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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第五章《迷霧》
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第五章《迷霧》:接触(4)


「――武藤?」


ぴくり、身体を震わせた少年の異変に気付いて亮平が声を掛ける。駿はそれに曖昧な笑顔を返しつつ、何でもないと口にした。


「虫でもいた? 怖かった?」

「ンなことでビビんねーよ! ……次お前の番じゃねーの、播磨」

「え、俺か?」

「あ、ごめんこっちだ」


言いながら、駿と亮平の正面に腰掛けるウォルディが片手を上げる。彼を始めとする全員の手には数枚のトランプ。少年たちは部屋で頭を寄せ合って、原始的なカードゲームに興じていたのだった。ちなみに、現在はババ抜き進行中である。


「はい次、トウゴ君」

「ほーい」


次にカードを引き抜いた少年は名を柳原冬吾やなぎはら とうごと言う、ウォルディのルームメイトだった。

冬吾とウォルディが亮平らの部屋に集まる形になって、他愛のない時間を過ごす。ウォルディが駿のことを妙に気に入ったのが切っ掛けで、これは最近彼等の日課になりつつあった。今日はカードを片手にしつつ、冬吾の持ってきた話に花を咲かせている。


「あ、俺あといちまーい。んで柳原、続きは?」

「させっか。……その女、どうしたって?」


冬吾が語っていたのは、彼が先日の晩出会ったという不思議な少女についてである。長い黒髪に同じ色の瞳、白く透けるような肌。何かを探していたのだというその言葉に、駿は内心冷や汗をかいていた。

……心当たりがありすぎる。一切顔には出さず話の続きを促す、駿はなかなかの役者である。


「あぁ。そしたらそん時ちょうどウォルと会ってさ。一瞬目ェ離したその隙に……」

「消えちゃったとか」

「大・正・解!」

「えぇー」


うっそくせー。マジだってば!

亮平と冬吾が言い合うのを横目に、駿はそっと眉を寄せた。こんな身近に“仕事”の目撃者がいるようではやりづらいことこの上ない。今回フォローに撤するのが役目の駿は、いかにこの場を切り抜けるかで頭が一杯だった。


(ルカのやつ……)


もうちょっと目立たないように行動してくれよ。

胸中で悪態を吐いた瞬間、再び駿はぴくりと身体を震わせた。首に結ばれているネクタイの、白いシャツに触れた部分。ある一点から身体へ、僅かな振動が伝わってくる。

一度目は気のせいかと思った。けれど、二度目は違う。


(……来てる)


駿はそっと辺りに視線を彷徨わせる。ネクタイに内蔵された小型のバイブレータが振動を起こす、これは合図なのだ。彼の“仲間”が傍に来ていることを知らせる電子信号。


(誰だ? 何かあったのか)


生徒として潜入している駿に、昼間仲間との接触は殆ど無い。あるとしてもそれは駿から連絡を入れて呼び出すか、事前に打ち合せを行っていた場合のみである。嫌な予感が胸を過って、駿は思わず指先でネクタイに触れた。それを見咎めたのだろう、ウォルディが訝しげな視線を送る。


「シュン君……?」

「あ、いや……悪ィ、俺ちょっと便所」


適当な言い訳を唇に乗せて駿は一人部屋を出る。後ろ手に扉を閉め、真直ぐ一階へ続く階段へ向かった。

ヴヴ、と小さな振動を再び感じる。階下へ向かうにつれて間隔の短くなる、それは相手との距離と比例しているのだろう。


「……チトセか?」


第二棟の出入口を抜けてすぐ小声で呼び掛けた。勿論、辺りに誰も居ないことを確認してからだ。

相手の確証は無かったが、どうやら当たりだったらしい。駿が声を掛けてすぐ、生け垣の陰からぴょこりと黒い頭が飛び出した。


「シュン!」

「おっまえなー、こんな所で……」


現れた少女は日本人特有の、烏の濡れ羽のような髪を持っていた。綺麗に切り揃えられたそれがかかるのは駿の見慣れた制服だ。

黒沼千瀬というこの少女が駿の仲間になって、早一年が経過していた。背丈が少し伸びたからだろう、少女の童顔でも身につけた制服はなかなか様になっている。


「あのね、大変……かも」

「あぁ?」


相変わらずのぼんやりとした物言いに、思わず駿は頭を抱えそうになった。しかし気を取り直してよく見れば、些か焦燥を帯びたその顔に違和感を覚える。


「かも、じゃないや。やっぱ大変!」

「……話せよ。こっちもちょっと“大変”なんだ」


駿は千瀬の腕を掴んで寮棟の裏手へ回り込む。屈んで身長を合わせてやれば、千瀬は彼の耳元に唇を寄せた。




*




(……やべーな)


去ってゆく少女の後ろ姿を見送って、駿は深い溜め息を吐く。

千瀬から聞き出した、事態は予想よりずっと深刻だった。ルシファーから派遣された自分達の任務が、一筋縄ではいかなくなりそうなのだ。

――“学園”の異変に、気付いている者がいる。

千瀬の話を聞いた限りでは、それが一般生徒か否なのかは判別できなかった。生徒の“フリ”をしている自分の例もある。慎重にことを進めなければ、思わぬ所で障害が出るかもしれない。

今後の指針を考えつつ、部屋に戻ろうと少年は踵を返す。しかしその刹那、


「――シュン君」


自分を呼び止める声に駿は身体を強ばらせた。見開いた彼の目が映したものは見知った人物の顔だ。ただし、ここには居ないはずの。


「……ウォルディ」


押し殺した声で名を呼べば、相手はにこりと笑ってみせた。先刻まで駿たちと共にゲームに興じていた、今も部屋にいるはずの、ウォルディ・レノ・ファンダルス。


「……ンだよ、驚かせやがって――」

「今の子は、君の彼女かな?」

「ちっげぇよ! ……て……え?」


平静を装うはずだった駿の表情はあっけなく崩れ去った。そのまま笑みを浮かべたままのウォルディに、低く問い掛ける。

お前、どこから見てたんだ?


「……最初から」


クス。

細められた片眼鏡の奥、瞳が綺麗な半円を描いていた。絶句した駿の肩に手を置いて、ウォルディはそっと言葉を紡ぐ。


「綺麗な黒髪だったけど、トウゴと俺が見た子じゃなかった。ねぇ、トウゴが探してるあの子の正体、君は知ってるんでしょう」

「ウォル、ディ……お前……っ」


駿は目を見開いた。先刻冬吾が黒髪の少女――ルカの話をしていた時、ウォルディは彼女を見ていないと言ったのだ。

――彼は嘘を、吐いていた。そしてこの少年は、“一般生徒”ではない。


「……お前、何者だ」


悟って、駿はウォルディを正面から睨み付ける。制服に仕込んであるのは袖の中、スローイングナイフが一組だけだった。心許ないが、きっと戦える。


「俺もシュン君に、同じことを聞きたい」


ウォルディは再びにっこりと笑ってみせた。殺意も戦意さえも感じさせないその笑顔に、駿はどこか違和感を覚える。

秘め事を話す時のように人差し指を唇に当て、ウォルディは柔らかく囁いた。


「ねぇ、シュン君。ゲームをしないか?」



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