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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第五章《迷霧》
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第五章《迷霧》:梔子の声を聞け(1)

志田渚が死んだ。

無線機を切った絹華は焦る気持ちを必死に押し込めた。ここで取り乱し判断を誤っては、今まで自分が行ってきたことが全て無意味なものになってしまう。

死んだとは即ち、殺されたと言うことだ。連絡を受けたこの場の人間は瞬時にそれを悟っていた。先刻は取り乱した百瀬も今は努めて冷静でいようとしているし、ロアルも息を潜めて絹華の指示を待っている。


(首領直属特殊部隊に妹を持つ二人、か)


おそらくは過去にそれなりの経験をしたのだろう、死を冷静に受けとめることのできる二人は絹華にとってやりやすい存在だ。問題は亜梨沙と原山だが、少年のほうは状況を把握しきれずぽかんとした顔を浮かべている。亜梨沙は“渚の死”という状況にのみ反応し軽いパニックを起こしていたので、余計な詮索はされずに済みそうだった。


「嘘、渚が、嘘……!」

「とりあえず、あっちのグループと合流しよう」


絹華の言葉に頷いて百瀬が立ち上がる。ロアルもそれに続こうとして、ふとその動きを止めた。絹華がはっと顔を上げる。

――少女達の前に姿を現したのは二人の少年だった。ロアルが一瞬身体を強ばらせたが、その見覚えのある顔に眉を寄せる。


「あれって、二棟の」


そう呟いた亜梨沙もまた彼らを知っているらしい。そのままの態勢で少年達の接近を待っていると、こちらに気付いたらしい片方がすっとんきょうな声を上げた。


「うわッ! お前ら何してんのォ!?」


言いながら思い切り顔をしかめた彼の名を、山岡浩樹という。サッカー部に所属していて、実は駿や亮平と共に中庭で試合を行ったこともある(絹華達は知らないが亜梨沙は把握していることだ)。

もう一人、その山岡と共に歩いてきた少年は鹿島かしま充という。部活は公式野球部だ。


「何って……」

「あのなァ、」


言い淀むロアルの言葉を待つ気は無かったらしい山岡が、些か焦ったように口にした言葉に次の瞬間一同は仰天する。


「ぼさっとしてないで早く逃げろよ。火事だぜ火事」

「え、」

「えぇえ!?」


声を張り上げた亜梨沙を宥めるように今度は鹿島が説明に回る。それを百瀬もロアルも、絹華でさえもぽかんと見つめていた。


「気付いてないのか、すぐここの裏だぜ? 景気良く燃えちまってる」

「そんな……」

「火災報知器、壊れてるみたいで。一応天井のセンサーが反応して水は出てるけど、うまく消えるかどーか」


話によれば、外出禁止令の中どうしても外に出たくなった山岡と気紛れで付き合う気になった鹿島が二人ふらふらと歩いていたところ、火災現場に出くわしたということだった。本当は爆発のあった例の教室を見に行く気でいたらしい。

場所は何の変哲もない教室と教室の境で、火元は見当たらなかったという。放火かもな、と山岡がぼやいた。


「警備は出払ってるし、センセーは皆して引っ込んでるし。まぁ教室の一つや二つ燃えたところで俺は痛くも痒くもねんだけど」

「一応、人がいたらヤバイから見とこうってことになってさ……そしたら、お前らこんなトコにいんだもん」


びっくりするよな、と鹿島が笑う。

火事なんてまったく気が付かなかった――絹華は独りごちた。ここまではまだ煙も届いていないが、じっとしているわけにもいかないだろう。一体、いつ火災が発生したのか。静かに迫りくる火の手を想像して少女は眉をひそめた。人為的なものであることに間違いは無いだろう。狙いは? 放火は“オリビア”によるものなのか?


「今日外に出る馬鹿は俺らくらいかと思ってた――予想外。ちょっとまずいかもな」


他にも校舎をうろついてる奴がいるかもしれない、と山岡が呟く。そんな素振りは見せないが、この少年は正義感が強いのだ。今自分にできることは何かを理解したのだろう。


「誰か巻き込まれて死んだら、夢見悪ィし。俺、ちょっと見てくるわ」


お前ら早く逃げろよ!

