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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第五章《迷霧》
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第五章《迷霧》:籠鳥(1)

「どの制服にしますかネ? シャツにタイとベストでも爽やか! ああ、でも清楚さを出すならセーラーにしてもらったほうが……」


目の前でぺらぺらとまくしたてる人間に隠れ、沙南はげんなりと息を吐いた。

沙南と愛の部屋に入り浸って制服談義を繰り広げる人物は、先刻から自分の脳内を言葉にするのに忙しい。沙南に白の眩しいセーラー服を投げ渡し、愛に臙脂と深緑のリボンを交互に当て、あーでもないこーでもないと唇をひっきりなしに動かしている。

逃げるように泳がせた沙南の視線は最終的に、部屋のドアで停止した。次の瞬間、絶妙なタイミングで扉が開く。


「沙南ー、例の鏡の話なんだけど」

「……あれ?」


がちゃり、音をさせて部屋に入ってきた双子が首を傾げた。翠子と薫子はそっくり同じ仕草をして目の前の珍人物を見た感想を述べる。

だれ? 二つのソプラノは綺麗に重なった。


「まあまあ! 素敵なヒロイン達こんにちは! 申し遅れましたワタクシ、映画研究サークル映像監督の山口と申しマス!!」


よろしくネ!

語尾に星のマークが散りばめられそうな勢いで言い放った彼女は、まごうことなきこの“学園”の生徒である。

愛がバスケットボール部のチームメイト、志田渚と(半ば強引に)交わした契約は“あんな事件”が起こったにも関わらず実行されることになった。協力の報酬に提示されたもの――とくにあの、図書室の禁書庫について――の価値を思うと、無下に断るわけにも行かないというのが一番の要因だ。

全面的な協力を了承した翌日、愛たちメンバーのもとを訪れた渚は数人の新たな人間を引き連れていた。今ここにいる“自称”映像監督、山口女やまぐち うるきもその一人である。

平凡な姓に性別が一目瞭然の珍妙な名前を併せ持った、彼女もまた愛な沙南と同様“特別選抜”の生徒だ。ただし単純な一芸などではない――彼女はその頭脳を買われて入学した、正真正銘の天才だと言われていた(嘘っぽい、と愛は思っているのだが)。

“女”と書いて“うるき”と読む。字面があまり良くないことを気にしてか、姓と合わせても総数九画にしかならない単純な名を嫌ってか、本人が名を漢字で表記することは滅多にない。


この、自称映像監督と翠子達は今日が初対面だった(既に一度面通しは終えていたが、受けている授業が一人一人で違うため、全員が一度に顔を合わせることは難しかったのだ)。

素敵ツインズ! とわけの解らないことを叫んだ後、うるきは二人に向かって何やら衣服を放り投げた。彼女の持ち込んだトランクは内部が四次元なのか無尽蔵なのか、とんでもない量の衣裳が詰め込まれているらしい。

ちなみに大した人数がいるわけでないこの映画研究サークルでは、映像監督がメイクと衣裳も同時担当しているのだった。


「――うるき、それもう良いから」


話が進まないんだけど。

気配が掻き消えてしまうほど静かに事の成り行きを傍観していた渚の一声によって、どうにか着せ替えショーには終止符が打たれた。うるきは不満げに唇を尖らせた後、渋々衣裳(といっても制服だが)を片付け始める。

と、そこに控えめなノックの音が鳴り響いた。愛がどうぞと声を掛ければ、開かれたドアの隙間からまばゆい金色の髪が覗く。


「わぉ、マリリン!」

「こんにちは、アリサちゃんつれてきました」


高らかに叫び両手を上げて迎えたうるきに、朗らかに笑いかけ少女が入室する。その丸い瞳は淡い紫がかった色をしていた。柔らかな金のウェーブをカチューシャで押さえ付けた、その容姿はどこか“不思議の国のアリス”を想像させる。――少女の名はマリア・ウィンチェスター、映画研究サークルの一員だ。マリリン、はうるきが勝手に命名した彼女の呼び名である。

次いでマリアの後ろから顔を覗かせて会釈した、こちらはそのルームメイトだ。アリサと呼ばれた彼女は今回、渚たちと同じ班で学園展への準備を進めることになっている。


「はじめまして、邑智亜梨沙おおち ありさです」


ぺこりと礼儀正しく頭を下げた亜梨沙に、つられるようにして愛たちもお辞儀を返した。お互い顔は知っていても、こうして話をするのは初めてだ。


「……じゃあ、面子揃ったからはじめようか」


立ち上がって言う渚に一同は頷いた。

これから始まる本格的な“調査”と、それを追う形になる“撮影”。今日はそれに備え、お互いの交流を兼ねた打ち合せを行うのだ。

時間の都合で双方とも、メンバーが全員揃っているわけではない。沙南たち“七不思議”班はロアルと百瀬、絹華を欠いた状態だし、一方の“映画”班も渚とうるき、マリア、亜梨沙の他に残りメンバーが数人が控えているらしい。

