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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第五章《迷霧》
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第五章《迷霧》:屍の謳(3)


「藤野さーん、倫理の課題やったぁ?」


呼ばれた共通の姓に双子は顔を上げる。教室の隅、いつも隣り合わせに席を構えている彼女達はその勤勉さ故に有名だ。所謂“ガリ勉”というタイプではないからだろう、こうして学友から頼られることも多い。

ちょっとノート見せてもらえないかなぁ、と拝む掌を快く受け入れて、薫子は自らのノートを差し出した。自分と同じ字で同じ観点からノートをとる片割れが彼女にはいるのだ、返却されるのが遅くても支障はない。

礼を言う声に応えながらふと視線をやれば、斜め後ろの方に物言わぬ人影が立っていた。二人はぎょっと目を見開く。話が終わるのを待っていたのだろうが、静かすぎて全く気が付かなかった。


「……き、絹華ぁ」

「びっくりした、声かけてくれれば良いのに」


口々に文句を言う双子たちに対し、鮎村絹華は困ったような笑みを浮かべた。


「ごめんね、ちょっと話があって。ミドリ、カオル、“調査”は進んでる?」

「例の鏡? 探してはいるんだけどね、何か“学園”って鏡自体少なくって」

「お風呂やトイレにはあるけど。流石にそれはないでしょー?」


それにちょっとやりづらいんだよね――二人の声が綺麗にシンクロする。きょろきょろと辺りを見回した後、翠子が身を屈めて手招きした。三人頭を寄せ合ってぼそりと呟く。あの、映画研究サークル。


「常に誰か傍にいてカメラ回してるじゃない? なんか気分的に動きにくいってゆーか……」

「ああ……監視されてるみたいだもんね」

「されてるでしょ、実際」


どうにかなんないの、と薫子がぼやく。しかし実質のリーダーである愛が映研に友好的である以上、どうにもならないのが現実だった。“取引”も、成立してしまっている。


「我慢するしかないかぁ……で、絹ちゃん話ってこれ?」

「あ、うん……まぁ。あのね、」


そこで絹華は言葉を切り、一度人目を気にするような素振りを見せた。授業後の教室は閑散としていて、残っている生徒も少ない。それを確認し、また双子の元へと視線を戻す。


「私のルームメイトね、最近の“事件”ですっかり怖がっちゃって……部屋で一人にするのが可哀相なの」

「あぁ、あの子?」

「意外。……人が死んだもんね、怖いのは当たり前だけど……あの子は結構しっかりしてそうな感じなのに」


言って翠子は絹華の、気丈なイメージのあったルームメイトを思い浮べた。薫子も同じだったのだろう、不思議そうに首を傾げている。


「一緒に連れて歩けば?」

「部屋から出たくないんだって……だからしばらく私、班の集まりに参加するの控えようと思うの。ちゃんと自分の分担は間に合うようにするから、」


ごめんね、皆にも伝えてもらえるかな。

眉尻を下げて告げる絹華に、二人は神妙な面持ちを浮かべ頷いた。




*




某国某所――。

その広大な建物の地下に造られた彼の部屋で、黒の無線機が哭き声を上げた。電波の届かぬ地中奥深くでさえ正確な音を拾い伝える、これは彼がその道のプロに特注で誂えさせたものだ。

部屋の主――ロヴ・ハーキンズは皮張りのソファーからゆっくりと腰を上げる。緩慢な動きで機械に手を伸ばし、世界を繋ぐボタンを押す。

電話の相手は既に判っていた。これを悟る能力ちからならあるのだ、どうせならテレパシーでも身に付けられれば便利なのに。


「うん、今度練習してみようか」

『……何を?』


黒塗りのスピーカーの向こうから馴れ親しんだ声が聞こえた。疑問符を含むその調子に、何でもない、と笑って返す。

通話の相手は今現在、遠く離れた海に浮かぶ孤島にいた。ロヴの作り上げた組織に関わる最重要事項、それを片付ける為である。本来ならば彼本人も参加するべき所だが(其れ程までに優先すべき仕事なのだ)、生憎と彼は今一組織の首領として三つの案件、それに纏わる十と四つの細事に力を注いでいた。

