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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第五章《迷霧》
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第五章《迷霧》:謎を解いて(5)


「――とまぁ、ここまでがルカに話した内容なんだけど」

「……え」


殆ど導入の段階じゃないですか。言えばゾラはそのとーり、とカラカラ笑って返した。あっけらかんとした様子の情報屋を前に千瀬は頭を抱える。こんな中途半端な情報をルカが持ち帰ったのであれば、“学園”側はさぞ困惑しているだろう。


「結局、朝霞恒彦の血縁者ってあの島にいるんですか。本当に“データ”を持ってるんですか?」

「まァそう急ぐなって。チトセ君はさ、“データ”とか“調査結果”とか言うとどんな形の物を想像する?」

「……? 紙とか、」


レポート用紙を思い浮べて千瀬は言う。分厚くファイリングされた紙の束のイメージだ。

少女の答えにゾラは口元を釣り上げた。注文したブラックコーヒーをゆっくりと啜る、その行動は優雅でさえある。


「君、流行に乗り遅れてるよ」

「へ」

「今は何でも軽量化の時代だ。電気信号の羅列に変換すれば文章も数字も暗号も、小さくして持ち運べる。フロッピーからCD、USB、マイクロチップまで」

「……あ」

「チップを体内に埋め込んであったら?」


そうか、と千瀬は瞬いた。もしそうならば、データを所持している人間は一見してもわからない――持っている本人でさえ、知らない可能性もある。

木の葉を隠すなら何処にするか?

そういう意味であの学園は、絶好の隠し場所なのだ。


「“アドラ”と提携していたその情報屋は、ツネヒコ本人とも接触したことがあったらしい。あの男の情報をツネヒコ自身が隠蔽する前に唯一手に入れた人間だ、身辺調査は容易かっただろうね」

「そんな――」

「情報屋というは生き物は、一度会った相手のことは絶対忘れない。膨大なネットワークに組み込んで、その一生を把握している」


だから君はこれからの人生、僕に全て筒抜けになる。

ぴっと指差されて千瀬は瞠目した。恐ろしい職業だ。声には出さずに思う。


「――さて、ここからが本題だ。“元アドラの情報屋”が掴んだツネヒコの行動履歴を、こっそり盗ませてもらった」

「盗……」

「あの情報屋は僕と違って、仲介人を使って依頼人に調査結果を渡してるんだ。そこのパイプに細工してちょいちょいと――しかもこの仲介人、“学園”に潜伏して司書をしていたんだとか」


千瀬は絶句する。それが殺されたあの司書だということは明白だった。“オリビア”は情報を受け取ってすぐ、用済みの仲介人を始末したのだ。

入手した情報には、データの持ち主が書かれていたのだろうか。だとすれば、司書が死んだ後に襲われた人物がそうだということになる。


(――――え?)


キヨカワメイコ。警備員。ミハエル・ブリックマン。司書の女。次は、誰だった?


「――アサカツネヒコ。19XX年6月21日生まれ、B型RH+。生きてれば今年で四十八歳……家族構成は姉一人、両親とは死別。闇金融をやっていた親戚を経由して十八から危ない道に片足突っ込んで、二十三の時にドイツに渡ってる」


なかなかの生い立ちだね、純粋な称賛か皮肉か、言葉の裏に何かを含ませてゾラは笑う。


「十七年前に病弱だった姉も死んでツネヒコは天涯孤独――かと思いきや、当時一歳にも満たなかったその姉の娘を養子として引き取っている。良いところもあるじゃないか」

「娘……?」

「姉の死因は過労死、ね。夫は蒸発――碌でもないねェ」


フン、と嘲笑うように鼻を鳴らす。ゾラは手にしていた薄っぺらい紙――盗んだ情報をプリントアウトしたものらしい(不用心だ、と千瀬は思った)――をくるりと裏返してみせた。千瀬のほうにその文面が晒される。

