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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第二章《模索》
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第二章《模索》:赤い手(1)

黒沼千瀬にとって初めての『召集』だった。

彼女達が集められた場所は、千瀬が最初にここへ来た日に通った巨大なホールの一角である。一歩進む毎に埃が舞い、床に立ちこめるひんやりとした冷気が足を伝った。駿に示された場所に立ち止まれば、そこからはホール中央に位置する重々しい階段が見える。――あの頂上から見下ろせば、きっとこの空間一帯を一望することができるのだろう。


今回召集がかかったのは〈ソルジャー〉だけであるらしい。しかし周りを見まわしてみれば、十三人いるはずのメンバーの中で来ているのは千瀬と駿、ロザリー、サンドラとレックス。遅れてやって来たシアンの後ろに、見知らぬ少女がいるだけであった。


「――正直、そんなに大変な相手じゃない」


突如、聞き覚えのある声が響く。ホールの奥、先刻少女の見つめていた階段の上から現れたロヴ・ハーキンズは二人の人間を従えていた。

一人は長い黒髪を持つ少女――言わずもがな、ルカである。もう一人は白銀の髪をした青年で、鋭い目が金色に輝いていた。三人は漆黒の衣服に身を包み、その一角だけが何か異彩を放っているように感じられる。


「……あいつがエヴィルだ」


銀髪の青年を見て首を傾げた千瀬を横目で確認し、駿は素早く囁いた。ロヴは二人を従えたままゆっくりと階段を下り、千瀬達の前まで来ると足を止める。


「ここにいる人数で十分にやれるだろう。とくに注意事項もない。いつも通りだ」


ロヴはその瞳でぐるりと〈ソルジャー〉を見渡した。焼き菓子を振る舞っていた時とは違う彼の双眸は、誰一人として動くことを許さないかのような圧力を持っている。


「緊急時のみこちらから〈ハングマン〉を送ろう。詳しい出撃の日程は後から追って連絡する」


――じゃ、解散。そういうとロヴは背を向けた。その場の空気が僅かに弛む。なんだかやけに短い集会だった、とぼんやり千瀬は思った。

……出撃、と彼は言った。つまりそれは、少女達に課せられた仕事を意味しているのだろう。千瀬がここでやるべき、たった一つの仕事。たった一つの理由。


ロヴがホールから姿を消したのを確認し、集まった面々も次々とその場を後にしはじめた。それを見た駿が帰るか、と呟く。次の瞬間だった。


「シュン、ローザ」


静かな声が聞こえた。呼ばれた二人が後ろを振り返ると、靡く黒髪が眼に映る。


「ルカ」


千瀬は目を瞬いた。てっきりルカは、ロヴやエヴィル一緒に居なくなったものだと思っていたのだ。現に立ち去る背中を見たような気がする。


「二人とも、このあとチトセをつれて“廃棄場”よ」


駿とロザリーは顔を見合わせると小さく頷いた。二人の間で交わされた僅かな目配せを、千瀬は知らない。

それだけを告げると、今度こそルカは少女達に背を向けた。背中を滑る絹糸のように細く長い髪は、凝縮した闇を紡いだようだと千瀬は思う。千瀬と同じ黒、けれど違う黒。




*




「廃棄場、って何?」

「……その名の通りだな」


ルカが立ち去ったのを見届けた後、駿とロザリーは千瀬を連れてホールの外へ出た。二人は千瀬を挟むようにして何処かへと歩いている。部屋には帰らずそのまま目的地へ向かうのだ、と駿は言った。


「こんな所があったんだ……」


組織の建物の内部は複雑に入り組んでいる。外敵からの侵入を拒むのには適しているのかもしれないが、おかげで千瀬は今だに全ての道を把握しきれていない。

細い通路を抜けると見たことがない場所に出た。どうやら建物の裏手についたようで、辺り一面が背の高い植物に被われている。――まるで、何かを隠すかのように。


「“ルシファー”にとって不必要だと判断されたものを"廃棄"する、ゴミ捨て場のことだ……ほら」


駿が指差したほうを向くと、薄汚れた鉄の板が植物の合間から露出しているのが見えた。……否、それはただの鉄板ではない。

植物に隠れて全貌はわからないが――そこにある《何か》を覆っているシェルターの一部なのだ。

千瀬は初めてこの組織にきた日、外からこのシェルターが見えていたことを思い出した。


立ち止まる少女に向かい、来いよ、と駿が手招きする。此処で自分達が何をするのか尋ねたが、ロザリーは曖昧に笑っただけだった。


「お前、自分の仕事はわかってるだろ」


駿がシェルターの扉を開く。錆びた鉄の扉が擦れ合い、ギィと悲鳴を上げた。


「ゴミ処理を、するのさ」


彼らはその暗闇の中へ、ゆっくりと足を踏み入れる。




*




中には殆ど光が入っていなかった。古びた鉄に混じった臭いばかりが気になって、方向感覚を失いそうになる。黴と枯死した植物と、それから。


(腐臭……?)


「大丈夫? ここちょっと臭いからねー」


ロザリーが顔をしかめた千瀬の手を取り先導する。二人は慣れているのか、明かりの無い中で躓くこともなく淡々と進んでいった。

――そして《それ》は、唐突に現れる。


突如目の前に人工的な明るさが広がった。眼が慣れてくると、そこにだけ照明が備え付けてあるのだとわかる。剥き出しになった電球の刺すような光が目に染みて、思わず少女は目蓋を閉じた。

次に見えたのは金属製の柵だ。何かを囲むように大きな円を描いて立ち並ぶそれの中を覗いてみるように促され、千瀬は柵に手を掛ける。


――少女は息を呑んだ。呑まずには、いられなかった。


……日本には『蟻地獄』と呼ばれる虫がいる。乾いた土の中で生活する、ウスバカゲロウの幼虫だ。それは土にすり鉢状の穴を掘り、その中心部で蟻等の獲物となる虫が落ちてくるのを待っている。

《それ》は、その蟻地獄の巣に酷く似ていた。


「……何で」


柵の内側は大きなすり鉢状の穴。深く抉られた地面、整えられた斜面、鉄柵から伸びるたった一本の梯子。

まるで黄泉への入り口のようなその深穴の底に居たのは――紛れもなく、“人間”だったのだ。

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