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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第五章《迷霧》
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第五章《迷霧》:日の出と幕開け(2)

カイと名乗った、その瞳は恐ろしいほどに冷えきっていた。感情の色が浮かばない、濃い茶色の目。それと肌の色だけでは人種もわからない。日本語が話せる、イコール日本人ではないのがこの“学園”だ。

一応制服らしきものを身につけてはいるが、彼もまた生徒ではないに違いない――駿は自分の勘を信じた。


「シュン・ムトー?」

「……そーだよ」


だからなんだと先を促す。好戦的な態度になってしまうのは致し方ないことだった。常に気を張っている状態は苛立ちを募らせるし、敵か味方かもわからない相手に上品に接するつもりなど駿には毛頭無い。

軽く睨み付けていると、相手はおもむろに口を開いた。


「アイジャ」

「は?」

「――という人間を、調べるようにと」


命令が下っています。

平坦な声で告げた“カイ”に、思わず駿は眉を寄せた。意味が分からない。


「お前に命令される筋合いなんてねェんだけど」

「俺じゃない――ルカ様、から」

「何だルカの知り合いかよ…………ルカ、様ぁ?」


仰々しい呼び名に首を傾げる。どうやら敵ではないらしいが、このカイという少年は何かおかしかった。

胡乱な眼差しを向ける駿を一瞥し、彼はまた口を開く。


「仲間が見張っていましたが、昨晩は見失いました。四人目の死に関係している可能性がある」


口調だけは丁寧に、しかし相手もその気はないのだろう。ぶっきらぼうな態度をひしひしと感じて駿は眉をひそめる。

確かアイジャとは、千瀬が一度接触した少女の名だった。清川芽衣子のルームメイト。カイの口振りからして、彼はルカの命令で動いているようだった。おそらくはアイジャを見張るために、独自に配置した監視役なのだろう。

聞いてねーよ、駿は唸る。カイとその“仲間”がルシファーの一員なのか、はたまたルカの個人的なコネクションによるものなのかもわからなかった。


「……とりあえず“命令”とやらは了解した。チトセじゃなくて俺なのか?」

「――確かに伝えた」

「はいシカトですかー」


ちょっと待てよ。

言うだけ言ってさっさと消えようとするカイを、げんなりしつつ呼び止める。何なのお前。問い掛ければ、カイ、と的外れな返答があった。名前を問うたわけではない。


「調べろって、そんだけ? 普通もっと詳細とか――」

「アイジャ・ラ・ファンダルス」

「だから名前だけじゃなくて! ………って、え?」


今、何だって?

駿は目を見開いた。それが“アイジャ”のフルネームなのかと問えば、カイは黙って一つ頷く。その少女に関するそれ以上の情報は、無いに等しかった。


「ファンダルス……」


聞き覚えのあるそれは、あの少年のものではなかっただろうか。自分が探そうとしていた人物――ウォルディのことが脳裏に過り、思わず駿は息を呑んだ。

とんでもない所に繋がりがあったものだ。アイジャは本当に、事件の渦中の人物かもしれない。


「……あの!」


武藤さんですか?

突如名を呼ばれたのはその時だった。男のものとは違うソプラノが緊張したように強ばっている。

咄嗟に声の方へ視線をやった、その瞬間にカイが消えたのを感じて駿は軽く舌打ちした。まだ問いただしたいことがあったのに。

仕方がないので新たな来訪者の方を向く。次から次へと、何だか今日は忙しい。


「……そーだけど?」

「よかった。あの、あたし」


駿の視線の先、三人の少女が立っていた。中央が代表して口を開く、その名を聞いて少年は腹を括る。


「あたし、東海林 愛っていいます――」


嗚呼とうとう来たな、と。




*




愛が自室へ帰ってきたのは、沙南がそうした一時間ほど後のことだった。教師であったブリックマンが謎の変死を遂げたことにより、本日の授業は全て取り止めになっている。生徒達は自室待機を決め付けられ、暫らくはこの状態が続くだろうと予想された。