びっしりと書き連ねられた英文の所々に、千瀬でも読める文字が挟まっていた。日本語で記された部分は人の名前なのだろう。


「読める? 死んだツネヒコの姉は名をミヨコというらしいけど。注目すべきはその前だ」


長くて白い指で示された部分には、明朝体の漢字がきっちりと五文字並んでいた。存外に美しく整えられた爪の先がなぞるのに合わせて、千瀬はそれを読み上げる。


「ふじ、の。藤野、美代子」

「旦那の姓なんだろうね」


聞き覚えの無い響きに千瀬は首を傾げた。もとより人の名を覚えるのは苦手なのだ。思い出そうとしても、そんな姓の知り合いはいなかったような気がする。

しかしゾラは喉の奥でくつりと一つ笑った。


「ルシファーの連中は皆、アサカという姓の人間を探してたんだ。でも、実際はフジノと名乗っている可能性だってあるってこと」

「はぁ」

「まぁ名前なんて単なる識別記号だからね。“学園”のセキュリティを相手にしちゃどうやっても生徒の名簿は見つからないし、あんまり関係ないけど」


さて続き。言いながらゾラはまた紙の印刷面を自分の方に向けた。見ていたところで千瀬は英語を読む能力を有していないので、正しい判断だ。

ロヴの“翻訳”の力を、おそらくはゾラも知っているのだろう。


「さて。実はこの“元アドラの情報屋”でさえ、ほんの僅かな間だけれどツネヒコの行方を見失った時期があるらしい。後の調べでそれはツネヒコが私的な交通事故を起こして、入院してたからだと判明してるんだけど」

「事故、ですか……」

「面白いことに、それってちょうど“アドラ”が解散した――ツネヒコがデータを持って逃げた、直ぐ後のことみたいなんだ」


――え?

声を上げた千瀬にゾラはにやりと笑ってみせる。スピード超過でハンドルを切り損ねた結果の、乗用車同士の追突事故だったらしい。

そんなに慌てて何処へ行く気だったんだろうね? 全てを知ったような声音でゾラは言う。


「退院した直後に何故かツネヒコは姉の子を施設に預け、十五までそこで面倒を見るように頼んだらしい。そして施設を出た後の娘の行き先として、あの“学園”を選んだ」

「―――っ、」

「ツネヒコは死んだよ、五年も前にね。鬼屋たまほめやに雇われてダムダム弾の運び屋をやって、ルカ達に見つかった直後のことだ。……もう逃げられないと思ったんだろうね。“学園”に二人分の入学手続きと莫大な授業料の入金を済ませてから、自殺した」

「………待ってください、ふたり……?」


二人分?

息を呑んだ千瀬を真っ正面から見据える、ゾラの瞳に玲瓏な光が宿った。そうさ、といらえが返る。


「ここまでこの文書には“娘”の人数に関する記述は一度もなかった――が、どうやらツネヒコが学園に入学させた人間は二人いるらしい。“元アドラ情報屋”もここで初めて気付いたのかもしれないね」

「娘……姉妹? 同時に入学するって、年齢が同じなんですか? そんなことが、」


そこまで言って千瀬は瞠目した。ただ一つの可能性に思い至る。


「まさか――」

「双子、だったら?」


ごう、と音が聞こえた。熱い血液が耳の中でどくどくと波打つのに合わせて、少女の脳裏を記憶が駆け巡る。

意識を失う前に千瀬が見た、何者かに襲われていた二人の少女。瓜二つの顔。

彼女達の名を千瀬は知らない、けれど。それは確信だった。


「――ッ、大変、ゾラさん……!」

「心当たりが?」

「どうしよう、大変……っ」


もう間に合わないかもしれない。何とかあの場から逃がしはしたが、その後彼女達はどうなったのだろうか。

双子。どちらが“データ”の持ち主かはわからない。わからない限り、二人とも狙われる。


「――慌てる必要はないよ、チトセ君」

「でも……っ」

「ここまでが“オリビア”に譲渡された情報。ここから先が、僕の腕の見せ所」


これ以上何をすると言うのだろうか。動揺の浮かぶ瞳を向けた先、ゾラは綺麗に笑っている。

――その時だった。突如千瀬の耳がゾラとは違う、別の声を拾い上げる。


「――ゾラさん。部屋の番号、わかりましたよ」

「!?」

「おー、ご苦労さん」


現れた人物に千瀬は目を白黒させた。少し伸びた栗色の髪を緩く束ねた、彼女の姿を見るのは久しぶりの事である。どうしてここにと問う前に、少女は千瀬に笑いかけた。


「元気だった? チトセちゃん」

「スミ、レ……?」

「さぁ、行くよ二人とも。種明かしの時間だ」


栗原菫くりはら すみれの頭を一つぽんと撫でて、ゾラはにっこりと微笑みを浮かべる。


「僕の実力のほうが上だってこと、連中オリビアに教えてやるよ」


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