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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第二章《模索》
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第二章《模索》:赤い手(2)

やや残酷な描写な含まれますのでご注意ください。




「……どうして!?」

「言っただろ。《ゴミ処理》だよ」


ひゅう、と千瀬の喉から擦れた呼吸音が漏れた。目の前の光景に頭のほうがついていかない。

全部で六人、だ。確認できる限りでは女も一人混じっている。彼らの手や足は数本の太い鎖によって絡めとられ、その先は全て穴の縁に立つ合金の柱に繋がっていた。


「これが……不必要なモノってこと…? 《処理》って……」


そういうことなのか、と。少女は唐突に悟った。組織にとって不要だと判断された人間達。不必要な、モノ。


「重大な失敗か、裏切りかはわかんねぇけど……俺たちが今回選ばれたのは、《コレ》を他でもないお前に経験させるためだ」


時々こうして《ゴミ処理》の役が回ってくるのだと駿は言う。千瀬は声を出すことも忘れ、ただ穴中の人間達を見つめていた。

――此処からでもわかる。あれは、死を待つ人間の顔だ。畏怖と懇願、それ以外の表情など持ち合わせていない。迫り来る恐怖に抗う術を持たぬ、ヒトの顔。


「……お前からやるか?」


駿が千瀬に握らせたのは中型のピストルであった。黒い鉄の固まりが鈍く光る。掌にずしりと沈んだ重みに、少女の体が強ばった。


「サンドラが渡したナイフは持ってるんだろーけど……いちいち下まで降りねぇといけないから。これは初心者向けだ。照準を合わせればガキにでも使える」


安全装置はもう外したから、と。そう言う駿の表情に色はない。


「こいつで殺せ」

「……待って……」


声が震えた。やるべきことはわかっていたし、自分の仕事も役割も何度も繰り返し言い聞かせてきたはずだった。

千瀬にとって想定外のことがあるとすれば、相手が無抵抗であること。それだけだ、それだけなのに。


駿の瞳が千瀬を射ぬくように見つめていた。口を開いても零れるのは、躊躇いの言葉と呼吸音ばかり。ひゅう、ひゅう。


「……チトセ、」


ロザリーの声が聞こえた気がした。その諭すような響きに、少女は再び震える。二人はただ千瀬が《彼ら》に手を下すのを見ているだけだ。千瀬が自らの意志で動かない限り、二人もまた動かないだろう。


(忘れてなんてなかったのに)


優しい同胞達に囲まれて、自分の居場所を見つけた気分になって。――そんなこと、許されるはずはなかった。


(わかってたのに)


アタシハ モウ、殺人者 ナノニ。


千瀬は簡易な造りのピストルを握り締めた。力を込めた端から指が、腕が、震える。


「……どうしよう」


擦れた声が千瀬の喉を削った。

どうしても力が入らないのだ。引き金は重く、全く動こうとしない。脳から指先へ繋がる神経が切断されてしまったかのように。


「殺せ」


駿が短く告げる。

彼は千瀬に、これからの為の一歩を踏み出させようとしているのだ。千瀬もそれはわかっている。来るべき《初仕事》を前に、たったこれだけの人間を殺せなくてどうするのだ。


「……殺せ!」


わかってるのに。引き金を引くだけ、簡単だ。できるはずじゃないか。今更何を! 

殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ――――――







弾丸が爆ぜた。パァン、という乾いた音の余韻が空気を震わせる。火薬の匂いが辺り一帯に満ちてゆく。

千瀬が気が付いた時には、穴中の人間のうち一人の男が眉間から血を流して死んでいた。息絶えた男を見て、すぐ傍に繋がれていた女が金切り声をあげる。


――鳴ったのは、千瀬の銃口ではなかった。


千瀬の隣で引き金を引いたロザリーは無表情で、彼女の持っている銀の拳銃を静かに下ろす。僅かな白煙を吐き出しているそれから放たれた銃弾が、いとも容易く男の命を散らしたのだ。


「ぁ……」


千瀬の足から急速に力が抜ける。そのまま彼女は崩れるように床に座り込んだ。掌からするりと滑り落ちたピストル、それが地面とぶつかる音。下手をすれば暴発してしまうだろうその行為に、千瀬は気付くことさえできない。


「これがあたし達の、お仕事だから」


ロザリーは淋しそうに笑うと、どうする? と駿を振り返る。プラチナブロンドの髪が人工の光を反射して煌めいた。その光だけが千瀬の目に、浮かび上がるように映る。

腕を組んで後ろから一部始終を眺めていた駿は千瀬の前に屈み込むと――そのまま千瀬の頬に一発、平手を食らわせた。


「――シュン!?」


パシ、という音が聞こえて千瀬が眼を見開く。駿は少女の瞳を正面から見据え、低く告げた。


「立てよ、千瀬。これはお前には必要だ」


駿は千瀬の腕を掴むと、勢い良く引き上げる。

――まだたった十四歳、彼だってこの少女が迷わずに引き金を引けるとは思っていなかった。けれどここで生きていく以上、甘えや妥協は許されない。これから放り出される戦場で、迷い躊躇いは命取りとなる。


「お前、俺たちが一部の連中からなんて呼ばれてるか知ってるか」


千瀬は首を横に振った。少年の眼が、僅かに切なげに歪む。千瀬が彼の表情の真意をはかりかねていると、その唇が薄く開いた。


「“Red Hands”――意味は自分で考えろ。いいか、俺たちに選択肢なんてないんだ。腹括れよ」


今になって疼き始めた頬の痛みに、だんだんと視界がはっきりしてくるのを感じる。千瀬は僅かに腫れた頬に手を当てた。冷えきった掌が痛みと同化する。駿の言葉を噛み締めるように、そのまま大きく息を吸い込んだ。


「逃げられねぇよ。殺すしか、ないんだ」


千瀬は再びピストルを手に取る。今度は自分の意志で。それを見た駿が淡く笑んで、千瀬の隣で自らの銃を構える。カチャリと無機質な音がした。

――響いた銃声は全部で五発。

家族の命を奪った日とは違うクリアな視界と思考の中で、彼女の放った銃弾はいとも容易く、『ゴミ』達を『処分』していった。




【補足】 “red hand”……元は文字通り《赤い手》→《血塗れの手》の意味だったのが転じて、現在では“red handed”……《現行犯の》 の意味で使用されている。本文中では前者の意味で使っています。

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