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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第一章《始動》
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第一章《始動》:対面(2)

*


温かい湯気と茶葉の良い香が鼻を擽る。それを吸い込み、ほぅと溜め息を吐きながら、少女は自らの置かれた状況を分析してみることにした。


「別に用があって呼んだわけじゃないんだが、一応顔を見ておこうと思ってね」


男はのんびりとティーポットにお湯を注ぐと、茶葉を蒸らす間にテーブルに焼き菓子を並べ始める。甘味が薫り空間を満たせば、そこはもう素敵なティータイムであった。


「やったぁ、あたしそのお菓子大好き」


ロザリーが千瀬の腕を引いて躊躇うことなく席に着く。柔らかな椅子にふかふかと体を沈め、ロザリーは早速焼き菓子に手を伸ばした。


「……あの、これは一体」

「嫌いかい?」

「いえ……」


千瀬は満足気に微笑む彼にそっと目をやる。

ロヴ・ハーキンズは背の高い細身の男だが、服から覗く腕にはバランスの良い筋肉がついていた。

耳より少し下まである真直ぐな髪は黒みを帯びたブラウン。半月型の目は眠たそうに見えるだけで、何を考えているのかさっぱりわからない……とにかくお茶の準備をしていることだけは確かなのだが。

男は千瀬の想像よりもずっと若いようだった。どうみても三十路を過ぎているようには見えず、楽しげに紅茶を注ぐその様は彼を一層幼く見せる。ほんとに首領ですか、と尋ねたくなっても無理はない。


「どうぞ?」

「……いただきます」


ロヴはきっかり三人分の紅茶を入れると、自分は千瀬の向かいの席に着いた。ゆったりと足を伸ばして腕を組み、笑みを浮かべたままで千瀬の観察を開始する。

それきり誰も話さなくなった空間で沈黙だけが少女の耳に響いた。男に穴の開くほど見つめられた状態で悠長に紅茶など飲んでいられるはずもない。

助けを求めて横目でロザリーを見れば、彼女は幸せそうに菓子を頬張っているところ。ロヴは今だに、ただ千瀬のことを観察している。


「……何でしょうか」


沈黙とロヴの視線に堪えかねてとうとう千瀬は口を開いた。それを聞いた彼は幼い子供のような、無邪気な笑顔を少女に向ける。


「うん、良いね……気に入ったよ」

「?」


疑問符を浮かべる少女に、男はこっちの話、と笑ってみせた。


――良いものを見つけた、と思う。目の前で困惑している幼い日本人は、もちろん彼が迎えを差し向け連れてきた者だ。切り揃えられた艶やかな黒髪も世界を憂いているような伏せがちの目も、純粋に良いなと思った。この小さな少女の生き様は自分と仲間を満たしてくれるに違いない――これは予感に似た、けれど確信。


……本当は、理由はもう一つあるのだが。


漸く食べおわったらしく、几帳面に包み紙を畳んでいるロザリーを見てロヴは立ち上がった。


「俺のことはロヴで良い。最近はわりと平和でね、新しくどこか大手の企業をジャックしようかと思ってるんだ」


どう思う? と笑うロヴに、良いんじゃない? と返すロザリー。二人のやり取りを千瀬はただ目で追うだけである。


――その時だった。けたたましい音が鳴り響く。鼓膜を揺るがせるそれは甲高い警報のベルに似ていた。同時に、ロヴが壁に掛けられていた黒い物体を手にとって耳に当てる。

きっと無線か何かなのだろう。ロヴは二、三言なにか呟くと、コードによって何処かと繋がれているその物体を壁に戻した。


少女達が黙って見守る中、男は薄く笑う。その表情を目にした瞬間、千瀬は背筋が冷えてゆくような気がした。

その瞳の奥を少女は知っている。冷たく残忍さを帯びているその色は、闇で生きる人間のものだった。同時に感じてしまった既視感に眩暈を覚える。くらくら、する。


「ロザリー、近々仕事が入るかもしれない。戻ったら伝えておいてくれ」

「はぁい。じゃあ、今日はもう帰るね」


ご馳走様、と笑いながらロザリーは椅子から飛び降りた。それを見て千瀬も席を立つ。

――帰り道はどうするのだろう。まさか先刻の穴を這い上がるのだろうか? 

千瀬は思考を巡らせたが、それは杞憂であることがすぐに判明した。広い部屋の隅では重たげなドアが存在を主張している。ロザリーが迷わずそのドアノブに手を掛けた。


「ああ、チトセ」

「はい?」


続いて部屋を出ようとした少女を呼び止める声。振り返った千瀬に、ロヴは真顔で言い放った。


「菓子、持って帰るだろ?」


――少女が絶句したことは言うまでもない。




*




「よぉ、遅かったな」


監獄と呼ばれる部屋に帰ると、少女達を駿が笑って出迎えた。


「どうだった。ロヴって変なヤツだろう?」

「……ものすごく」


からからと笑う彼の声を背中に聞きながら、千瀬はそのままソファーに倒れこんだ。体がゆっくりと沈み込むのに合わせるように、意識もゆるゆると墜落していく。


(疲れ、た)


彼女の長い一日が、終わろうとしている。


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