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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第五章《迷霧》
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第五章《迷霧》:播磨少年の青春(1)

播磨亮平はりま りょうへいは校内でも一、二を争う運動神経の持ち主であった。剣道部に所属しエースとして活躍しながら、他運動部の助っ人に加わっては日々好成績を残している。一つの得意種目に秀でている人間ならばごまんといる中、何でもそつなくこなす彼ほどの才に恵まれた者は、この“学園”にはいないだろうと噂されていた。

――ただしそれは、武藤駿が入学するまでの話である。


武藤は凄い。と、亮平は心の底から思った。自分より優れた者を目の当たりにした瞬間彼の身体を走ったのは悔しさや嫉みではなく、純粋な感動だったのである。

自らの青春の全てをスポーツに注ぎ込んできた、所謂熱血少年の亮平であるが、駿をライバル認定したというわけでもない。ただ亮平は、武藤駿という人間の底知れぬ実力に心底惚れ込んでしまったのだった(他人のプラス要素を真直ぐに受け止め讃える、これが亮平が学友たちから多大な人気を誇る所以でもある)。




「……と、いうわけで次はお待ちかねの剣道だぜー」

「待ってねェェェ!!」


何がどうなって『と、いうわけ』なのやらさっぱりの駿は、身体の底から大声を上げた。それはもう気持ち良く。

キィィィン、亮平の耳奥で駿の声が反響している。彼に叫ばれるのはもう慣れたものだったので、亮平はさして気にも止めずそのルームメイトの腕を引いた。


嫌だ嫌だと駄々をこねる子供のような有様の、駿の言い分は最もだった。この播磨という人間に目を付けられて以来、駿は既に五つもの運動部に体験入部させられている。と言うのも全ては亮平が駿の飛び抜けた運動センスを吹聴して歩いたせいで、亮平自身の目的だった剣道部に向かう迄に様々な部から声をかけられてしまったのだ。

俺はどこにも入部しない。突っぱねる駿を亮平は毎度、いーじゃん一回だけ、という無責任極まりない言葉と共に放り込む。


「けっこー手間取ったなぁ、やっぱ入学初日から剣道に連れてくるべきだったか」

「誰のせいだ、誰の」


結局数日がかりになった他部への仮入部。あっけらかんと言い放つ亮平を横目で見やり、ただ駿は肩を落とす。体験した全ての部に丁重に断りを入れる作業はなかなか骨が折れた。この剣道部さえ躱し切れれば何とかなるか、と心中で溜息を吐く。


「俺はマジで本気で、武藤を尊敬してる。その才能生かさなくてどうすんだよー」

「へーへー、どうも」

「ってわけで、今日はうちの主将に相手してもらうように頼んどいたから」

「………………はぁァァ!?」


思わず亮平の胸ぐらを掴みかける。寸でのところで止まって、けれど思い切り駿は相手を睨み付けた。

主将、と言うからには部のトップクラスの実力者、尚且つ年長者なのだろう。実力だけならばナンバーワンのエース・播磨亮平は学年の関係で副主将だと駿は聞いていた。


「ばっかじゃねーのお前、何でいきなり主将!?」

「武藤の実力を見極めたいって、本人が言ったから?」

「疑問系なのかよ!」


げんなりとした表情を浮かべた駿を見て何を勘違いしたのだろうか、だいじょーぶだよ袴と防具貸したげるから、とわけのわからないフォローをする。

制服のままここへやってきた駿は自分の姿を確認すると、ああケンドーってそんなスポーツだったか、と現実逃避を開始した。もうやだ逃げたい。


(………っ!?)


