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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第五章《迷霧》
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第五章《迷霧》:謎を解いて(4)

はい、退院手続きですね、はい、黒川さん。黒川千尋さん? わかりました、はいおめでとうございます。


(……誰)


看護士の唇からにこやかに紡がれた名は少女のものではない。びみょーに違うんですけど、思いながら千瀬は頭を下げた。本名を語れるはずもない、大方はルシファー側の用意した偽名なのだろう。病院から返却された保険証も見事な捏造品で、その手際の良さに少女は溜息を吐いた。

背後では壁にもたれるようにしてゾラが待っている。一度も外されることのない視線を感じて、何だか見張られているような気分になった。


「お待たせしました、」

「退院オメデトー」


口だけの祝福をわざとらしく述べてからゾラは、さぁ行こうか、と千瀬の腕をとった。




病院から出るわけではないらしい。連れて行かれた先は内部に作られた小さなカフェテリアで、千瀬は僅かに首を傾げた。すぐ隣には患者達の利用する売店が並んでいる。こんなところで仕事などできるのだろうか。

ゾラは気にする様子も見せずに店内を通過すると、奥の席に陣取った。まァ掛けなよ、とすすめられれば千瀬も座らないわけにはいかない。


「早速なんだけど。君にはルカの代わりをしてもらうから」

「はい、……て、え?」


聞こえた言葉はおかしかった。自分の耳が信用できなくて、千瀬は思わず聞き返す。すいませんもう一回。


「君にはルカの代わりをしてもらう」

「むむむ無理です!!」


聞き違いでは無かったらしい。ぶんぶんと首を横に振る千瀬をゾラは面白そうに見つめている。

何をするのか知らないが、自分に彼女の代わりなど出来るはずがなかった。ルカの事を思い浮べて千瀬は確信する。しかしゾラはそれに、大丈夫だと笑っただけ。


「なに、難しいことじゃないよ。僕の仕事を君に見届けてほしいだけさ」

「見届け、る……?」

「そう。《情報屋ゾラ》は気に入った依頼主からの仕事しか請け負わない代わりに、クライアントには完璧な結果を提供する――その証明として、仕事の仕上げ時に依頼した本人に立ち合ってもらうんだ。これは僕の中での決定事項」

「はぁ……」


ニコニコと上機嫌に微笑んでいるものの、ゾラの言葉には有無を言わせぬ響きがあった。


「ルカとは一度こっちで合ったんだけどね、ろくに情報提供も出来ないままあの島に帰ってった。敵サンの動きが予想外に早いって、ミクから連絡があったみたいだね」


そこでルカの代わりに選ばれたのが、戦線を離脱した千瀬というわけだ。納得しながらも千瀬は何だか申し訳ない気分になる。

ルカが学園へ帰還する羽目に陥ったのは他でもない、自分がまんまと敵の手に倒れたせいだろう。戦力を欠いた状態で、気配を察知する力に長けたルカのいない状態で、生徒達を護るには限界があったのだ。


「先ずは、僕の仕入れた順にネタを聞いてもらおうか。始めの方はルカにも話したけどね――そして種明かしを、最後に」

「――はい」


真直ぐに見つめた瞳の奥で何かが揺れたような気がした。人々の喧騒が、遠く聞こえる。




*




「ゾラ、という人がいる。その界隈で一の腕を謳われる情報屋。私の友人」

「情報屋?」


静かに口を開いたルカの言葉を、一句一語聞き逃さないように全員が耳を傾ける。情報屋って何、愛が呟いたが答えが帰ってくることはなかった。


「ゾラって、キュースシェリング?」

「そうよ」

「俺は知らねーぞ」


どうやら一度だけ顔を見たことがあるらしい、ロザリーの言葉に駿は顔をしかめた。

“ゾラ”と呼ばれるその人間にルシファーが依頼したのは、例のデータを所持している者――つまり、アサカ ツネヒコの血縁者を捜索することだ。それからもう一つ。


「“オリビア”と名乗る者の正体を確認すること?」

「ご名答」


言ってルカはその場に居た全員に、ゾラから得た情報を語り始める。


――ツネヒコの血縁者がこの学園に入学したらしいという事は、随分前から判明していた。元はと言えばその情報を持って来たのもゾラである。

その男の足取りを追っていたゾラはしかし、彼が学園に接触を図ったという事を突き止めた後に行き詰まった。天下に名を馳せる情報屋と言えど、学園の誇る世界最高レベルのセキュリティに立ち止まるをえなかったのだ。――セキュリティシステムを破壊する術は持っていた。けれど情報屋を生業にしているゾラにとって、そのリスクは無視できる大きさではなかったのである。

