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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第五章《迷霧》
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第五章《迷霧》:謎を解いて(1)


ぷかり、ぷかり、

たゆたう、海中の水母のように。


 『 約束を守って 』


柔らかな声が聞こえた。野原一面に咲き広がる黄色い花を、撫でるように揺らす風の中。

遠くで波立つすすきも見える。尾花と呼ばれるに相応しい狐尾のような穂。それで漸く、季節は秋なのだと知った。


 『 約束を、守って 』


もう一度聞こえた声に耳を澄ませる。誰、と問うても答えは返ってこなかった。この声の主を、知っている気がするのに。

黄金に輝く花絨毯の遥か向こう、一際大きく張り出した影は山だろうか。頂が白く化粧されている。雪だと気付いた、その青い裾とのコントラストに山の名を思い出した。

そうだ、あれは、



 『 忘れまいぞ 』


( な 、 に ? )


 『――この恨み、忘れまいぞ!!』



うわあぁぁぁぁ……ぁぁん、

一際大きな声が反響して空気を震わせた。脳を鷲掴んで揺らされている。ぐらぐら、世界が反転する。落ちていく。墜ち、て、















「――――――――!!」


ぱか、と音がするほど勢い良く少女は目を開けた。長さなどわからない夢から唐突に引き戻された、視線の先には真っ白な天井が広がっている。

あれ? 思って首を傾げれば、自分がベッドの上にいるらしいことに気が付いてますます困惑した。

あたし、今まで何してたんだっけ。


「やぁ、目が覚めたかい?」

「…………へ」


間抜け極まりない声を発しながら見つめた先、いつからそこにいたのだろうか、部屋の窓辺に一人の人間が腰掛けていた。逆光で良く見えないが声は若い。高くもなく低くもない、男か女か判別のし辛い澄んだアルトだった。

目を凝らせば段々とその輪郭が露になってくる。白人とも日本人のそれとも少し違う、褐色の肌は黒人ほどの濃さがあるわけでもない。瞳の色は黒だが、髪は相反するように色素が薄かった。ロザリーの髪色に似ている、とぼんやり思う。

見知らぬその人物は開いた足の間に手を置いて、にこりと少女に笑いかけた。丈の短いジャケットを黒のタートルネックの上に羽織っている。ポケットの沢山付いた緩いズボンを革のブーツに捻込んだ様は、傍から見ればまるで登山にでも行くように思えた。


「おーい、チトセ君?」


大丈夫? どっか痛む?

名前を呼ばれたことに気が付いて、千瀬は慌てて顔を上げた。どうにも頭がぼんやりする。ひらひらと振られた手のひらを見ているうちに、視界だけははっきりとした。


「処置が早かったから、命に別状はないらしい。君の刀は僕が預かってるよ」

「かたな……?」


鸚鵡返しに呟けば、目の前の人物が背後から黒い物体を取り出した。かちゃかちゃと振られて、漸くそれが“刀”であることに気が付く。あ、どうも。礼を言いかけてふと千瀬は動きを止めた。一秒、二秒、三秒。


「………あ――――っ!」


叫んでしまってからばっと口を覆った。目を白黒させる千瀬を見て相手がクスクスと笑うが、それどころではない。

少女の脳裏に凄まじい勢いで記憶が舞い戻ってくる。

孤島の“学園”で任務に就いていた。【ゴスペル】なる少年を追って、駿とロザリーから離れたのだ。途中で見失ったが、代わりに新たな敵に遭遇した。敵、だとそう認識したのは、生徒が襲われていたからである。双子だった。戦いながら二人を逃がそうとして、それから、それから?


「あたし……何で」

「何で生きてるかって?」


割って入った声に思考を中断する。千瀬を見つめる二つの瞳が、すっと三日月の形に細められた。


「言ったろ、発見と処置が早かったんだ。あの島には“毒針”の娘がいたんだろう? 解毒薬があったんだろうね――運が良いじゃないか」

「毒……?」

「そう。君は速効性の毒を致死量ブチ込まれて、短時間だが生死の境を彷徨っていた」


事も無げに言われてぞっとする。確かに千瀬はあの瞬間、死の気配を感じていた。


「あぁ、心配はいらないよ? もう体から有害物質は完全に抜けてるんだ。チトセ君の調子が戻れば、すぐにでも前線に帰してあげる」


ここは一応病院なんだけどね。言われて千瀬は納得する。白いシーツも天井も、どこか消毒薬の匂いがした。

帰らなくては、と思う。あの双子はどうなったのだろうか。敵は、仲間は、姉は?

手を開いて閉じて、繰り返し確認する。始めだけ僅かな痺れを感じたがそれもすぐに消えた。問題ない。

帰ります――――口にして顔を上げた刹那、千瀬はそのまま硬直した。


「……あの、」

「なんだい」

「ここ、何処ですか」

「だから病院だってば」

「そうじゃなくて……」


あの孤島に医療施設など、あるはずもない。意識を失っている間に搬送されたことなど、千瀬にも容易に理解できた。問題は、何処へ、ということだ。

千瀬の視界で含み笑いをする人物の奥、四角い窓に切り取られた景色が見える。墓石のように立ち並ぶ建物と遥か遠く、その高さ故に存在を主張する山があった。

白い帽子のような雪化粧。その名は千瀬でさえ知っている――そう、きっと日本人ならば誰でも。

まさか、と少女は呟く。


「まさか、あれ、富士山じゃ………」

「当たり前だろ、日本だもの」

「〜〜〜〜〜〜っ!?」


しれっと投下された回答に、千瀬は声にならない悲鳴を上げた。何が、どうなって?

よもやこんな形で祖国に帰還するなどとは誰が考えるだろうか。絶句する少女の前からは、東京タワーのほうが良かった? などと呑気な質問が降ってくる。いらえを返す気力などなかった。

富士山だ。頂上は雲よりも高い。考えてふと千瀬は首を傾げる。つい最近にもこの山を目にしたような、妙な錯覚に囚われた。

……そんなはずはない。思考を打ち消すかのように首を振って少女は顔を上げる。


「……あの、もう一つ良いですか……」

「ん?」

「……どちら様でしょうか」

「………。」


ぷッ。

風船から空気が漏れるような音の後、けらけらと盛大な笑い声が響き渡った。腹を抱えて身体を揺らす相手に、千瀬はますますわけがわからなくなる。


「あははははッ、マジ、今更ァ?」

「すいません……」

「別に良いけどー、ぷぷ」


ブラブラと足を揺らすので窓枠が鳴った。ひとしきり笑い転げた後、柔らかな形を維持したままの瞳が千瀬に向けられる。


「ルシファーの連中は、僕のことを“ゾラ”と呼ぶ――――情報屋さ」


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