と、不意に感じた振動に駿は顔をしかめた。そっと胸の辺りに手を伸ばし、触れた先にはネクタイがある。身に付けっ放しにしている、通信機と“仲間感知センサー”内蔵のそれ。

近い――――思った瞬間に予想は現実の物となった。剣道場となっている建物の影から(何故そんな所から出てくるのかは甚だ疑問であるが)ひょこりと、余りにも見慣れた姿が現れたのである。


「あ、シュンみっけ」

「みっけじゃねェェェェ!」


ごつん。

現れた少女の頭に思わず駿が拳を落とし、鈍い音と犠牲者の悲鳴が重なる。ちょっと武藤、そんな可愛い子に何してんのォ!? 亮平が叫ぶのを全力で無視して、駿は少女に詰め寄った。


「チトセぇぇ! 何してんのお前!!」

「何って、シュンに会いに来たんだけど……」

「お前アホか!? こんな真っ昼間に堂々と、しかも俺今一般のヤツといるだろが!」


小声ながらも凄まじい剣幕で言い募る駿に、千瀬はだってと唇を尖らせる。


「“学園”を調べてる生徒がいるかもって報告したら、出来るだけシュンと連絡を取り合うようにってルカが」

「無線使えよ……」

「直接のほうが良いって言われたんだもん。男子寮側ならあたしの姿見られても良いって。見慣れない女子生徒の一人や二人、居ても当然だから」


まぁそうだけど、呟いて漸く駿は落ち着きを取り戻した。千瀬が学園指定の制服を着ているのはそういうわけかと独りごちる。


「ルカが心配してた。シュン、余計なことに巻き込まれそうだって」

「なっ……」


言われて言葉を詰まらせた駿を不思議そうに千瀬は覗き込む。図星なの? 問われても、ハイ図星ですとは言えなかった。

――駿はまだウォルディという少年のことについて、上に報告を入れていなかったのである。


「とりあえず、これからあたしが時々来るから。たまにローザも」

「あー……、わかった」

「お二人さーん、俺のこと忘れてない?」


突然後ろから声が聞こえて、千瀬は飛び上がらんばかりに驚いた。駿と一緒にいるという安心感からか、周りへの注意を完全に怠っていたのである。

それは駿も同じだったのか、ぎくりと身体を強ばらせた後引きつった笑みを浮かべた。忘れ去られていた播磨少年を宥めながら謝罪を述べる様子を見て、ふと千瀬は口元を緩める。

――なんだか本当の、友達みたい。


「ちぇ、二人でこそこそ楽しそうにさァ……何、武藤の彼女?」

「違うわァァ!!」


何で話の流れが皆すぐそこに行くのか、ウォルディにも同じことを言われたことを思い出して駿は溜息を吐いた。そうしてすぐ顔を引き締める。


(……そうだ、ウォルディ)


俺にはこんな所で剣道やってる暇はない。呟いて顔を上げた駿の前で、亮平が勝手に自己紹介をはじめていた。


「俺、播磨亮平ね」

「はりま、さん?」

「剣道部所属! そーだ、女子部員も募集中何だけどさ、君やってみない?」

「オイちょっと待て」


何どさくさに紛れて勧誘してやがる。駿が手の皮を摘み捻れば、いててて! と亮平は情けない声を上げた。

強制的にその話題から離れさせ、駿は一つ息を吐く。千瀬まで捕まっては話にならない。


「――あたし、剣道やってみたいな」


しかしその瞬間落とされた発言によって駿は思い切りむせる羽目になった。慌てる彼の前で亮平はきらりと瞳を輝かせ、爆弾を投下した本人はことりと首を傾げている。


「チトセッ!? てめ、何考えてんだよ!!」

「え、楽しいかなーって……」

「だ・ま・れ!」


一気にまくし立てれば拗ねたように、冗談ですよぉだ、と少女が呟く。それにほっと胸を撫で下ろし――――そこでふと、駿は妙案を閃いた。


「……おい、チトセ。一回だけ剣道、やって来ていいぜ」

「シュン?」

「お、武藤ってばどーゆー風の吹き回し?」

「――播磨」


いいことかんがえた。口の中で呟いて、駿は唇の端を釣り上げる。正面から亮平を見据え、彼はゆっくりとその言葉を口にした。


「お前んトコの主将が千瀬こいつに勝ったら、俺剣道部に入るわ」



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