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Project Beauty Plus  作者: 澤群キョウ
後日譚 「5 Years after」
9/13

◇ 2

「ようやく全員で飲める日が来たなあ」


 成人して十二年、オッサン代表の号田がしみじみと呟いた通り、集った若者たちは最後の一人、祐午が先週めでたく二十歳の誕生日を迎えて、全員がとうとう合法的にアルコールを飲める年齢になっていた。


「ビールって苦くて、どの辺がいいんだか僕はまだちょっとわかりません」

「若いな。青いな。そしてわかっていないな」

 なあ、と号田が礼音の背中を叩く。空手家はそれに、自分もあんまり好きではありません、なんて答えている。元副部長はチラチラと桐絵を見ており、見た目と雰囲気に現れた急な変化の原因が気になるようだ。


 その桐絵はガンガンと酒をあおり続けて、開始十五分で既にグダグダになってしまっている。

 とうとう空のジョッキを握ったまま机に突っ伏して、なにかブツブツと呟いているようだ。


「よう子さん、部長、なにがあったんですか?」

 さすがに気になって華恋がたずねると、よう子はため息まじりで答えてくれた。

「彼氏ができたのよね、二か月くらい前に。劇団の演出家の人らしいんだけど、そこからなんだか、急にこうなっちゃって」

「はあ……」


 華恋は思わず、良彦と顔を見合わせてしまう。

 祐午は空腹だったのか、運ばれてきた皿うどんに夢中になっている。


「生まれて初めての彼氏だし、随分年上の人だからまあ……、影響力が強いんじゃないかしら?」

「しょーなんれしよー、さしゃやあさんってば、すーんごいかーわいいのー、いひひひひ!」

 突っ伏した桐絵から大きな声で謎の独り言が発せられて、ビビる。

「そのうちちょっとは落ち着くでしょ」

 そう言いながら、よう子は心配そうに表情を曇らせている。

「ユーゴ、演出の人っていくつなの?」

「演出って、佐々山さんかな? 確か、四〇歳くらいだったと思うよ」


 礼音は明らかにショックを受けたようで、顔色が悪い。

「どうしたんだ不破。酔ったのか」

「いえ、なんでもありません」

 


 そのうち酔っ払いはスヤスヤと寝てしまい、話題の中心はおなかがいっぱいになってご機嫌な祐午にうつった。

「どうだった、ユーゴ。初めての主役は?」

「うん。緊張したけど、すごくいい気分だったよ」

 頬を赤く染めているのは、慣れないアルコールのせいか、舞台の高揚のせいなのか。

「脚本もすごく良かった。内容も良かったでしょう? ねえ、ビューティ」

「え? うん、面白かったよ。わかりやすかったし」


 友人の出演を応援する気持ちはあるが、時に小難しい、哲学的で抽象的すぎる内容だった時には感想に苦労してしまう。本人に伝えはしないが、「祐午自身は理解できているのか?」という疑問に圧迫されて、なかなか言葉が出てこない。


「今回の舞台は、エンターテイメント、っていう感じだよね。劇場も大きくて設備も立派だったし、本当に今回、僕はラッキーだったな」

「お前の実力だろ? 劇団の看板になってきたんじゃないの? テレビ進出まだー?」

 良彦のかるーい発言に、男前はいやいやと手を振っている。

「そう簡単にはいかないよ。テレビと舞台じゃ勝手も違うし、まだまだ僕は未熟者だから」

「そんなことないだろ? 舞台出身の本格派とか言われてる俳優なんていっぱいいるじゃないか」

「本当に器用な人だけがなれるんだよ、そういうのは。もっと勉強しないとね」

 目をキラキラと輝かせている祐午に、若鶏のから揚げを持ってきた店員さんがうっとりしている。

 相変わらず、夢みるパワーは衰えていないらしい。


 それにひきかえ、自分は。

 そんな気分で華恋は葡萄サワーをチビリと口にしている。


 結局、これはと思うものがないままなんとなく前に進んでいる。大学進学を決めたはいいが、どの道に進むかはかなり悩んだ。結局、父の手伝いができたらという理由で経営学部に進んで、そのうち宅地建物取引主任者の資格なんかも取ってやろうと勉強している。

 それが自分の進むべき道なのかは、正直言ってよくわからなかった。不自由なく暮らしているし、マジメに勉学に打ち込んではいるので、大学生としてはまったく問題がない。父の会社に入るか入らないかは別として、今の学びが将来役に立たないということもきっとないだろう。

