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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第五章《迷霧》
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第五章《迷霧》:さがしもの(4)

「どう、って……」


困惑して見つめ返した、その瞳は真剣で余計に戸惑う。ただならぬ空気を感じて沙南は、真直ぐ身体を残る二人の方へと向けた。彼女達の言葉は、何故だか真面目に聞かなければならないような気持ちになるのだ。


(そういえば)


この二人と自分、という組み合わせは異色だと沙南は思う。寮長のロアルとは事務連絡を兼ねた交流を行うことはあったが、たいてい彼女達と話す時は他数人が一緒だから。

ロアルと百瀬は、不思議な二人組だった。一年と少し前の中途半端な時期に転入してきた百瀬に対し、ロアルはかなりの古株だと聞く。二人は部屋こそ別々であるものの、何故か出会った翌日には既に行動を共にしていた。沙南の記憶では、少なくとも。

けして積極的な人付き合いを得意とするとは思えない百瀬と、日本人ですらないロアルでは、直ぐ様打ち解けるような共通点など見つからないはずである。沙南はずっと、それが不思議だった。


「やっぱ、幽霊とかじゃないの」

「……そう、だよねー」


沙南の返答に何故だろうか、二人は安堵の表情を浮かべた。それがどうしたの? 問えば、何でもないのだとロアルが笑う。

おそらくは“黒髪の少女”に関する調査が難航しているのだろう、沙南は勝手に思うことにした。幽霊相手に満足な証拠など出るはずがなく、それは他の噂だってそうだ。もとより誰も、真実を突き止めることなど期待していない――要はそれらしい内容のレポートを完成させれば良いのである。

……ただし今彼女達がいる場所のように、確かな形が存在しているものもあるのだが。


「……さて、さっさと終わらせちゃいましょ」


今日は運良くカメラも無いし、と悪戯っぽくロアルが笑う。課外授業の関係で、いつも沙南達に張りついている映研の面々は出払ってしまっていた。レンズを向けられていない束の間の解放感を、どうしても嬉しいと感じてしまうのだ。

三人は再び本の山に視線を戻し、手近なものから捲り始める。中はたいていが小さな字でびっしりと埋め尽くされていて、それは日本語だったり英語であったり、沙南にはわからない国の文字のこともあった。

殆んどのものは解読不能で、読めるものでも全てに目を通すことはできない。開いて一瞥して閉じる、不毛な作業を少女たちは繰り返す。


「……変なもの、見つけた」


沙南が声を上げたのは、作業開始からそろそろ一時間が経過しようかという時であった。百瀬が顔を上げ、ロアルも席を立って沙南のもとへとやって来る。

――それは一見何の変哲もない冊子のように思われた。

しかしよくよく観察すれば、背表紙に沿って妙な綻びが見える。それが本の背を縫い合わせている糸だということに気付くのに時間はかからなかったが、同時に一つ疑問が持ち上がった。糸の様子はいかにも手作りのそれで、古いながらも完全な形で本を保管しているこの書庫の中、その一冊だけは妙な違和感を孕んでいた。まるで、誰かが閉じ直したかのような。

ロアルが目を細め一言、変ねと呟いた。閉じられた本に不自然な隙間が見える。何か、挟まっているのだ。

訝しんで沙南が表紙に指を掛けた、その時だった。



「――――その本を、見るのですか」


突如聞こえた声に、三人は弾かれたように振り返る。疑問なのに語尾の上がらない、妙に落ち着いたトーンのそれ。

正体はすぐに知れた。部屋の端、壁にもたれるようにして見知らぬ少女が立っていたのである。


「……! 誰!?」


百瀬の握る懐中電灯の光が、その姿をはっきりと浮かび上がらせた。頭の高い位置で結い上げた髪を含めても、全体的に小柄な少女である。身に付ける制服は学校指定の物で、辛うじて生徒らしいという事だけは知れた。


