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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第五章《迷霧》
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第五章《迷霧》:テンペスト(5)

気付けば150話突破……お付き合いいただいている皆様には心から御礼申し上げます。章を重ねるごとに長くなっててすみません……!!この第五章も漸く終結に向けて動き始めました。

「ど……して……ッ」


引きつった喉の奥から絞り出された声は震えていた。膝から崩れ落ちたまま動くことのできない愛は、ただ目の前に横たわる少女を見つめている。

同じ部活動に所属し、良きライバルとして、友として親しかった彼女――志田 渚を。







事の起こりは数刻前に遡る。

用があるからといって単身何処かへ出かけた渚の言い残した言葉にしたがって、沙南と愛は先に図書室へ入ることにした。撮影を任された後藤は二人の後ろをぴったりついて行き、三人で準備を整えておくことにしたのである。

あの殺された司書が管理していた、第二図書室は今や閑散としていた。はじめてそうした時のように、沙南が抜け道を利用して禁書庫に入ってみせると後藤は子供のようにはしゃぐ。それに笑いながら、どの角度から映すのが一番良いのかを検証しつつ、三人は着々と撮影の準備を進めていったのである――そうして、二十分余りが過ぎた。


はじめに異変に気が付いたのは愛だった。すぐ戻る、という渚の言葉を信じるには、あまりにも時間が経ち過ぎていることに気が付いたのである。

渚は行き先を三人に告げてはいなかったが、図書室から最も遠い寮棟へ戻ったのだとしても往復十分程度で済んでしまう。運動神経のかなり高い、足の速い渚ならばもっと短く済むだろう。


「探してくる」


言って、一人出ていこうとする愛を引き止めたのは沙南だ。説き伏せて結局、渚の捜索へは三人揃って向かうことになった。

――そうして、渚を見つけた。




「……志田、志田……っ」


愛の悲痛な叫びが廊下一帯にこだまする。あの図書室からそう離れてはいない、歴史系資料室の前だった。

床に顔を伏せるように倒れている渚の肌は蝋人形のように白い。僅かに触れただけで、凍り付くような冷たさが指先に伝わる。

――既に絶命していることは、一目瞭然だった。


(……これは、なに?)


沙南は手に持った無線機をぎゅっと握り締めた。たった今、これで渚の死を百瀬のグループに伝えたのだ。もう一つ、双子のいるほうへも連絡を試みたが繋がらなかった。電波が悪いところにいるのかもしれないが、些か気掛かりではある。


(これは、どういうこと)


もう一度無線機を握りなおしてから沙南は細く息を吐く。激しい動揺に飲み込まれてしまった愛、何も知らない後藤。自分がしっかりするしかないのだ。

極力落ち着こうと努力して、沙南はゆっくり横たわる渚へと視線を落とす。途端身体が震えたが、息を詰める事でなんとかやり過ごした。


(……どうして、死んでるの?)


渚の死に様は、素人目で見ても異常だった。健康的に色付いていたはずの、今は真っ白な手足に血の気は感じられない。しかし出血した様子はどこにも見られなかった。絞殺の可能性も考えて(勇気を振り絞って)首を確認したが、そのような跡もない。


「……かた、い」


渚の身体を抱き起こした愛の、茫然と呟く声が聞こえた。沙南はそれに目を見開く。


(死後硬直……?)


どう考えても渚がその命を失ってから、三十分以上の時間は経過していない。にも拘らず、もうその身体は節々から順に柔らかさを失い始めているのだ。

そんなことが? 

混乱のあまり、一体何を考えれば良いのかもわからなくなる。沙南が言葉を失ったその時、我に返ったように後藤が声を上げた。


「お、俺、人を呼んでくる……! せ、先生とか、とりあえず……っ」


すっかり放心していた後藤は震える膝を叱咤して立ち上がる。この場で自分一人男だという責任感が働いたのだろう、沙南と愛に近くの教室に入ってじっとしているように告げた。


「変な奴が来たらまずいから、隠れてて。俺がどうにか――」

「待ってください」


刹那、後藤の言葉を遮った声があった。小さな音であったがしかし、三人は身体を強ばらせる。恐る恐る振り返った先、目の前に突き付けられた銀色の銃口を見つけて後藤はついに悲鳴を上げた。


