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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第五章《迷霧》
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第五章《迷霧》:謎を解いて(3)

状況を把握するために話をしたいのだと彼女は言った。それを叶えるために新たに数人、百瀬の“仲間”である女生徒達が呼び集められる。

駿とロザリーと絹華、三人で手分けして迎えに行った結果の一、飄々とした態度でやって来たうるきは“地下牢”を見ても動じなかった。それどころかこの珍妙な隠し部屋を面白がっている様子すら見える。先に来ていた百瀬を見てもありゃ、とおどけて笑うだけの彼女の背後からはしかし、緊張した面持ちの顔が二つ覗いていた。愛と沙南だ。一常識人である二人にとってこの空間は異界そのものなのだろう。

絹華に手を引かれてやって来たのは双子の片割れ、翠子だけだった。薫子は先の襲撃で精神が参ってしまったのだろうか、部屋で休んでいるらしい。彼女に付き添うと申し出たロアルの――ロザリーの姉の姿も、ここにはなかった。


「座って」


ミクの声に一同は視線を下にやったが、どう見ても人数分の椅子は無い。仕方があるまいと冷たい床に腰を下ろしかけた瞬間、がこん、と鈍い音が響き渡った。

――床が、動いている。


「!」

「わ」

「ぎゃっ」

「……嘘だろ」


驚愕と感嘆と、ほんの少し呆れの混じった声が上がった。ピシリと走った切れ目にそって綺麗に陥没してゆく床と、入れ替わるようにして椅子がせり上がって来たのだ。機械仕掛けの作動する重低音が響く中、完全に姿を現した時には立派な会議室が完成していた。美しく円を描く椅子と、中央に長テーブルが一つ。

ほら早く座んなさい、何事もなかったかのように促されて一同は着席した。うるきは輝かせた目を、駿はしかめた眉をそのままに。


一番始めに済された事は、鮎村絹華の正体を全員に知らせることだった。少女たちは次々に目を丸くしたが、最終的には納得した様子を見せた。浮世離れした様子から薄々、何処か違うのではと気付いていた者もいたらしい。やっぱりね、と誰かが呟いた。


「内緒にしてて、ごめんね」

「良いんだよ、絹は百瀬を守ってくれたんだもの」


申し訳なさそうに謝罪を述べる絹華に柔らかな言葉を掛ける、愛は言いながら百瀬のほうを盗み見た。

思い出したのだ――アイジャの部屋を訪ねた際に、一度だけ見た黒髪の少女がいる。誰かに似ていると思った。そう、この黒沼百瀬に。


(――アイジャ)


彼女に何があったのだろう。心臓の辺りが締め付けられるような心地がして、愛はぎゅっと掌を握り締める。



「……武藤サン、」


まだ会議らしい物の始まりは見えない状態だったので、ひそひそと話し掛けられた駿は顔を上げた。意図した事ではないが、隣にはうるきが座っている(反対隣はロザリーだ)。うるきは眼鏡を一度ずり上げてから、心持ち顔を駿に近付けた。


「なに?」

「アイジャ、って子については何かわかったんデスかネ?」

「…………」


………………やっべ。

そこで漸く駿は当初の自分の目的を思い出した。ごたごたと様々なことに巻き込まれているうちに見失った、アイジャ・ラ・ファンダルスについて調べよとの命令である。

“カイ”なる人物から伝令を受けた後、このうるきと――主に東海林愛から、アイジャについての話を聞いたのだ。

怪しいかどうかで言えば、間違いなく黒。しかしルシファーの敵なのか、“オリビア”との関係は何なのかは掴めていない。


(……つーかルカは帰ってきてるし)

「どうだったんデス?」

「……それが、まぁ」

「ちょっと! もしかしてなーんにもわかってないの!?」


うるきの向こうから愛の声が飛んだ。沙南がそれをたしなめるのも聞こえる。うるせェ忙しかったんだよ、言い返してやりたいのを堪えて駿は頭を押さえた。


後は自分がやるからと、有無を言わせず冬吾の部屋に三人閉じ込めていたのだ。その冬吾も爆発の際は少女達をおいてウォルディを捜しに出た。

彼女たちからしてみれば、動くに動けない状況を強いられてやきもきしていたのだろう。悪かったとは思う。


「オリビア、って何なの? アイジャは何処に行っちゃったの?」

「……わかんねー」

「どうしてあの子、先生を……」


どうして、殺したの。

すっかり混乱した様子の愛を宥める手立てはなかった。アイジャが行方知れずになって、そうこうしているうちに友人達が襲われ始めたのだ。落ち着いていられるはずはない。


「――――ブリックマンを殺したのは、アイジャなのね?」


突然割って入った声に、少女たちはぴたりと喋るのをやめた。波紋のように広がった静けさの向こう側で、問いを投げ掛けたルカが笑っている。


「………はい」


小さく、しかしはっきりと愛が返答をした。本当なの、と今度はミクが問い掛ける。愛はその場にいる全員に、自分の持ちうる全ての情報を語り聞かせた。駿は二度目になる。


「――そう、良かった」


解説の後ルカから洩らされた感想に、少女たちは目を見開いた。これで漸く繋がると、ミクも息を吐きながら言う。


「ルカ、どういうこと?」

「誰かさんにね、調べてもらうよう頼んでいたんだけれど。アイジャという生徒がブリックマンを殺したんじゃないかって、私たちは考えていた。その裏付けが欲しかったの」


ロザリーの質問に朗らかな答えが返る。

駿は絶句した。それだけで良いのならば、報告などとうにできていたのに。


「ブリックマンはおそらく、“オリビア”と呼ばれる者だった。貴方たち生徒を襲った“オリビア”は私達の敵だわ。アイジャがブリックマンを殺したならば少なくとも、彼女は私達の敵ではない。ルシファーは戦力を、対オリビアの為だけに割くことができる」

「……待てよ、話を聞いてただろう? アイジャって奴は“能力者”だ。それに平和を護る組織に所属してる。それってまさか、カ――」

「それについては今は言及しないわ。もちろん味方じゃない。けれど真っ先に排除する敵でもない、と言うこと」


言い掛けた駿の言葉をミクが遮った。ルカも表面上、気にも止めていないような様子を見せている。

のうりょくしゃ、って何? 翠子の呟く声が聞こえた。


「質問をさせてもらえませんかネ?」


すっと手が上げられた。無言で向けられたミクの碧い瞳を許可ととったのだろう、うるきが口を開く。


「さっきから仰る“オリビア”とは? 人の名のようですが、ブリックマンだけのコトではないみたいデスネ。複数犯で、何故あなた方の敵なんでショ? なんで、百瀬さんやツインズが教われるンですか」


口調だけはいつも通り調子はずれの、しかし真剣味を帯びた声。皆がはっと息を呑む、うるきの質問こそが今一番の謎なのだ。

何故オリビアは生徒を狙う。清川芽衣子や警備員、そして司書を殺したのもおそらくそうなのだろう。


「オリビア――それを知る為に、私は会いに行ったのよ」


音を立てずに立ち上がる、流れる黒髪に全員の視線が注がれた。ふわりと歌を紡ぐように、ルカは。



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