そう言い残して山岡は少女達に背を向けた。持ち前の運動神経を発揮し、走り出せばあっという間に遠ざかってゆく。

しばらく皆と同様にそれを眺めていた百瀬はふと、この場にまだ鹿島がいることを思い出した。


「鹿島くんは? 逃げないの」

「ああ、うん」


ぼうっとしていたらしい、鹿島は不明瞭ないらえを返した。ゆっくり瞬きをしてから百瀬のほうを見る。


「お前らが、いなくなったら……」

「見張る気? ちゃんと避難するわよ」

「あー、うん。そうなんだけど」


どうも要領を得ない。ぐずぐずしている暇はないのだと理解している、百瀬の口調は自然厳しいものになった。一刻も早くこの場所から離れなければならないし、沙南たちの元へも向かわねばならないのだから。


「だから、何」

「えっと……お茶でもしない?」

「ふざけてんの?」

「冗談だって」

「鹿島くん」


ついにはロアルまでもが声を上げた。その身に任された使命とはまた別に、第四棟寮長としての責任も彼女は負っている。


「……ちょっと鹿島くん、あなたまさか寮に戻る気ないの? 私、二棟の寮長に連絡する義務があるんだけど」


自分達のことは棚に上げて軽い脅しにかかったロアルに、しかし鹿島はへらりと笑っただけだった。


「……なんなの」

「いや、その……はい、ハイハイ! わかった睨まないでって」


おどけたように両手をあげた鹿島に、少女達はどこか違和感を覚え始めた。あえて明るく振る舞おうとしているような彼は、どう見ても不自然だったのだ。早く逃げろと言いに来たはずの少年が、まだこの場所に居座っていることも。百瀬たちの避難を促す素振りさえ見せない。


「俺、お前らに聞きたいことがあってさァ……」


絹華がすっと目を細める。言葉の裏に含まれた何かを敏感に感じ取った、それは少女の経験から培われたものだ。何かが、おかしい。

まるで、自分達をこの場に留めていたいかのようだ――思ってはたと絹華は少年を見据える。


(……時間稼ぎ)


何から?


「聞きたいこと?」

「そう。さっきの、山岡の質問の続きだよ――――お前らここで、何してんの?」


びくりと百瀬が身体を震わせたことがはた目にもわかった。ロアルがそれに近づいて、ぎゅっと百瀬の手を握る。

亜梨沙と原山だけがその緊張感を感じ取れず、馬鹿正直に答えを返した。


「撮影だよ? 学園展で発表するための課題作り」

「こっちの人らが調べてた“学園の七不思議”ってのを、俺ら映研が撮らしてもらおうって話で――」

「そうじゃない」


原山の言葉を遮った鹿島の声は、抑揚を失っていた。冷たいその響きに、誰もが事態の異常さを悟る。


「か、鹿島……?」

「一棟の原山だな? お前、たぶん無関係意味ナシ。すっこんでろ」


一瞥されて、ひくりと原山は喉を震わせた。それっきり黙り込んでしまう彼を鹿島は満足そうに見つめ、再び口を開いた。


「お前らが“本当にやろうとしてること”を、聞きたいんだよ」

「――何者ですか」


絹華が静かな声を上げた時にはもう、ロアルも百瀬も理解していた。恐れていた事態が起こってしまったのだ。

登場の仕方が仕方だけに、すっかり気を抜いてしまっていたのに――――この、鹿島充という少年は。


「あなたは、何なんです」


ほぼわかっている回答を絹華は求めた。後ろに回した右手の、指で指輪を触りながら。

鹿島はニッと不敵な笑みを浮かべながら、右手を制服のポケットに突っ込んだ。


「言ったろ? お前らが“いなくなれば”、俺も寮に帰るよ」


瞬間、亜梨沙が甲高い悲鳴を上げる。ポケットから再び現れた少年の手には、鋭利な刃物が握られていたのだ。小さいが、かなり丈夫な造りをしていることが見て取れる。


「帰るよ。俺がお前らを、綺麗に消してからさァ」


尻餅をついた亜梨沙はそのまま動くことができずに目を見開いていた。鹿島は一つ舌なめずりして、その腕を振り上げる。


「アリサ……ッ!」


叫んだのはロアルだったのか、百瀬だったのか。両方だったのかもしれない。

しかし、振りかざされた切っ先が邑智亜梨沙を貫くことは無かった。二人の叫び声と重なって聞こえた一発の銃声により、鹿島がその動きを止めた為である。

銃弾は鹿島の足元、僅か数センチずれた床にめり込んでいた。とっさに少年が避けなければ、確実にその足を抉っていただろう。


「――鹿島ァ、俺もお前に聞きたいことがあるんだ」


武藤駿は真っ黒な銃身をトントンと肩に二度叩きつけ、目を細めて笑ってみせた。

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