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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第五章《迷霧》
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第五章《迷霧》:優幻挽歌(3)


「ウォ、ル………?」


瓦礫の山を掻き分けながらやって来た播磨亮平はりま りょうへいは、一言呟くなり言葉を失った。彼の揺れる瞳にはたった今そな命を終えた、顔馴染みの少年が映っている。


「な、んだよ……! 何だよこれ……ッ!!」


少年が唇を震わせる。

この部屋が大破した瞬間の爆発音は孤島一帯を震わせ、勿論生徒達の耳にも届いていた。得体の知れない恐怖に怯えて皆部屋に閉じこもっている中、亮平は帰ってこないルームメイト――駿を捜しにやって来たのである。

校舎内のあらゆる所を捜索して、残るはここだけだった。まさかと、思ったのに。


「ウォルディ……ッ、助けなきゃ、武藤……血が、ウォルが……!」

「……播磨」

「保健医呼んで来る……!」

「播磨ッ!!」


鋭い声に亮平は身体を強ばらせた。駿を真直ぐ見つめる、目元が赤く滲んでいる。

爆発の跡も大量の血も、普通に生きていれば目にする機会など無いものだ。動揺を顕にする亮平の反応こそが通常なのだろう――思いながら駿は、静かに息を吸い込んだ。


「――もう、死んでる」

「嘘だ……っ」


ずるずると床に座り込んで俯く、亮平自身も本当は気付いていたのだろう。ウォルディがもう息をしていないこと。その身体から温もりが失われていること。


「何でだよ、こんな……説明して……武藤……!」


ぎゅっと拳を握り締める、亮平の瞳から一雫の涙が零れ落ちた。床に落ちたそれを駿は見つめる。

ことのあらましを全て亮平に話すことはできないし、情報量も圧倒的に足りなかった。悪ィ、と駿は呟く。説明はできないという意味と、自分にもわからない部分があるのだという意味を込めた謝罪だった。しかし亮平はそれに、ゆるゆると首を横に振って返す。


「……もう、隠さないでいーよ」


言って顔を上げた、亮平の瞳は赤く充血していた。その視線が何かを言うように真直ぐ向けられて駿は眉を寄せる。


「武藤は、何か知ってるんだろ……」

「播磨――?」

「だってお前もウォルも、本当はここの生徒じゃない……!」


駿は目を見開いた。どうして。擦れた声で問えば亮平は、ナメんなよと小さく笑う。


「この“学園”に中途入学するような奴はさぁ、どーにもなんねェ事情を抱えてるか、何か別の目的があるかのどっちかなの。寝食共にしてんだぜ? 気付くだろフツー」


剣道の時のあの子も、そうなんだろう?

そこまで言われてしまっては、最早隠し立てする意味は無かった。駿は深く息を吐き出すと、そーだよ、と投げ遣りに答える。


「やっと白状したな……」

「……いつから」

「最初に変だと思ったのはけっこー前。武藤、たまに夜中に部屋から出てただろ」


起きてたのかよ。呟いて駿は苦い顔をした。かなり初期の段階から、亮平は駿の動向を気にしていたらしい。


「あと、そのネクタイ。似てるけど、学園指定のと違うだろ? 変な厚みがあるし」

「……よく見てるな」

「実は武藤ってけっこー目立つんだぜ」

「肝に銘じとく……」

「はは」


笑って、直後亮平はぐっと言葉を詰まらせた。見渡してみれば周りには幾つもの死体が転がっているのである。込み上げた吐き気を掌で押さえるようにして少年は、ウォルディは、と呟いた。


「ウォルディのことは、冬吾から聞いてた」

「柳原?」

「ん。時々いなくなるんだって――そうだ冬吾――冬吾も、ウォルのこと捜してるんだよ……」


ここに来るかもしれない。亮平の言葉を聞いて駿は唇を噛んだ。これ以上この部屋の惨状を、一般生徒に見せるわけにはいかない。


上に連絡を取ることができれば、何とかこの惨状を片付けるために人員を割くことも出来るだろう。適当な遺体を一つ引き渡し、詳細を調べさせる必要もある。

考えるべきは、何を優先するかだ。無論駿にとって第一はルシファーだが、ウォルディとの約束も心に引っ掛かりを残していた。妹、とは誰のことを指すのだろうか。

……伝えて、やりたい。駿はそれを己の妹と重ね合わせて思う。


「……シュン!」


その瞬間だった。

ぱっと目に鮮やかな銀髪が飛び込んでくる。死体をひらりと飛び越えてやって来たロザリーは亮平の姿を認めて一瞬瞠目した後、慌てて口をつぐんだ。一般生徒がいるとは思っていなかったのだろう。駿が首を横に振って隠す無いことを伝えると、少女はその唇を震わせる。ロザリーにしては珍しく呼吸が乱れていた。