「オミ、と言います」


律儀に質問に答えて一礼する。オミと名乗った彼女は、それ以上はこちらに近付いてこようとしない。


「いつから、ここに」

「たった今です」

「どこから入ってきたの?」

「……どこ? もちろん入り口、ですが」


ことりと首を傾げ、オミは暗がりの中の扉を指差した。そこは沙南達の入ってきた通路とは違う――つまりは、禁書庫の正しい入り口だ。鍵がかけられていて、生徒はけして開けることができないはずの。


「どうやって――」

「それより。その本を見るのですか?」


ここで初めてオミは質問を遮った。黒目がちの大きな瞳が真直ぐに三人を捉えている。誰も口を開けないでいると、オミはゆるりと一度瞬きをした。


「この部屋は、“学園”の創始者且つ初代理事長の書室です。ここに在る物全てが彼の私物」


次いで落とされた言葉に三人は瞠目する。そんな話、聞いたことが無い。

沙南は改めて手にした本に視線を落とした。これもその、創始者とやらの物なのだろうか。


「それを開けばもう、貴女達は逃げられません」

「……何それ」

「もっとも、既にそちらのお二人はご自分の立場を理解してらっしゃるようですね。実質の選択権を持つのは貴女です――五十嵐、沙南さん」


どさり、と重い音がした。空気か揺れて誇りが舞い上がる。百瀬が手にしていた本を落としたのだ。ロアルは目を見開き、次いできゅっと唇を噛み締める。

状況が理解できていないのは沙南だけのようだった。目を白黒させている間に、その沈黙を破ったのは百瀬。


「――オミ、さん。あなた、“あそこ”の……?」

「オミ、で構いません」


淡々と言い切った後、オミはすっと瞳を細めた。


「ルカ様からの言伝です――」


時が来たのだ、と。

告げた少女に向かい、止めてとロアルが声を張り上げた。沙南は驚愕に目を見開く。彼女の叫び声など、初めて聞いた。


「こんなことして、どういうつもり……!?」

「ルカ様は貴女方に――正確にはロアルさん、百瀬さん、貴女たちお二人の“ご友人”に、一度だけ選ぶチャンスをお与えになりました。“私たち”と関わるかどうかの選択です」

「この子は、友達は関係ない。一般の生徒なのよ!? 巻き込まないで……!」

「それは彼女自身が決めることです」


言い切って、瞬きもせずに沙南を見つめる。オミの視線を痛いほどに感じながら、しかし何故だろうか、沙南の心は不思議なほどに凪いでいた。


「どうしますか?」


貴女のお好きなように、とオミは言う。止めてサナ、あなたは知らなくて良いこと。開けちゃダメだよ、沙南。ロアルと百瀬の声は、何だか遠くに聞こえた。

沙南には未だ、自分の置かれた状況が把握し切れていない。それでもこの本には何かがあること、それが今“学園”を騒がせる事件に関係があること――そして他ならぬ自分が、選択を迫られていることは理解した。

それからもう一つ。ロアルと百瀬が何かを抱え込んでいたこと、それを周りには隠して過ごしてきたという事実にも。


(平和に過ごせれば、それで良かった)


もともと気乗りのしない話だったのだ。七不思議など調べても有益なことなど皆無で、厄介事を引き込む可能性のほうが高かった。それがこの“学園”だ。そして、案の定。


(……でも)


活発でお節介でトラブルメイカー、そんな自分のルームメイトを思い浮べる。何かに気付いて、もしくは巻き込まれて、それを隠し単独行動を続ける愛。あの馬鹿のことだ、もう深みにはまって取り返しが付かなくなっているかも知れない。あれを、無視できるだろうか。

そして今此処にいる二人も。例え背後に見え隠れするのが何であっても、この閉鎖された世界の中で出会った大切な。


(……友達を、放っておけるか?)


――答えは否に、決まっている。

沙南は初めて全てを受け入れた。心の何処かで拒んでいた事柄に、関わりたくないと思い続けたものに、正面から向かい合う覚悟を決めたのである。

腹を括るってこういうことかな。思いながら、沙南は手にしていた本を逆さまにした。そのまま勢い良く開けば、ページの合間に挟まっていた物がばらばらと床に零れ落ちる。


「これ……?」


それは、古びた数枚の写真と茶封筒だった。



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