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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第五章《迷霧》
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第五章《迷霧》:日の出と幕開け(3)


 “入れ替えの後には、必ず死人が出る”


誰が投稿したかもわからない不気味な噂を、興味半分で確かめる為だった。清川芽衣子の死と噂の関連性の有無を確かめる為に、そのルームメイトに接触をはかることを提案したのはうるきである。二つ返事で引き受けた愛は自分が、踏み込んではならない領域にまで立ち入ったことに気付いていなかった。


アイジャ・ラ・ファンダルスは、ただの生徒ではないらしい。

それを愛が知ったのは顔を会わせて二度目、本人からのカミングアウトによるものだった。

彼女は芽衣子を殺した人間を追い、この“学園”へとやってきたらしい。警察の人間なのかと問うたが少し違うようだった。アイジャはそれよりもっと大きな、しかし表には出ない組織の一員なのだという。彼女曰く、平和を護る。

愛は彼女から協力の要請を受けてはいたものの、これといった働きをしたことは一度もなかった。せいぜい話相手になったことぐらいだろうか。それでも構わないのだと、アイジャは笑った。






ミハエル・ブリックマンが死んだ時、彼を取り囲む人間の中から愛は彼女を見つけた。恐怖や不安や、僅かな興味の色を浮かべる生徒達の中で一人、凪いだ表情で遺体を見下ろしている。

それは愛の直感だ。踵を返した彼女を反射的に追いかけた。

胸騒ぎに似た、なんだろうあれは。硝子玉のような瞳だった。


「――アイジャ!」


少女に追い付いた時には現場からかなり離れた、人気の無い廊下まで来ていた。愛の運動能力を持ってしてもここまで時間のかかった、アイジャは呼ばれてゆるりと振り向く。汗一つかいてはいない――愛の方は大分、息切れさえ起こしているのに。

驚いた様子も見せずにこりと笑ったアイジャもう、全てわかっていたのだろう。わざわざ愛の到着を、此処で待っていたのかもしれなかった。


「アイちゃん、見た?」


小首を傾げて微笑む。何を、とは聞かずともはっきりしていた。


「……アンタが?」

「オリビア、ってゆーのよ」


問い掛けには答えず知らない名前を口にする、アイジャに向かって眉を寄せた。そんな愛を見て彼女はくすくすと笑う。


「女性だと思っていたのに、おじさんだったわ。それともオリビアは、複数の人間なのかなぁ」

「……それがアンタの言っていた、相手?」


笑顔は肯定の証だった。ぶるり、背筋が冷えるような感覚に愛は身体を震わせる。


「清川さんを殺したのは……?」

「メイコはきっと、オリビアの最初の山羊いけにえだった」


スケープ・ゴート。呟いてアイジャはふと遠くを見つめる。澄んだ碧い瞳の奥で何を考えているのか、愛にはわからなかった。


「……ブリックマンは焼死だったみたいだけれど」


一呼吸置いて真直ぐに顔を上げる。問い掛ける愛と、相手の視線が絡み合った。


「もう一度聞くよ。――先生の死に方が他と違うのはアイジャ、アンタが殺したから?」


もしそうならば放ってはおけない、漠然と愛は思った。アイジャはルシファーとは別の危険因子、そして“オリビア”なるものはもっと危険度の高い――おそらくはルシファーの探していた相手である。ルカ達に報告することが、今の愛の義務だった。友人たちを護り、平穏な学園生活を取り戻すために。


「ひみつ」


柔く呟いてくすくすと笑う。アイジャは愛の手を握ると胸の前まで持ち上げた。温かい掌の温度が流れ込んでくる。子供体温だ、とぼんやり愛は思った。


「本当はアイちゃんのこと、利用しようと思ってた」


申し訳なさそうな突然の告白。愛は目をぱちくりさせる。


「アイちゃんを囮にして、オリビアを捕まえるつもりだったの」

「……え。えぇええぇェェェ!?」


なんてことを!

思わず絶叫すればごめんね、と手を握り締められる。口を閉じて愛は、怪訝な面持ちで相手を見つめた。

なぜ今、こんなことを言うのだろう?


「逃げていいよ、アイちゃん」

「………な、に」

「オリビアは一人の人間だと思ってたけど、違うかも。アイジャと一緒だと危ないよ」


だから逃げていいよ。

本格的に残党を狩るつもりでいるのだ、悟って愛は目を見開いた。彼女の言う“危ない”道に、ルシファーの存在のお陰で両足揃えて踏み込んでいる愛である。一度関わったことだ、今更アイジャだけを切り離すなど微塵も考えていなかった。


「アンタ一人でどうする気!?」

「一人じゃ、ないよ」


アイジャには“お仕事仲間”がちゃんといるのよ。言いながら少女は微笑む。今からその“仲間”に会いに行くのだとも言った。


「だからもう、お話はおしまい」


さようなら、アイちゃん。

にこり、笑みを浮かべながら呟いた。声ははほんの少しだけの、寂しさを孕んでいるように聞こえた。


「学校ってはじめてだったから、楽しかった」


それきり愛は、少女の姿を見失う。




* * *




「……一歩遅かったってことか」


愛の話と自らの情報を総合して答えを弾き出す。駿は小さく唸って眉を寄せた。

アイジャの言った“仕事仲間”とは十中八九、ウォルディのことだろう。同じ姓を持つ二人である、コードネームでなければ血縁者なのかもしれない。他に仲間がいるのかどうかは、まだわからないが。

愛の話によれば、アイジャという少女はその後部屋へも帰っていないのだという。おそらくはウォルディと行動を共にしているのだろうが、面倒なことになった、と駿は思った。これではカイの言っていた命令を遂行するどころではない。


「あのぅ、武藤サン」


考えを巡らせていた少年に声がかけられる。ちょっと気になることがあるんデスが、よろしいデスかネ?