「シュン、“地下牢”に戻って」

「?、“ゴスペル”とか言う奴はどうなったんだよ」

「わかんない、けど……っ、たった今連絡があって、大変なの、チトセが……!!」

「――!?」


駿の身体からざあっと音を立てて血の気が引いた。姉と別れてここに辿り着くまでに召集を受けたのだという、ロザリーの顔色はすっかり青ざめている。泣き出しそうになりながら少女は、どうしよう、と繰り返し呟いた。


「どうしよう、ねぇシュン、あたしのせいだ……!」

「落ち着け! 詳しい話は聞いてないのかよ」

「戦線を離脱させるって、それだけ……! どうしよう、何かあったんだよ……っ」

「……ッ、すぐ行く」

「武藤っ!」


踵を返そうとした駿の背を追い掛けるように亮平が声を上げた。その切迫した響きに思わず立ち止まった、駿を二つの瞳が真直ぐに見つめている。


「俺も行く」

「……播磨ッ! 遊びじゃねェんだよ、」

「知ってる!!」


キッと正面から見据えてくる亮平の表情を見れば、冗談ではないことなど容易に理解できた。それでも、連れて行くわけにはいかない。駿は断ち切るようにお前は戻れ、と言い放った。


「柳原と一緒に寮に帰ってろ。ウォルディの事はまだ言うなよ」

「何でだよ! 友達が死んでんだぞ、冬吾だって黙ってるもんか!!」

「これ以上ダチが死ぬのを見たくなけりゃすっこんでろって言ってんだよ!!」


とうとう怒鳴り声を上げた駿を見て亮平は身体を強ばらせる。唇を一度開いて閉じる、その隙に駿は追い打ちを掛けた。


「俺の仕事だ。――お前には、関係無い」

言い過ぎだ。わかっていても訂正はしなかった。冷たい言葉を吐く少年をいつもなら真っ先に諫める、ロザリーもただ黙って成り行きを見ている。それが正しい行為だとわかっていたからだ。

本来ならば相容れることの無い世界の住人同士。仮初めの出会いに、情など必要ないのだから。


「……確かに、俺には何もわかんねー、けど」


諦めてくれるだろうと。思っていた駿は、次の亮平の言葉に目を見開いた。


「けど、武藤だって俺の友達ダチじゃんか……!」


肩を震わせる亮平の、精一杯の叫び声に駿は身体の動きを止めた。一瞬脳内が真っ白になって、次いでじわじわと理解する。

信じ難いことだった。目の前の少年が吐き出した言葉は駿にとって、無縁だと思っていた世界の。


(ああ、お前は)

「理由は何だろーと、ダチをほっとけるわけないじゃんか……!」

(そんな風に、言うんだな)


ずりィよ。

ぽつりと落とされた呟きに、亮平はぱちぱちと目を瞬かせた。俯く駿を覗き込むようにすれば顔を逸らされてしまう。


「……武藤?」

「…………から」

「え?」

「頼む、から」


頼むから、安全な場所に。

請うような響きに今度は亮平が目を見開いた。強気で時には高圧的でさえあった駿が、懇願するように手を握り締める。

どうしたの武藤。問われても駿は、首を横に振ることしか出来なかった。


(俺は、馬鹿だ)


この場限りの、赤の他人だと言い聞かせてきたのに。播磨亮平という人間に生きていてほしいと思う自分に、少年は気が付いてしまったのだ。


「……俺は、怖いんだ」

「武藤、」

「お前が死ぬのが怖いよ、播磨」


――それは亮平の聞く、初めての弱音。


他人なんてどうなっても構わないと思っていた。駿の根底には一咲いもうとがいて、その上をルシファーという組織が覆って一つの世界を形成している。自分の役目を果たして、いつか妹を迎えに行く。それさえ叶うのならば、例え組織の仲間が死のうとも構わなかった。自分が生き延びれば、それで。

けれど千瀬に何かあったと知った時、駿は自分の身体が抉られるような感覚に囚われた。サンドラが死んだ時、苦しくて仕方がなかった。脱け殻になったウォルディの身体を見れば本当は、心臓の辺りが締め付けられたように痛む。

レッド・ハンズと呼ばれる部隊に所属し、自らを人殺しの化け物だと称して生きてきた。けれど本当はずっと、駿は一人の少年であり続けていたのだ。あたし達は人間だと言った、千瀬の言葉を思い出す。冷徹になるにはまだ、あまりにも若すぎた。

駿は亮平を真直ぐに見つめる。こいつが死んだら俺は、きっと後悔する。きっと、悲しい。


「頼むよ、播磨」

「………しょーがねーなぁ」


諦めたように笑って立ち上がった亮平に、駿もふっと表情を緩める。次の瞬間には身を翻し、ロザリーと共に教室を飛び出した。千瀬の無事を願う駿の背を、亮平の声が追い掛ける。

帰ってこいよ“シュン”、俺たちの部屋で、待ってるから。



「良いの? 選ばれた“協力者”でもないのに、口止めしなくって」


音を立てずに疾走しながら少女が首を傾げる。揺れた銀髪に笑って、駿は静かにいらえを返した。


「良いんだ。……俺の、ダチだから」



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