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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第五章《迷霧》
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第五章《迷霧》:日の出と幕開け(1)

その場は騒然としていた。

いまだかつて、ここまでの異常性を感じたことがあっただろうか。生徒達は“それ”を取り囲み、恐怖と不安の入り混じった憶測を口々に述べた。

この“学園”には何かが取り憑いているのではないか。悪魔が住んでいるのではないか。そうでもないと説明がつかなかった。一日に二人も死ぬなんて、それもこんな死に方を、するなんて。


図書室の管理を任せられていた、司書の女の遺体が見つかったのはまだ夜も明けぬうちだった。“学園”側が運び去る前に何人もの生徒が目撃した、それは銃殺されていたという。


それから数時間としない同日の早朝、二人目は発見された。部活の朝練に向かう生徒達が最初に気が付いた、それは臭いだ。蛋白質や燐の焼け焦げた臭い。人気の無い廊下の端に放置された真っ黒な煤の固まりは、一目では人間だと判別出来ない程の有様だった。


「酷い……」


手で口元を押さえて沙南は呻く。

集まった沢山の生徒達に混じり、“七不思議”の面々も様子を見に来ていたのだ。全生徒は速やかに自室へ戻るよう、校内放送が流れているが無視である。集まった中にはうるきやマリアなど、映画研究サークル側の顔もあった。渚や亜梨沙までいる。もうじきここにも大人達がやってくるだろうが、それまで誰も動く気はなかった。

ロアルと百瀬はこれについて尋ねるためにルカを探しに行ったが、きっと見つからないだろう。彼女達は昼間は行方を眩ませている。


「おかしいデスねェ」

「……何が?」


誰にともなく呟いたうるきの声に顔を上げた。沙南の隣、彼女は熱心に焼死体を見つめている(結局映研側でルカ達のことを知るのは彼女一人だ)。

生徒達に取り囲まれたそれは、どう見てもただの炭だった。ここまで原型を留めていなければ恐怖も少ない。ただ気味の悪い臭いだけが充満する、この空間から沙南は早く抜け出したかった。


「……あッ」

「今度は何、」


声を上げたのはうるきではなく、その反対に立っていた愛だった。何を見つけたのか一点を凝視した後、急に人の輪から抜けようとする。


「ちょっとドコ行くの、愛!!」

「後で合流する!」


片手をひらひらさせたながら持ち前の運動神経で、あっと言う間に生徒達の合間をすり抜けて行く。姿が見えなくなって沙南は溜息を吐いた。また、単独行動。


「部屋に戻りなさい!」


とうとう現れた教師に強制撤退命令を出され、生徒達は渋々輪を崩しはじめる。

クラリスだ。志田渚が呟いたのを聞いて沙南も視線をやればその通り、やって来たのはバスケットボール部顧問の女教師だった。それから、もう一人。


「あの人は?」

「サラですヨ」


肩までの金髪に、緑色の目をした女だった。うるきによれば、一番最後の“入れ替え”と同時に英語科に就任した新人教師なのだという。沙南は彼女の授業を受けたことが無かったが、気さくな人柄と分かりやすい指導が人気を博しているらしい――名を、サラ・ハリソンと言う。


彼女達に背中を押されるようにして、結局沙南達も自室へと戻ることになった。きっと今日の授業は中止に違いない。

何故かサラと目が合ったような気がして、沙南はそっと首を傾げる。




*



後の調べであの焼死体は、ミハエル・ブリックマンのものと判明したらしい。

正確に言えば、まだ確定したわけではなかった。姿形など判別不能なまでに焼け焦げた、それ本体だけで見極めるなどどだい無理な話である。

物理教師であるミハエル・ブリックマンは、昨日の授業を最後に行方不明になっていた。全職員生徒のうち、未だ生死のわかっていないのは彼だけだ。よって、この焼死体こそがブリックマンではないかという考えに至ったらしい。


(……焼死体、か)


ぼんやりと考えを巡らせながら、駿は今一つの扉の前に立っていた。第三寮棟の一室である。

駿はこの部屋の主に用があった。死んだ(とされている)ブリックマンについて話を聞く、それが目的だ。


「武藤、ごめん――ウォルの奴帰ってきてねーや」


部屋の中から顔を出した柳原冬吾もまたこの部屋の主で、駿が呼び出すつもりだったウォルディのルームメイトにあたる。そうか、一つ頷きながら心中で駿は舌打ちした。こんな時に、どこへ行っている。