妙な訛りのある敬語を話す少女だった。眼鏡の奥、瞳がすっと細められている。お前は、と目線だけで問えば駿の目の前にずいと白い紙が差し出された。名刺だ。

『映画研究会映像監督:山口 女』

駿は思い切り首を捻った。なにコレ。


「やまぐち……おんな?」

「うるき、と読ませるんスよ。星の名前からとったんデス、二十八宿の一つ、女宿うるきぼし

「……そ……そうスか……」


難しい話はわからない。御免だとばかりに視線をそらした駿の反対側で、残る二人の少女が感嘆の声を上げている。彼女達もまた、うるきという名の由来は初耳だったのだろう。


「で、山口……さん? 何が気になるってぇの」

「先生の遺体についてデスよ」


愛が息を呑んだ。言葉が引き金になったかのように、突如不穏な空気が流れる。しかしその渦中にいるうるきは飄々と、自分の見解を語りはじめた。


「ブリックマン先生だと思われてる、アレを見ました?」

「……見たぜ、ちらっとだけど」

「違和感を、感じませんでしたかネ?」


うるきの言葉に首を傾げる。駿は脳裏にそれを思い描いたが、ただの黒焦げ死体だという認識以外は特筆すべきこともなかった。沙南も愛も同じなのだろう、二人揃って首を捻っている。

暫しの沈黙の後、うるきが笑った。


「床がね、焦げてないんデスヨ」

「……何、」


眉を寄せて、次の瞬間駿ははっと目を見開いた。その状態の異常性に気が付いたのである。

顔の骨格さえ曖昧になるほど燃やし尽くされた身体。あそこまで炭化させるには、さぞや強い火力が必要だっただろう。


「遺体は少しでも動かせば崩れてしまうくらい、脆くなっていたそうデス。燃やしてからあそこに運んだとは考えにくい」

「……あそこで燃えたってことだよな」

「なのに床には焦げ跡一つなかった。天井も見ましたが、溶けた跡も煤さえも見当たりません――ねぇ武藤サン、」


アレ本当に、ただの焼死体なんデスかネ?

お前は何か知っているのだろうと、細められた瞳に責められているような気がした。駿はこめかみを押さえて黙り込む。

周囲には一切影響を及ぼさず、目標とするもののみを焼き尽くす業火。高温度を長時間維持しながら火を灯し続けることなど、普通ならば不可能である。ましてや、煤も出さないなんて。

しかし駿にはたった一つ、不可能を可能にする心当たりがあった。この世に眠る未知の片鱗を、少年は身近に知っている。


(能力者――?)


まさか、と思う。しかしそうでなければ説明が付かなかった。

ブリックマンを殺めたのがアイジャならば、彼女はその能力ちからを有する人間なのだろうか。


(“能力者”のいる“平和を護る組織”?)


まさか、ともう一度思う。

こんなところで、そんなはずは。アイジャがそうならば、ウォルディは?


「――とりあえずその、アイジャを探してみる」


ルカから命が下っていることも気掛かりだった。あのカイという少年についても、未だ詳細は謎のまま。

時は一刻を争うかもしれない――駿は意を決して顔を上げる。なおも話を続けようとする少女達を宥め、一度部屋へ帰るようにと説得をはじめた、その時だった。


『――シュン!』


突然響き渡った声に全員が仰天する。慌てて少年がネクタイを握り締めた、声はそこから聞こえたようだった。

細いソプラノの、何処か切羽詰まった響き。内蔵された無線機によるものだということは少女達にもすぐにわかった。駿がそういう世界の住人だと知らなければ、信じられなかっただろうが。


「音がでけェよ! いきなり通信したらヤバいって知ってんだろ、聞かれたらどうする!」


この場にいたのが事情を知る人間でなければ大騒ぎになっていた。巡り合わせに感謝しながら駿は、ネクタイを口元に引き寄せて怒鳴り返す。


『そんなこと言ってる場合じゃないの馬鹿シュン!』

「な、」


負けじと言い返されてたじろいだ、駿の様子になど気が付いていないのだろう。無線の向こうの少女は小さく息を吸った後、一息に言い切った。


『ルシファーが協力を要請した、生徒達が狙われてる。急がないと殺されちゃうよ……!』







始業のベルが鳴っていた。


授業の中止になった誰もいない校舎の中で、はじまる長い一日。


鐘が鳴る。開始を告げる。

幾つもの糸が絡み合ったままで迎えた、それは幕開けの朝だった。



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