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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第五章《迷霧》
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第五章《迷霧》:さがしもの(2)

ここはルシファー本部でもなければ、首領ロヴ・ハーキンズの自室でもない。それでも目の前に並べられた紅茶は高級感溢れる上品な香りを湛えていて、千瀬はそっと笑みを零した。流石に長きを共にしただけのことはある。ルカもミクも、あの男のやり方にすっかり感化されてしまっているのだった。


「何から話せば、良いのかしら――」


黒に濡れた瞳をふと細め少女は何処か遠くを見つめた。優雅に腰掛けた椅子の上、長い髪が絹糸のような光沢を放つ。


「私の、私たちの、捜し物の話」


紅茶のカップを細い指に掛けた。そうしてルカは、少しずつ言葉を紡ぎはじめる。

十二年、いえ、もう三年かしら。言いながら懐かしむように口元を緩めた。もうそんなになるのね、と横で相槌を打つ、ミクもその目を伏せている。


「まだ、ルシファーができる前のことだった」


当時私たちが逗留していたある国にも、所謂“裏社会”と呼ばれるものが存在していたの。

人間たちの醜い部分を曝け出して、そのまま形にしたような世界。私たちはその頃、そういうモノを壊して回る側だった。正義を振りかざしていたわけじゃなくて――たぶん人間を、恨んでいたの。嫌いなものを手っ取り早く消していく、そんなことを繰り返していただけ。標的として、“裏”の人間はちょうど良かった。


「チトセにはいつか、話したわね」


言葉を切るルカに、千瀬は黙って頷いた。忘れるはずが無い、ルシファー創立メンバー達の過去の物語。堕天使ルシフェルと呼ばれた幼い犯罪集団。その話を聞いた時はまだ、優しい金色を持つ彼女も生きていた。

何だよそれ、聞いてねー。不貞腐れたように駿が言うのを笑って制し、ルカは言葉を続ける。


「その頃その国で、一番の勢力を誇っていた組織がある――“フィド=ミノス”と名乗っていた彼らは千人にのぼる構成員と、けして表にその存在を公表することができない研究所を抱えていたわ」


私たちの次の狙いは、そこだった。ルカが不意に声のトーンを落とす。人体実験を行っていたのだと、その声で告げた。


「――トリクオーテという町の、地下で」


瞬間、千瀬の顔が強ばった。その町の名を覚えている。千瀬にそれを語り聞かせたのは、一度出会ったきりの少年だったはずだ。

不思議な輝きを見せる銀色の巻き毛と、獣のように狡猾な瞳をしていた。貴族のような奇妙な身なりで、従者が二人。


(……ユリシーズ)


その名を心の中で呟いた、千瀬の瞳が動揺で揺れる。トリクオーテの悪魔と、彼は嗤ったのだ。


「トリクオーテの研究所では“フィド”による非道な行為が昼夜繰り返されていた。当時の技術を思えば夢のまた夢だった、“超人”ミュータントの生成実験。最終目標は、人型の生物兵器を生み出すこと」


人間の力でそんなこと、できるはずが無い。しかし“フィド=ミノス”は諦めなかった。実験を成功に導く為に、様々な方向から検証を続けた。

そしてある日ついに、奇跡とも言える貴重な生体サンプルの入手に成功したのである。“天然”の“兵器”を、見つけたのだ。


私たちは幼かった。ルカはそう、呟いた。


「何でも壊せると思っていたの。でも、子供だった」


囚われたの。そう告げたルカの声はぞっとする程に冷たく、千瀬の隣で駿が小さく息を呑んだ。

――消してしまうつもりだったのに、巧妙な罠を仕掛けられて。全く逆の立場になってしまった。全員、“フィド”に捕らえられてしまったのよ。堕天使ルシフェルと呼ばれた子供の集団はその頃もう、“裏”には知れ渡っていたのね。彼らは、私たちを手に入れる機会をずっと待っていた。


「研究材料に、されたってことかよ……?」

「ええ」


言ったきり言葉を失った駿に、いらえを返したのはミクである。千瀬も唇を開くことができなくなった。幼い子供たちの経験した、絶望。

――それは、子供たちに訪れた初めての危機だった。親など無く国籍も不明、しかし未知の可能性に溢れた能力を持つ子供たちは、“フィド=ミノス”にとって恰好の実験体だったのである。


「知っての通り、私やロヴは普通の人間とは少し違う。ミクも、エヴィルだってそうだった。だから生き延びてきたんだもの」


詳しいことは省略するけれど。言って、ルカは困ったような笑みを浮かべた。


「幼かった私たちは――特に私は、自分の力を持て余していた。コントロールする術を、まだ知らなかったの。それをあの研究所が……」

「……どうしたんだよ」


不自然に言葉を切るルカに続きを促しても、曖昧な笑みを浮かべるだけだった。駿が眉を寄せれば、代わりにミクがそっと息を吐きだす。


「――ルカの能力が、暴走したの。あいつらが無理矢理引き出したせいよ」

「暴走……!?」

「結果、“フィド”の研究所は消滅した。地上にあったトリクオーテの町も消し飛んだわ」

「……な、」


なんだって?

駿が目を見開いて硬直する。頭の中で何かが繋がったような気がして、千瀬は真直ぐルカを見つめていた。彼女の消した町。


「じゃあ、“トリクオーテのレポート”って?」


千瀬の問いに、今度はミクが目を見開いた。おまえ何の話してんの、言いながら駿も瞠目している。

その中で唯一、覚えてたのね、とルカだけが笑った。


「トリクオーテは消えた。関係者も全て。私たちは晴れて自由の身――でも、一つだけ誤算があったの」


ルカの唇がゆっくり動くのを、千瀬は黙ってみていた。私のデータと、トリクオーテ研究所に関するレポート。

――子供たちがその事実を知ったのは、もう少し後の話になる。“フィド=ミノス”は集めた実験体の調査結果、特に破壊力に富んでいたルカの能力データを、当時彼らの兄弟勢力であったある組織に高値で譲っていたのである。そこには実験記録を事細かに記載した“レポート”も共に渡っていた。

それは、ルカがトリクオーテを消滅させる前日のこと。


“レポート”はその後紆余曲折を経て、あの平和維持組織“煉獄カーマロカ”に渡ったのだろう。どういう経緯でかはわからない。しかし何者かの手によって、トリクオーテが消滅したことを後に書き加えられていた。

そして、ルカの調査資料は――“ルキフージュ=ロフォカレ”と呼ばれた、【悪魔のデータ】は。


「データを受け取ったその組織は“アドラ”と言う通り名で活動していた。名前は、わかったのに」

「あたし達は搾取されたルカのデータを必死で探したわ。でも、見つからなかった……何故かって、」


ミクの碧い瞳が二人を射ぬいた。駿も千瀬も、その視線だけを真摯に受けとめる。答えが近いことを、漠然と理解していた。


「当時データの隠匿隠蔽を命じられた“アドラ”の末端構成員が、その隠し場所のロックを解除するキーごと行方を眩ませたからよ」


ミクは語る。

多岐に渡る分野で活動をしていた“アドラ”には、今現在のルシファーのように様々な国籍を持つ人間が所属していたのだという。末端構成員であったその男は日本人だった。彼の名こそが。


「――朝霞恒彦あさか つねひこ



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