 贅沢な悩みだと自分自身でわかっているけれど、スッキリできていない。


 宴の真っ最中にぼんやりしていると、目の前にキラキラの笑顔がぱっと現れた。


「ねえビューティ!」

「うわっ! ビックリしたっ!」

 華恋が大声をあげたせいか、祐午も驚いて後ろに下がった。

 いつの間に交代したのか、隣にいたはずのよう子は桐絵の背中を叩いていて、かわりに祐午が座っている。

「ごめん、驚かせちゃって」

「ううん、こっちこそ。なんかボンヤリしちゃってた」

 はははと乾いた笑いを漏らす四角い顔に、イケメンが微笑む。

「あのね、僕先週とうとう二十歳になったんだよ」

「そうだよね、おめでとう」

 実はプレゼントを用意してるんだ、と振り返ろうとする華恋を、祐午のセリフが止めた。

「だからまたデートしようよ。大人になったら行ってみようって言ってたでしょう?」


 赤くなって固まる華恋の背後で、プルプル震えて笑っているヤツがいる。

 良彦は手で口を押さえていたが、笑い声が漏れてしまっている。


「今度は酔った勢いで宿泊もできるから!」


 それよりも今は、目の前でとんでもない発言を続ける朗らかな青年を黙らせなくてはならない。

 こいつは大仕事になるぞ、という気合と、無理かも、という諦めを同時に感じながら、華恋は口を開いた。


「いやいやちょっと、……祐午君、そういう冗談は」

「なに、宿泊って。聞き捨てならない感じなんじゃないの?」

 案の定、良彦が楽しげに顔を突っ込んでくる。

「よっしー、僕は去年、ビューティとデートしたんだよ。だけど未成年だったから、バーで一杯ひっかけるのはダメだったんだ」

「それは知ってる。ねーちゃんから聞いたし」


 二人のデートの話題の流出経路は、美女井社長から不動産屋の事務員藤田優季、その弟という流れで間違いない。


「でも、もう大人になったから。デートでバーに寄っても問題ないし、寄った勢いで宿泊もできるんだ」

「なあユーゴ、それってなんなの? マニュアルかなんか?」

 祐午は笑顔で、去年のデートが劇団の座長の手によって仕掛けられたものだと説明していく。

「お前、それでミメイを選ぶってどういうチョイスなんだよ?」

「うるさいなあ、藤田! もうこの話題はやめようよ」

「聞いておきたいじゃないか! どう考えたっておかしいだろ? ユーゴならよりどりみどりなんだから」

「よりどりみどりって誰?」

 人名ではないことは、よう子が丁寧に解説してくれる。

「そんなことはないよ。僕はよくモテるんだろうとか、女の子に不自由してないだろうとか言われるけど、全然なんだ」

「わかる気もするけど、納得いかねえよなあ」

 良彦の発言に祐午はニッコリ笑うと、こう続けた。

「ビューティとデートしたあと、色々考えたんだ。この一年で、付き合ってくださいって子は何人かいたよ。それで、ちょっと試しに一緒に出かけたりしてみたんだけど、みんなすぐにやっぱりやめようって言ってきた」


 聞いている全員の顔から感情が消えていく。

 過去に散々見せつけられてきた、祐午の天然劇場を思い出しているのだろう。


「勘違いしてたみたいだから、やっぱりなかったことにしてって」

「ああ」

「ビューティだけなんだよ。僕を、そのまんまでいいって褒めてくれるのは」

 優しげな笑顔で話す友人の姿に、なにを思ったのか、良彦が華恋の背中を勢いよく叩いた。

「痛あっ!」

「ミメイ、責任取ってやれよ」

「責任ってなにさ」

 顔をしかめる女子大生に、良彦は大きく口を開けてゲラゲラ笑った。

「おいおい、大変な顔になってるぞ! ユーゴお前、これでいいのか?」

「いつものビューティでしょ?」

「……お前、大物になるぜ。絶対」

 急に真顔になって感心すると、良彦はまたニカッと笑顔を浮かべた。

「ミメイ、行ってこいよ。ユーゴと朝帰りデートにさ!」

「いやいや、ちょっと、なに言ってんだか。ねえ祐午君」

「ダメかなあ?」

「例のヒモパンはいて行けよ! なにせアウターに響かないんだからな!」

「うるっさいよ藤田は!」


 アホくさいやり取りに、とうとう礼音が笑い出している。


「朝帰りっていうのはちょっとアレだし、祐午君はもう有名人になってるんだから、こんな四角いのと歩いてたら評判に関わるっていうか……」

「じゃあお前のこと、すげえ美女にしてやるから。安心して行って来い」

「まあ、それはいいわね。私が勝負服を作ってあげるわよ!」

「レオさんアクセサリ作っといて。ゴーさんもいいよね?」

「俺は藤田君と会えるんならなんでもいいぞ!」


 演劇部の名物だった、勝手に盛り上がってすべてが決定していくシステムはまだ稼働していたようだ。

 華恋本人の意思は、一切反映されないのも変わりない。

 

 わあわあと騒ぐ若者達の中で、桐絵だけがまだ夢の中だった。

 

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