ツネヒコによって入学手続きが済されたその“生徒”の名は、わからないまま。


「――そこでゾラは一度“学園”から手を引いて、違う道を探すことにしたの」


ゾラが目を付けたのは、ルシファー以外に“データ”を狙っている組織の存在だった。

ツネヒコは悪魔の報復を恐れ、ルシファーには、そしてルカだけには見つからないように逃亡を続けていた。しかしその為に他組織への対策は甘くなりがちで、ぽつぽつとではあるが目撃情報も残っていたのだ。特に彼の所属していた組織、“アドラ”側の人間はまだツネヒコの存在を見失ってはいなかった。


「私達、“アドラ”は解散したからと言って追跡を止めていたの。ツネヒコが運び人をやっていたあの“鬼屋たまほめや”ばかりに気をとられて――――けれどゾラは、“アドラ”と深く関わりを持っていて尚且つ、ツネヒコの事を記憶している人間を見つけた」

「見つけた、って……本当に?」

「ええ。“アドラ”と提携していた情報屋らしいわ。今は単独営業にかえて、実績はゾラの次――実質のナンバーツーね」


一位と二位の間にはかなりの差があるらしいのだが。心の中だけでルカは呟いた。


「その“元アドラの情報屋”の最近の依頼をゾラは調べてみることにしたの。教えてくれるはずなんて無いから、データバンクに侵入して……」

「犯罪じゃねーか」


思わず呟いた駿に何を今更、とミクが返す。ゾラからしてみれば、商売敵へ何を使用とも自分は痛くも痒くも無いのだから。


「それでゾラはその情報屋の所に、一つ気になる依頼が舞い込んでいるのを見つけた。『“悪魔の子”調査資料の獲得』……報酬額のランクはAAAトリプルエー

「それって――」

「……依頼主クライアントの署名には、“オリビア”とあった」


ごくり、と息を呑む音が聞こえた。ようやく道が一つに定まったのだ、はやる気持ちを言葉ごと嚥下して駿もまた顔を上げる。


「やっぱり“オリビア”が、そのデータを探してた張本人なんだな」


――そして、ウォルディが探していた相手。

頷いたルカを見ながら駿は思う。ウォルディの命を奪ったのもその、オリビアだったのだろうか。駿にはわからない、けれど。


(もしそうなら、俺は――)


しかし駿の思考は、次の瞬間ルカが落としたとんでもない発言によってかき消された。


「私がゾラから聞いたのって、ここまでなの」

「へ」

「………え」

「それだけ?」

「それだけ」

「ええ」

「他には」

「一切無し」

「えぇえぇえええぇ」


一様に声を上げた少女達にルカは、仕方ないでしょ、と事もなげに言い切った。時間が足りなかったのだというが、これでは肝心な所が何もわからない。


「ツネヒコの血縁は? データとその鍵、結局誰が持ってるんだよ」

「ゾラは直接会わないと情報の譲渡をしてくれないの」

「使えねぇ……!」


本人を前にしたら殺されそうな言葉を吐き捨てて駿は頭を抱えた。

結局、どうすれば良い?


「こいつらまでオリビアに目を付けられてるんだぞ、のんびりなんて出来ない」

「――それなんだけど」


集まった女生徒達を示せば、ミクが静かに声を上げた。彼女の碧い瞳が、一人一人の顔を静かに見つめる。


「この中に本当に、“朝霞恒彦”を知っている人はいないの?」

「え――?」

「“オリビア”がわざわざ“ルシファー”に喧嘩を売るメリットなんて何処にも無いのよ。連中が貴女たちに狙いを定めていた理由は――」


ざわりと空気が揺れ動いた。まさかァ、うるきが声を上げたのを皮切りに、少女達は口々に否定を述べる。


「つねひこ、なんて人知らないし」

「データとか」

「キーとか」

「何って感じ、」

「持ってないし、知らないですよ……!」


騒めく少女達の中でただ一人、百瀬だけは冷静だった。こんな事があるのだろうか、と考える。ルシファーの探している人物が、既に協力者として集っていたなら。

――そんなウマイ話があるとは考え難いがしかし、筋は通る。


「……だったら俺達は、戦うだけだろ」


自分達が一連の殺人の、最終目標かもしれない。言い知れぬ恐怖で混乱していた少女達は、少年の言葉でぴたりと口を閉じた。強い意志の籠もった瞳は彼の上司に向けられているだけだったが、力強い声は彼女達にも届いていた。


「こいつらが殺られたら、俺達の負けって事だろ」

「確証はないけど――そういう事ね」

「だったら、」


音もなく動かした腕の、袖口からするりと刃物が滑り落ちる。仕込みのスローイングナイフとは違う大型。折畳み式のそれをパチンと開いて駿は、煌めく切っ先に視線を落とした。


「死なせねェよ」


これ以上は、誰一人。



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