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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第五章《迷霧》
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第五章《迷霧》:テンペスト(2)

真っ暗だった。何も見えない、聞こえない、自分の身体の輪郭さえわからない闇のなかに意識だけが浮かんでいる。

目を凝らしても一筋の明かりさえ見当たらなかったが、不思議と怖くはない。ぬるま湯に浸かっているような暖かさと、時折肌を撫でる僅かな風――ほっと息を吐いて初めて、自分に手足の感覚があることに気が付いた(けれどやはり、見えはしなかった)。


ふと掌に、包まれるような温もりを感じる。自分の体温と溶け合う、心地の良い温度。手を繋がれているのだ――気付いて、少し力を籠めた。

……同時。空いていたもう片方の手にも、同じ暖かさを感じる。


(嗚呼、)


息を吐き出した。吐いた、つもりになった。

そうだずっとこうして、一緒に居たかった。一緒だと思っていたのに。


(………だれ、と?)




*




*




*






「あ、カオルが起きた」


勢い良く押し上げた目蓋の先で淡い銀色が揺れた。髪の毛と同じ色の瞳だ。丸いそれが鏡のように起き抜けの自分を映しているのを見て、少女は僅かに眉を寄せた。何これ。


「……ロア………近い。ちゅーしちゃいそう」

「してあげましょうか?」

「謹んで辞退させてイタダキマス……」


腕を伸ばせば、冗談よーと笑って視界からロアルが消えた。そうは言っても気は抜けない、と薫子は思う。その気になればロアルは抵抗など無く、目覚めのキスの一つや二つ落としていくだろう。異文化というやつだ。


「具合はどう?」

「平気……翠子は?」


自らの半身を探すことは、もう薫子の中で癖になっている。命の危険を身近に感じたストレスからか、酷い吐き気に襲われて布団に入って以来、翠子の姿は見ていなかった。


「起き上がれるなら皆のところに行きましょうか。ミドリもそっちだし」

「うん」


柔らかく言うロアルの笑顔の向こうに、隠された表情を薫子は知っていた。きっとまだ安穏とは程遠い状態なのだろう。直接尋ねるのは憚られて、薫子は唇を噛む。


あたし達の日常は、何処へ行ってしまったのだろうか。


(アサカ……、だっけ。ほんと迷惑な話)


薫子はルシファーの捜している物など知らされていない。けれど以前訊ねられた、アサカという人物が関わっていることだけは何となく理解していた。

見ず知らずの他人が起こした過去のことに振り回される身にもなってほしい。思いながら少女は溜め息を吐く。


「カオル? どうかした?」

「何でもないよ、行こ」


――藤野薫子は、朝霞恒彦の事など知らない。無論それは翠子も同じである。

知らないのだ。少なくとも彼女達の記憶に、そのような男の存在はない。




*




「悪い、お待たせ」

「おっそい」


片手を上げてみせた志田渚に、愛はぷぅと頬を膨らませてみせた。その顔を掌で両側から包み込まれてぐっと押されれば、唇から空気が漏れて間抜けな音がする。ガスの抜けるときのような、風船の萎むような。


「で、クラリスはいたわけ」

「うん」


ひとしきり愛の顔で遊んだ渚は満足そうに返事をする。教師に用がある場合でも、完全休校状態になっている本日の校舎内は職員室でさえもぬけの殻だ。故にわざわざ彼女達は教員専用の宿舎棟にまで出向いている。


「なんて?」

「部活はとりあえず中止だって。再開の目処もまだ立ってないみたい」

「だろうなァ」


そんな答えが返ってくるのは最初からわかっていた。それでも顧問に確認をとる渚は、大概真面目なのだと愛は思う。

――渚はスポーツの推薦を受けてこの学園に来たと、風の噂で聞いた。部活動を行うことがこの地における彼女の存在意義なのならば、仕方の無いことなのかもしれない。


「で、そっちの用はなんだっけ――ああ、“調査”の再開か」


一つ仕事を片付けたからだろうか、すっきりした様子の渚が愛の瞳を覗き込む。愛はそれに憮然とした表情を浮かべてみせた。


「忘れんな。うるきとか、マリアとかにはもう連絡がいってると思う。映研の他のメンバーはうるきが声かけてるし――あたしは志田を迎えに来る役ね。そーだアンタ、亜梨沙どこにいるか知らない?」

「亜梨沙? 部屋にいないの? マリアと同室じゃん」

「それが出てったきりらしくてさぁ……」


首を竦める愛に渚は、ふぅんと相槌を返す。一人歩きは危ないのに、ね。呟いた声に愛も同意を示した。


「ま、良いか――東海林、とりあえず集合場所に行こ。ちゃんと調査やってくれんでしょ?」

「……まぁ、ね。ちゃんとアンタ達が映像にできるようなことはするつもり。今日なら他の生徒は出てこないし」

「フツーは出ないんだろ。東海林たちの班が度胸ありすぎるっつーか……酔狂ってゆーか。無鉄砲?」


渚の意見はもっともだったので、愛は視線を逸らすことで受け流した。本来ならばこんな危険な場所を、無防備に出歩こうとするはずない。けれど愛たちには、やらねばならない理由があるのだ。渚には告げていない、重大な理由。偽りの調査とその撮影現場を作り出す、本当の目的。


「どうせなら出てくれば良いのにね、黒髪の亡霊とか」


考えていたことを見透かされたようで、愛はぎょっとした。少女はもう、亡霊には出会っている。出会ったうえで、さらなる混沌に誘導されてしまった。


「……そのうちまた出てくるかもよ」

「え、何か言った?」

「何もー」


素知らぬ顔を見せて愛は歩き始める。それに一つ首を傾げた後、渚も従った。

教員宿舎を後にした二人が向かう先は、本校舎。



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