「ひ……っ!」

「静かに。騒がないで」

「あ、あなた……!!」


現れた少女は余りにも物騒な物をちらつかせていたが、沙南と愛とは顔馴染みである。ロザリーちゃん、沙南が呼べば少女はその銀髪を揺らし、困ったように小さく笑う。……その表情は姉に、良く似ていた。


「ごめんなさい、おとなしくして」

「な、」

「騒ぎを大きくされては困るの」


今にもこの場を飛び出していきそうだった後藤を強制的に銃で制止して、ロザリーはそう言った。何も知らない一般人には、いざとなれば脅しも辞さないということか。

ぼんやりそれを眺めていた沙南は、後藤の顔色が蒼白になっていることにだいぶ時間が経ってから気が付いた。あまりにも可哀想で助け船を出してやる。


「あ、の。ロザリーちゃん。銃、下ろしてあげてくれない? たぶんその人、もう逃げないと思うし」

「そう?」


首を傾げて、しかし次の瞬間にはロザリーはあっさりと銃口を後藤からはずした。命の危険から漸く解放された後藤はへなへなと床に座り込む。


「ごめんね?」


ロザリーに顔を覗き込まれ、慌てて後藤はこくこくと頷いた。


「ロザリーちゃん、どうしてここに?」


一段落ついてようやく沙南が疑問を口にする。問われた少女はすっと目を細目、渚のほうへと視線をやった。


「“サナ”、それから“アイ”。あなた達の監視があたしだったの。でも――その子が殺されたのに、気付けなかった」


ごめんなさい。言いながらロザリーは、どこか腑に落ちない顔をしていた。問えば、気付けなかったことが自分でも信じられなかったのだという。

この少女が、自分達には知り得ない感覚と実力を有しているのであろうことは沙南にもわかっていた。ではロザリーが出し抜かれるほどの相手に、渚は。


「その“ナギサ”のこともちゃんと見てたの。一人だけ別行動はじめたときも――あれ?」


説明をしていたロザリーがふと言葉を区切った。次の瞬間、渚と愛のもとへ少女は移動する。


「この、死に方……」


臆することなく屍となった少女の身体に触れながら、ロザリーはぽつりと呟いた。誰に聞かせるわけでもない独り言のような声が、愛と沙南の耳にも届く。


「これ、知ってる」

「どういうこと……?」


問えば、ロザリーは沙南の目を真っすぐに見つめ返した。無垢な瞳に見据えられて僅かに沙南は息を呑む。


「真っ白に、なってるでしょう? 死んだばかりなのに、もう冷たいでしょう?」

「……ええ」

「これはね、身体中の血を全て抜かれてしまっているから」


何でもない事のように落とされた言葉に沙南も、愛も瞠目した。すっかり耳を塞いでしまっている後藤には届いていないだろう。


「血を、抜く」

「そう。この殺し方を、見たことがある」


全身を巡る血液を、一滴のこらず抜き出してしまう。そんな事が可能なのだろうか?

吸血鬼みたいだ、混乱しきった頭で沙南は思う。そんなの、


「人間業じゃない……」

「うん、そうだね」

「見たことがあるって、どういう、こと」


虚無に包まれたような声で、けれどしっかりとそう問い掛けたのは愛だった。今まで抱き締めていた渚の身体からゆるゆると腕を放し、代わりにロザリーに強い視線を送る。


「見たことがある、って。誰がやったか、知ってるって事ね」

「……うん」


あたしもどういうことなのかわからない。僅かな困惑を滲ませてロザリーは言った。


「でもこんなことができる人を、あたしは一人しか知らない」


言いながらロザリーはゆっくりと一ヶ所、廊下の奥に身体を向ける。自然それにつられて同じように視線をやった、沙南の目に鮮やかな金色が映った。

――あれは。沙南の瞳が驚愕に見開かれる。


「ねぇ? ミク」


廊下の奥にすらりと立つ、その人影にロザリーは声を掛けた。


「この子を殺したのは、ミクでしょ」


その声は確信を告げていた。

ミク・ロヴナスは黙って一つ、ゆるりと瞳を瞬かせる。

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