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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第五章《迷霧》
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第五章《迷霧》:アンダーグラウンド


「……どういうことだ?」


開口一番、少年は呻くように言葉を紡いだ。

夜の闇がすっかり落ちた頃、こうして彼らは本来の顔を覗かせる。昼間に被っているのは表向きの、他人の目を欺き目立たぬことを目的とする姿だった。

偽物の制服に身を包んだまま駿は重たげに腕を組む。この服装のままでやってきたのは、万が一の事態に備えてだ。例えば運悪く、一般の生徒に目撃されてしまうだとか。

今少年の目の前には、二人の少女が立っていた。一人は肩まで伸びた漆黒の髪を持つ日本人、もう一人はそれとは対照的な、薄い銀色の髪をしている。

少女達は駿の所属する組織の一員、つまりは仕事仲間だった。巨大犯罪シンジケートの特殊部隊に所属する彼らは、普段は主に組織の敵との戦闘を請け負っている。今回この“学園”にやってきたのも任務のうちであったが、その目的はかなり奇異なものであると言えた。


「どう、って?」


問いながら、銀の輝きをツインテールに纏め上げた少女がことりと首を傾げる。おまけに一つ欠伸まで零したのは、こんな時間に呼び出されたことへの当て付けだろうか。黒髪のほうはおとなしく直立していたが、やはり少年の問いの意味をわかってはいないらしい。

今晩の駿はこの二人を、任務のうちとしての定期集会とは別用で呼び出していた。“学園”に生徒として潜入している駿とは違い、少女たちは今回裏方にあたる。白昼堂々呼び出すわけにもいかず、こうして夜中を選んだのだ。


「しらばっくれんな。……生徒に死人が出ただろう」


駿は渋い顔をして声を潜めた。あの一件で教師側や生徒の警戒が強まり、うかつに単独行動を取れなくなってしまったのである。

まったく、と少年は嘆息した。


「今回殺しは無しの予定だったろ。万が一そうせざるを得なくなったら連絡しろって、言ったじゃねーか」

「――それ、何の話?」

「…………は」


少女の口から言い訳が飛び出すとばかり思っていた駿は、その余りにもきょとんとした様子に目を瞠った。

ちょっとまて。思って少年は少女の顔をまじまじと見つめたが、その目が嘘を言っている様子はない。


「え、マジ、……え? ローザ、」


俺はてっきり、と駿は唇を噛んだ。彼にはあの生徒の死に関わったのが目の前にいる――ロザリーである、根拠があったのだ。

駿は清川芽衣子の遺体をその目で確認していた。教師がやってくる前に、単独でその死因を確かめていたのである。それが可能だったのは、芽衣子を発見した野球部員――不運な第一発見者となった彼が播磨亮平の友人であったからだ。

名を鹿島というその少年が清川芽衣子を見つけた後に向かった先は、教師でも警備員でも寮長の所でもなく、どうやら友達からは頼られるタイプらしい駿のルームメイトのもとだった。話を聞いた亮平が教師の所に走っている間に、駿は単身現場へと向かったのである。


「お前じゃ、ないのか?」

「ひっど! そんなわけないじゃんっ」

「……生徒が死んだのは知ってるけど」


憤慨した様子のロザリーの横で、もう一人の少女が口を開く。黒髪の彼女が身に纏っているのは普段の仕事着で、ここの制服とは違っていた。生徒に紛れて目立たないようにと渡していた擬似制服は、刀を提げられないという理由で結局着ていないらしい。腰に巻かれた帯刀用のベルトは、使いやすいように常着するスカートに縫い止めてあった。


「死因まではこっちに伝わってないよ。事故じゃなかったの?」

「…………銃殺だ」


駿は低い声で呟いた。

清川芽衣子の胸には一つ、小さな穴が穿たれていたのである。直径は一般の拳銃の物と同等、弾はおそらく身体を突き抜けずに、ちょうど心臓の中程に食い込んだまま停止していた。

だからこそ駿は、その弾丸の主がロザリーだと思ったのである。安っぽい銃一つで距離と破壊力を的確に弾き出し、確実に一発で相手の息の根を止められる――そんな芸当が出来るのは、駿の知る限りこの少女だけだった。


「銃……」

「だからあたしってわけ? シュンの単純。単純バカ!」

「だぁーッ! わァったよ、悪かった! ……んでチトセ、お前その情報源は?」


ぶぅぶぅ文句を言うロザリーの頭をぞんざいに掻き混ぜながら、駿は黒髪の少女に問う。千瀬は二人の様子に笑いを堪えながら、淀み無く答えを口にした。


「ミクだけど」

「……そうか」


彼女の情報なら間違いはない、駿はそう一人ごちる。ミクさえ事件の詳細を知らないということは、“学園”の対応が予想以上に迅速であったのだろう。

“学園”の創始者はルシファー首領の義父、グラモア・ウィル・ハーキンズである。彼の死後その所有権はロヴに移ったが、けして運営の実権全てをルシファーが握っているわけではなかった。