彼の配下にはロヴ・ハーキンズと言う人間をサボリ魔か何かと勘違いしている者がいるようだが、それは断じて違う。違う、と本人は思うことにしている。


「(やる時はやる、ってこと)」

『ロヴ?』

「いや――――見つかったか?」


す、と表情を入れ替える。浮かんだのは仕事をする時の男の顔だ。鋭くなった眼光を一つ瞬くことで押さえ、回線の向こうへ問い掛ける。


『……まだ。アサカって姓の生徒はいたけれど、確認してみたら字が違ったわ』


……日本語ってややこしくって嫌になる。

小さく落とされた声を拾い上げてロヴは笑う。この少女が愚痴を零すのはたいそう珍しいことだ。慣れない環境と進まぬ任務に、彼女といえど僅かな苛立ちを感じているのだろう。

――ルシファーの探す“アサカ”は“安積”ではなく、“朝霞”だ。


「苦労してるみたいだな」

『“学園”の情報保持が堅固過ぎるの、生徒のフルネームさえワンクッション入れないと外部からはわからない――出生や家族構成なんてもっと深いところに隠されてる』

「ツネヒコの親族を探すことは難しい、か……“学園”はそのガードの固さが売りだからな。仕方ないだろう」


“学園”の所有者はロヴである。しかしそれはあくまでも、土地と建物の持ち主という意味でだ。“学園”運営側の守る情報には、どうしても上辺にしか関与できない。

ロヴは“学園”に関してだけは、武力や金銭を用いて強行手段を取ることを考えていなかった。それが先代の所有者――グラモアの意志だからである。


「もう少し探して駄目なら、また“あれ”を使うんだな」

『……“ゾラ”を? 確かに情報は正確だけれど、リスクが高いと言ってなかった?』

「ツネヒコが“学園”に踏み込んだことを知らせてきたのも奴だろう。本人の行方は未だ不明だが、血縁者が入学したらしいとの情報をよこしたのも“ゾラ”だ。……なに、きっと引き受けてくれるさ」


うちの優秀な情報サポーターを、助手にやったんだからな。

ひとりごちてロヴは薄く笑う。また一波乱、呼び寄せてしまうことを予感しながら。


「お前の頼みなら聞くだろう、ルカ。俺はすっかり嫌われているが」

『ロヴがしつこく勧誘したせいじゃない』

「はは、手厳しいな。……急いだ方が良い。“あれ”をもう他の組織に渡すわけにはいかない」

『……“データ”を狙って他の組織が、“学園”に?』


生徒が死んだ話と何か、関係があるのか。言外にルカが問えば、念の為だとロヴは笑った。

念の為。最悪の事態を想定しての。


「死者に犯人を尋ねるわけにはいかないだろう。屍に触れられれば、或いはミクなら何か読み取れるかも知れないが――“学園”がそんな隙は与えてくれない」

『……先回りでも、しないと』

「謳ってくれる屍を探すより、現場を押さえるほうが余程簡単だろうな」


ロヴの言わんとすることに気付いて、ルカは僅かに眉を寄せた。機械の向こう、相手はそれに気付いただろうか。

――気付いたかもしれない、彼ほどの男ならば。


『必然的に、生徒に私達の存在を知られちゃうわ』

「その時は構わんさ、いざとなれば“忘却”の能力がある」

『ミクが嫌がりそうね』

「面倒だろうが首領命令だと言っておけ――ただし、」


――生徒は選べよ、ルカ。

男の言葉を最後に、無線は何一つ音を発しなくなった。通話の断たれたことを確認し少女も機械から手を離す。孤島にあっても通信の可能なこれもまた、ロヴの作らせた特注品だ。


「――選ぶ、ね」


それなら、決まっている。

呟いてルカは小さく笑みを浮かべた。

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