(あいつ――)


ウォルディ・レノ・ファンダルスは、ある理由でこの“学園”に潜入している謎の少年である。一般生徒でないという点では駿と同じだ。

ウォルディは“オリビア”という名の人間を追っていた。駿に協力を仰ぎ、また理不尽な約束を押しつけてもいる。

彼の存在は駿の口から直接、(やや簡略化して)ルシファー幹部に報告されていた。ルカ達の見解で一応は無害と判断され、ウォルディへの対応はまだされていない。現状では、そちらに力を割く余裕が無いのも一因だった。――ルシファーの探す“キー”を、同じように欲している組織が学園内に潜んでいる可能性があるのだ。


(あいつは、何か知ってる)


これは駿の直感だった。ブリックマンの変死について、ウォルディが関わっているのではないか。ブリックマンを、司書を、警備員を、そして清川芽衣子を殺した人間が同一なのだとしたら、それに一番近づいているのは彼なのではないだろうか。

そしてウォルディの追う“オリビア”は――同時にルシファーの敵でもあるのではないか?


「あの、さ。武藤」

「ん?」


礼を述べて回れ右、しかけたところを呼び止められる。冬吾は駿を真直ぐに見つめ、声を潜めて問い掛けた。


「“黒髪の女のユーレー”の話って、お前にしたっけ?」

「………………………は?」


余りにも真剣な声色が紡いだ内容とのギャップに、駿は一瞬言葉を詰まらせた。ついで冬吾の言う“ユーレー”が何を指すか、に気付く。

さっと駿の顔色が変わった。“学園”を騒がせる噂話は誰もが一度は耳にしているが、その正体は少年の上司である。深入りされては、非常にまずい。


「そういえばお前、前に一度何か……いやいや。お、覚えてねえ」

「うん、やっぱ話したよな? 俺、会ったことあるんだよ」

「え、えぇえええ!?」


駿の反応を素直な驚愕と勘違いしたらしい、冬吾は機嫌良さげに話を続ける。


「ほら、新入り歓迎の日。武藤の部屋に俺たちが泊まった日に話したやつだよ。喋ったんだ、ちっちゃくて色白で、」


綺麗だったんだよなぁ。うっとりと告げる冬吾の言葉など、駿には右から左に流れて消えた。冷や汗ばかりが流れている。

何だこの展開。やばくないか?


「考えれば考えるほど、あれが例の“ユーレー”だったんだと思うわけ。一目惚れってわけじゃーないんだけど気になってさ。知ってる? 女子の中に、“学園の七不思議”つって調べてるやつがいるんだって。五十嵐とか黒沼とかだって聞いたなぁ……」

「……くろ、ぬま?」


その名には心当たりがありすぎた。駿は思わず頭を抱える。

事態は彼らの予想よりずっと、先を転がっているのではないか。


「そいつらにユーレーの話、聞いてみようと思って。ウォルは信じてくれないんだけどさー」

「……はは、は。幽霊だろ、聞いてどーすんの」

「いや、噂ではユーレーだけどあの子は違うね。絶対生身の人間だった――だから見つけ出す!!」

「待てぇェェェェ!!」


絶叫を上げた駿を驚いたように見つめる、冬吾はどうやら本気らしい。

ルカの馬鹿野郎、心の中で呪文のように紡ぎながら駿は真直ぐ冬吾を見つめた。これ以上の厄介ごとは御免だ。


「良いか、幽霊なんてパチだンなもん。関わるな詮索するな女子の所にも行くんじゃねぇぞ悪いことは言わないから、な!!」

「え、え? うん、えぇ?」

「約束だからな!」


バタン! 勢いに任せて扉を閉める。鼻でもぶつけたのだろうか、ドアの向こうでふぎゃっと哀れな声がした。無視する。

一体ルカはどれだけの生徒にその姿を目撃されたのだろうか、考えただけでも憂欝だった。

何はともあれ、まずはウォルディである。探しに行こうと踵を返した、その場で駿は動きを止めた。


「…………誰だ、テメェ」


いつから其処にいたのか。佇んでいる見知らぬ少年に、駿は低く問い掛けた。盗み聞きとは良い趣味をしている。

少年は能面のような顔を浮かべたまま、目を伏せ一つ会釈した。空気が常人のものではない。同業か敵か、駿は独りごちる。


「…………“カイ”」


名乗った声は淡々としていた。

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