“学園”には独自の運営団が存在し、ルシファーとは別の組織として活動している。ルシファーはそのうち幹部数人と繋がりを持っており、また莫大な経済援助も行っているため裏工作に有利ではあるのだが。

ルシファー側が自由に出来るのは、特定の生徒の出し入れと簡易な内部視察程度である。清川芽衣子の死因も、一度“学園”側に隠されてしまっては確認は難しい。


「ミク達に、教えてあげたほうが良いんじゃない?」


駿が思考に沈んでいると、小さくロザリーが意見を零した。それに少年も同意する。

一般の生徒は普通、銃など所持していないはずだ。何者かに殺された清川芽衣子、それが意味することは。


「……面倒くせェことになりそう」




*




駿は少女たちの導くままに、“学園”の地下にある隠し部屋へと向かっていた。

“地下牢”の通り名で呼ばれるその場所は、“学園”側の人間にも殆ど知られていない。ロヴがグラモアから引き継いだ鍵をもってしか立ち入ることの出来ないそこはルシファーの任務における会議室の役割を果たしていたが、駿が足を踏み入れるのは今回が初めてである。

生徒としてこの地に潜入している駿は基本、その他のメンバーとは別行動だ。このような“緊急事態”に出くわしていなければ、通常連絡は無線と三日に一度の会合のみのはずだった。


「うへぇ」


その“地下牢”に続く通路の入り口を見た瞬間、駿は素っ頓狂な声を上げる。昼間は賑わいを見せる食堂の厨房、そこに立ち並んだ五台の大型冷蔵庫。その内一つが二十構造になっているなんて、一体誰が気付くだろうか。

冷蔵庫に三人もの人間が吸い込まれてゆく様は、傍から見ればホラーだと駿は思う。自分以外の面々が夜中にしか活動できないのはこういうわけか、と少年は一人ごちた。白昼堂々こんな場所から出入りなど出来るはずがない。

細く入り組んでいた通路は、やがてしっかりと開けて舗装された道になる。その先にあるのは全面がコンクリート壁に囲まれた“地下牢”そのものだ。雰囲気としてはルシファー本部にある〈ソルジャー〉達の自室、“監獄”に少し似ていた。

同じ牢獄の名を持つ部屋であるが、“地下牢”の方は本物だ。正真正銘、この島が昔軍事施設であった頃の牢の名残である。


慣れた手つきで扉を開けたロザリーの後ろから、覗き込んで思わず駿は嘆息した。少年が初めて目にするその内部には革張りのソファーと起毛絨毯、天井から下げられたシャンデリアの煌めきが床まで零れ落ちている。所狭しと並べられた柔らかなクッションは、一体誰が持ち込んだのだろうか。外界からの光は届かないものの、それは一見高級ホテルのスイートと見間違えるほどだ。


「……どこが牢?」


金の無駄遣いだ。呟いて思わず目蓋を半分引き下ろした駿を見て、少女たちがくすくすと笑う。瞬間、三人に柔らかな声が掛けられた。


「おかえり」


駿が顔を上げたその先には碧い瞳を持った少女が立っている。金色の直毛は珍しく、今は後ろで一つに束ねられていた。

――ミク・ロヴナス。その若さとは相反して、犯罪シンジケート“ルシファー”の設立メンバーの一人である。そのまっさらな瞳に見つめられ、駿は些か居心地の悪さを感じた。

そのミクの後ろからひょこりと、今度は長い黒髪の少女が現れる。あら、シュンまで来てるわ。どこか楽しそうに呟いて彼女――ルカは、部屋の中に三人を招き入れた。


(どうにも、)


落ち着かねェな、と駿は思う。目の前に現れたこの二人と、自分が同じ仕事現場にいるなんて。

――今回の“遠征”は今までに例を見ないほど特異な形態をとっていた。それを感じさせる最たる要因が、この任務に送り込まれた仰々しいまでの面子である。

目の前の二人は駿や千瀬、ロザリーをはじめとした実働部隊〈ソルジャー〉とは違う、幹部格の人間だ。幹部たちが直接仕事現場にやって来ることは、駿の知る限りこれまで一度もなかった。

さらに、今回この“学園”に送り込まれているのは今ここにいるメンバーだけではない。事前に聞いた話によれば外部からの応援も手配しているらしいし、ミクと同じ〈マーダラー〉に所属するジェミニカ・アルファーナは既に潜入済み。〈ソルジャー〉からは補助要因としてオミまでもが駆り出されていた。


(オミ、ねぇ)