こんな中、出歩こうとするのは沙南達くらいのものである。愛が帰ってきたときには、部屋を抜け出してやって来たうるきが沙南と共にいた。


どこへ行っていたのか。問い詰めた沙南に対して愛は答えず、ただ一言提案した。あの組織の人間に、会いに行こうと。

沙南とうるきをひっぱって、三人で部屋を出た。本当ならばオミを探すつもりでいたのだが、その名前しか知らない状態ファミリーネームさえわからないでは部屋を突き止めることは難しかった。よってこうして、わざわざ男子寮までやって来たのである。


「聞いてほしいことがあって――」

「あー……。よくここがわかったなァ」

「あ、播磨君が教えてくれたんで」

「あぁそう……」


亮平に行き先など告げなければ良かった、こっそりと思う駿である。面倒臭い。

東海林、という名には覚えがあった。千瀬がアイジャと接触した際に見かけたという、例のグループの一員だ。おそらく他の二人もその仲間なのだろう――つまり今回、ルシファーに巻き込まれた不運な人間だ。

目の前にいる少女達の用件は十中八九、ブリックマンの死についてだ。思って駿は溜息を吐いた。尋ねられてもわからないし、こっちが聞きたい。それを調べるためにウォルディを探していたのに。


その一方で愛は、目の前で葛藤を続ける少年を不思議な気分で眺めていた。

裏に生きる組織の一員なのだからどんな強面かと思いきや、この武藤という人間はどうだ。背が高く精悍な整った顔付きをしているが、一見すれば他の少年たちと何ら変わり無い。これでは生徒に混じってしまえばわからないだろう。

ルカやミクといい、この少年といい、そういう世界の住人だとは思えない。


「……ああ――――ッ!!」


突如響き渡った叫び声に仰天して首を捻った愛の視線の先、沙南が口をぱくぱくさせていた。何、何なの!? わけがわからず問い掛ければ、沙南は目を丸くしたまま真直ぐに少年を指差してみせる。失礼だからやめろ、と言う余裕は無かった。


「あの人!」

「え、俺?」


たじろいだ駿を見て我に返った、沙南がぱっと両手で口を覆う。沙南は彼を間接的にだが知っていた。見かけたこともある――そう、邑智亜梨沙おおち ありさの語った一目惚れの相手だったのだ。


(なんて、言えるはずが無い)


ややこしいことになった。思って沙南は頭を抱えた。亜梨沙は駿を、探しているのだ(沙南達は彼女――うるき以外の映研・その補佐メンバー達――には駿の組織について話していないのに)。当の駿はきょとんとした表情を浮かべながら眼を瞬かせていた。何なんだ一体、と誰に言うでもなく呟く。


「ルカ、とかミクって人、いないんですか」

「……此処にはな」


問い掛けて、最初から答えは予測していたのだろう。愛は一つ頷いた後、真直ぐに駿を見据えた。少年のほうが背が高い、見上げるような視線はそれでも揺るがない。


「……武藤、くん?」

「好きに呼べば」

「――武藤くんは、アイジャって子を知ってる?」


意を決して敬語も取り払われた、その問いに駿は眼を見開いた。

なんてタイミングなのだろう。アイジャというその名は先刻耳にしたばかりである。


「それが?」


先を促せば愛は一度目を伏せ何か迷うような仕草を見せた後、やはり顔を上げる。


「よく、わかんないんだけど。ブリックマンが死んだこととあの子、関係があるのかも知れない」

「……へぇ?」


ビンゴ、だ。

無表情を装って心中呟く、駿を少女達は神妙な面持ちで見つめていた。ルカの見立てはどうやら正しかったらしい。彼女達は駿よりもずっと、多くのことに気付いているのかもしれなかった。


「ブリックマンを殺したのは――アイジャなんじゃないかと思う」

「穏やかじゃねェな」


そう言えば愛は深く息を吐いた後、口を開いて語りはじめた。彼女の知っていることを――アイジャという少女についてを。


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