両の手をぎゅっと握り締め、叫び出しそうになるのを堪えているようだった。

チトセと呼ばれた新たな娘は、すらりとした細身の刃物を真直ぐ鹿島に向けて構える。ロアルの瞳に映ったその姿は、百瀬と酷似していた。


「ずいぶん遅かったじゃねーか、チトセ。どこで油売ってたんだ?」

「これでも色々忙しかったの。……シュンこそ大丈夫? なんかずいぶんボロボロだけど」

「ほっとけ」


お互い心配もしただろうに、二人はそれをおくびにも出さなかった。

軽口を叩き合うことによって相手の無事を確認する。


「よくここがわかったな」

「オミが、連れてきてくれたの」

「オミぃ? その本人は今どこにいるんだよ、」

「火を消すって――なんか、ここの裏燃えてるの」


ああ、と駿は頷いた。すっかり忘れていたが、もたもたしていてはここまで火の手が届いてしまう。

千瀬の参戦によって状況はようやく五分。駿は辺りを見渡して冷静にそう判断する。

絹華が戦闘に不向きであることは上から聞いて知っていた。他の生徒に危害が加わらないように戦うのは骨が折れることだし、かといって逃げろと言うわけにもいかない。ルシファーの監視下から外れたところで別の敵に襲われては為す術が無いからだ。どうしても、二人目の戦力は必要だった。


「やり方はわかってんな?」

「大丈夫」


駿の問い掛けに迷わず千瀬は頷いた。普段の任務において、二人はチームを組んでいることが多い。相手の懐に飛び込み短刀で戦う接近戦向きの駿と、日本刀のリーチと自らの跳躍力を利用した広い間合いを持つ中距離型の千瀬。それに銃を用いる長距離戦用のロザリーを加えれば全ての事象に対応が可能だ。

ルシファーにおいて、この形式の戦闘訓練は何度も行った。千瀬は駿を、駿は千瀬をサポートする戦いに慣れている。


「……へぇ。君、生きてたんだ」


新たな来訪者を暫し見つめていた鹿島がぽつりと呟いた。酷くつまらなそうな口振りであったが、千瀬は少し笑って彼と目を合わせる。


「その節は、どうも」

「アレ、毒性のすっげー強いヤツだったんだけどな。どうやって生き延びたんだか知らないけど、時間の無駄だよ。君、俺に勝てなかったじゃない」


ハッと他人を馬鹿にするような笑い方をする鹿島に機嫌を損ねることもなく、千瀬はことりと首を傾げる。


「あの時は、あなたじゃなくて後ろからきた別の人にやられちゃったんですよ」

「……一対一なら勝てるとでも?」


ピキリと鹿島の眉間に青筋が立った。やってみなければわかりません、堂々と言い放つ千瀬に駿はピュウと口笛を吹く。やけに肝が座っている。


「その自信はどっからくるのさァ」


駿も疑問に思ったことを鹿島は問いとして口に出した。一度は仕留め損なった相手だ、千瀬に余裕があるとは思えない。


「別に、自信なんて無いですけど」


……でも負けられないから。

言い放った千瀬の背負う強い意志の正体に、そこで初めて駿は気が付いた。今この場には、千瀬の実姉がいるのだ。

黒沼百瀬――少女の戦う唯一の理由。


「それに、あなた達はもう終わりだよ」

「はァ?」


少女の聞き捨てならない台詞に鹿島が眉を寄せる。相手の怒りレヴェルを着々と引き上げていることにも気付かず、千瀬はのんびりと言葉を紡いだ。


「あなたの名前は、何ていうんですか」

「はぁぁ?」

「コードネームがあるんでしょ?」

「……良く知ってんじゃん」


クッと口元だけで笑って鹿島は答えてやることにする。このどこか風変わりな少女に興味が湧いたのだ。ほんの気紛れにすぎないが。


「――【洗礼バプテスマ】だよ」

「じゃあ、あなたを抜いてあと二人」


ますます意味のわからないことを言われてついに鹿島は笑顔を引っ込めた。内側に溜まっていた苛立ちが顔に表れはじめる。

そのすぐ近くでは駿も目を白黒させていた。


「おいチトセ、お前少しはわかるように……」

「この島に来た“オリビア”の人間は全部で六人。それぞれにコンタツ、ゴスペル、バプテスマ、ペルソナ、ジーザス、ミリアムの名前がついてるの。違いますか?」

「……何故、それを?」


鹿島の瞳の色が変化した。先刻駿と戦っていた時のような明らかな殺気を帯びてゆらゆらと揺らめく。

千瀬はさして気にしたふうもなく、刀の鍔をするりと指先で一つ撫でた。


「あなた達の雇った者より腕の良い情報屋が、この世にはいるってことですよ」

「俺達のコードを正確に割り出したって……? そんなこと、」

「できてるじゃないですか。……とにかく、その中で生き残りはあなたを入れて三人です。あなたはここで死ぬから、あと二人」

「……はは、あはははは! 言ってくれるじゃないかこのガキ!」

「――ッ、チトセ!」


ダンと音を立てて鹿島が跳躍した。床を蹴った位置から一瞬で移動し現れたのは千瀬の真上。振り下ろされた一太刀は重い音を響かせながら少女の刀に受けとめられる。ギリギリと微妙な均衡を保ち静止する二本の刄を挟んで、鹿島は千瀬を真っ正面から睨みつけた。千瀬の瞳には凪いだような静けさだけが浮かんでいる。


「一つ言っとこうか。引き算が間違ってるぜおじょーちゃん」

「どうして?」

「うちのメンバーでやられたのは【コンタツ】のハゲ親父と【ゴスペル】だけだ。残りは俺を入れて四人だよ」

「間違って、ませんよ」


キンと高い音を響かせて一度二人は距離をとる。白刄を正眼に構えた千瀬は静かに、淡々と事実だけを述べた。


「――【仮面ペルソナ】は先程こちらで始末しましたから」



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