派手な浅葱色の髪を黒に染められていた、あの姿を思い出して駿は一人笑う。オミの年齢は千瀬やロザリーより下だったが、今回は裏方ではなく生徒に扮する役割を担っていた。要は駿の同胞だ。


(だってチトセやローザは、)


彼女達は、迂闊に生徒と接触できない。それを思い返して駿は眉を潜める。自分だってけして、目立つ動きは出来ないのだけれど。


――さて、そこまでの人材を派遣してまで成し遂げようとする、問題はこの任務の目的である。“学園”にいることが不自然でない年齢の主だった戦力を総動員してまで、ルシファーが成し遂げたいこと――――それは、ルシファーに深く関与する“あるもの”の奪還であった。

“それ”の正体が何であるのか、駿は聞いていない。彼だけではない、千瀬もロザリーも、おそらくはオミだって知らないだろう。

事の詳細を知るのは幹部だけ、駿たち〈ソルジャー〉はそれのサポートとして動いている。一方は生徒の視点から、もう一方は裏側から。

ただし駿は、全てを知らないわけではない。この件に深く関わっている、日本人がいることを知っている。


――男の名は、ツネヒコと言った。


前回日本遠征に出ていた、日向ハルが椿とともに調べていた人間である。ルシファーはここ数年の間、血眼になって彼を探していた。

ハルがそれを駿に伝えたのは気紛れだったのだろう。けれどお陰で駿は、この遠征の目的を見失うことがなかった。


(ツネヒコは、ルシファーから“何か”を奪って行方を眩ませた)


そしてその逃走先が、この“学園”だとしたら。


「――何か話があるんでしょう?」


革のソファーに身体を沈めていた駿は、その声にはっと意識を取り戻す。気付けば目の前には紅茶の入ったカップが並んでいた。どこが牢なんだ、少年はもう一度思う。


「……あぁ。ちょっと、気になることがあんだけど」

「――メイコ・キヨカワのことね」


遺体を見たのね?

ミクに全てを見透かされていることを悟って、駿は小さく頷いた。この少女はやけに勘が良い。もしかしたらそれはもう、勘の領域を出ているのかもしれなかった。


「……アレは他殺だ。弾痕を見た」

「やっぱり――……」

「ウチの連中の仕業じゃないんだな?」


首を縦に振って、静かに肯定する。ミクの仕草を見て駿は嘆息した。

嫌な予感程よく当たる。それは駿にとっても例外ではなかったらしい。マズイことになったんじゃねェの、そう呟いたのを聞き咎めたロザリーが首を傾げた。


「何がマズイの?」

「……お前のアタマ平和で良いなー」


めんどくせ。思いながらも銀色の輝きをぽかりと一発叩いた後、駿は再びその口を開く。

何だかんだ言って面倒見が良いのは彼の性分だ。横でつっ立っている千瀬も間違いなく、現状を理解していないのだろう。


「“学園”の規定で、生徒は武器凶器の類を一切持ってないはずだろ。武器持ってるのは潜入してる組織、俺たちルシファーくらいなもんだ。でも今回は俺たち以外に、殺しをやってのけるような奴が現れた――」


厄介な第三者が、潜んでいる。

その目的はわからないし、ルシファーの敵になりうる存在かも不明だ。ただ、見過ごすわけには行かないということは確かである。敵ならば敵と、早期に見分けなければならない。


「調べる必要が、ありそうね。まずはメイコ本人について」


じっと空中を見据え、何かを考え込みながらミクが呟く。

それまで微動だにせずその場を見守っていた、ルカが口を開いたのはその時だった。


「――チトセ」

「……は、はい!?」


突然声を掛けられて千瀬は仰天する。ルカは漆黒の瞳をすっと細めて笑った後、お願いがあるんだけど、と呟いた。


「お願い……?」

「殺されたメイコのルームメイトに接触して、彼女の話を聞いてきてほしいの。死ぬ前の行動や、最後に誰と会っていたか」


あたしですか!? 叫び声を上げた千瀬の訴えはさらりと流される。

確かに千瀬は適任であると言えた。女子寮に駿が行くのは憚られるし、ロザリーでは日本語が喋れない。この学校は日本人の割合が高く、圧倒的に日本語が普及している。様々な国からやってきている生徒の殆どが、日本語を扱えるのだから。


「つい先日入学してきた子よ。“学園”は生徒のプライバシーを堅く守るシステムが確立されてるから、それ以上詳しい個人情報は引き出せなかった――ロヴが直談判してくれれば良いんだけど、そんな時間はないし」


言ってルカは千瀬に一枚のメモを手渡した。実に用意周到である、本当ははじめからそのつもりがあったのだろう。

つくづくルカの考えは読めないと、傍観に撤しながら駿は思った。


「よろしくね。その子の名前は“アイジャ”」


千瀬は握らされた紙切れに視線を落とした。清川芽衣子の部屋番号が、流れるような字で綴られている。



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