各班の代表者は現段階で、愛と渚ということになっている。同じ部に所属するもの同士、連絡も取りやすいだろうという配慮からだった。


「とりあえず、ハイこれ」


言って渚が差し出したのは古びた大きめの茶封筒だ。愛は一つ首を傾げてからそれを受け取る。なにこれ、呟いて中身を覗き込んだ愛は次の瞬間目を見開いた。


「……これって」

「約束したでしょ」


愛が封筒から引き出した紙には、建物の見取り図が描かれていた。ここにいる誰もが見覚えのあるその造りは、間違いなくこの“学園”のものである。

うわぁ、と双子が揃って声を上げた。沙南もそっと息を呑む。こんなもの、いったい何処から。

――何故かは解らないが、この“学園”に見取り図は存在しない。教室の場所を示す案内図も、掲示板さえ見当たらないのだ。少なくとも、生徒の目に届く範囲には(だからこそ、何かが隠されているという噂が流れるのである)。

愛も同じ事を考えたのだろう、何処から手に入れたの、と硬い声色で問い掛けた。


「正確にはあたしのモノじゃなくて映研の――マリアが手に入れたやつだけど」


大したことなどないようにさらりと渚は言う。話を振られたマリアに視線が集まって、見つめられた本人は小さく笑った。


「なんでも、ないのですよ。前に図書室でたまたま、見つけて……コピー、しちゃいました。ひみつで」


にこりと笑った少女が首を傾けて、さらりとその金髪が揺れる。

マリア・ウィンチェスターはどこかたどたどしい、敬語混じりの日本語を話す。母国語でないのを努力しているのからだろう、ひらがなで発音されるその様は彼女をどこか幼く見せていた。

見た目も可憐なマリアであるが、性格のほうは多少大胆なようだ。無断コピーの告白をされ、愛は思わず封筒から手を離す。


「見取り図より、設計図って感じなんですよネ」


その紙をまじまじと検分していた、うるきが言いながらその一点を指し示した(うるきの口調はイントネーションがどこかおかしい。わざとらしい敬語が嘘っぽい、とまた愛は思う)。図の表面に薄らと引かれた鉛筆線。紙の端には筆記体で綴られた英語が這っていて、読めないが何かをメモしたもののようだ。

愛は紙の上部に視線を滑らせた。学舎の奥、第二図書室は容易に発見できる。そしてそこに描かれた、小部屋の存在も。


「この先“七不思議”組が調査に出る時は、ビデオカメラを扱える映研の誰かが必ず同行させてもらうから。うるきかマリアか……他のヤツかも知れないけど」


渚の言葉に頷きながら、愛は一つ首を傾げた。


「邑智さんは?」

「あ、あたし映研のメンバーじゃないから」


慌てたように亜梨沙が口を開く。

あたしのコトは亜梨沙で良いよ、そう愛に言った彼女は話によれば吹奏楽部に所属しているらしい。器材の扱いは専門外だと笑った後、亜梨沙はふと声を潜めた。


「……あのさ、東海林さん達は」

「呼び捨てで良いよー」

「じゃあ、お言葉に甘えて。愛たちが調べる噂の中に、女の子の話ってある?」


ぴくり、亜梨沙の言葉に反応を見せたのは愛ではなく沙南だった。息を詰めたのがわかったのだろうか、翠子が怪訝な面持ちで沙南を振り返る。


「一番有名なやつでしょ? もちろんやるつもりだけど」

「……実は、その女の子なんだけどさ」


――見ちゃったかも、あたし。


落とされた亜梨沙の告白に一同は騒然とした。マジで! 叫んだ愛とは反対に、沙南は無言で唇を噛む。


「いつ! どこで!」

「おとといの夜……四棟の自販機のとこ」

「四棟!?」


ここじゃん!

全員が揃って声を上げた。マリアと亜梨沙は沙南たちと同じ、ロアルを寮長とした第四棟所属の生徒である。ちなみに渚も同じ四棟、うるきはその隣の第五棟に部屋を持っている。


「アリサちゃんの言ってることは、たぶん、本当です。わたしもその場に行ったけど、もう誰もいなかったです」


続いたマリアの言葉に愛が小さく唸った。マジで幽霊なのかな、呟いた声は奇妙な沈黙に掻き消されてしまう。


「……でも、一人じゃなかった気がするんだよね。確かに長い黒髪の子はいたんだけど」

「……えぇえぇ?」


亜梨沙からさらなる情報を引き出そうとしている愛をよそに、沙南は眉を寄せて一人考えを巡らせた。

もとから触れたくない話題だったが、今はもっと不吉な予感がしている。亡霊と聞けば否応なしに、死んだ清川芽衣子を連想してしまうからだ。

この部屋に今はいない、ロアルと百瀬のことを沙南は考えた。わざわざこの噂の調査を選んだロアルと、百瀬の反応。

杞憂であれば良いのに、と沙南は思う。けれど自分の勘がなかなか馬鹿にはならないことを、長年の経験から少女は知っていた。


「調べるしか、ないんじゃないですかネ?」


そう楽しそうに零した、うるきの笑い声だけが響く。



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