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Project Beauty Plus  作者: 澤群キョウ
番外編 
6/13

Be My Baby 後編

 女子大生と俳優志望のフリーター、二人きりの時間が始まった。


 まずは電車に乗り込んで、遊園地へと向かうというのが座長の考えたプランだ。海の近く、大きな観覧車が有名なアクセルランドに行くよ、と祐午は笑顔で華恋に話す。


 ニコニコと人の良さそうな顔を、華恋は照れながら見つめた。

 目の前の緊張した四角い顔を、祐午もまじまじと見つめ、考える。なにか、話しかけないと。


「ビューティはデートってしたことある?」

「え? ああ……。集団ででかけたことくらいはあるけどね」

「あるんだ」

「ま、でも、ロマンティックな要素は一切なかったよ。みんなそれぞれお目当ての相手とどこかへ行っちゃったし」


 しらけた気分で帰宅したあの日が思い出されて、華恋は顔を強張らせている。

 その様子を見る祐午は、頭の中で座長から出されたテーマについて思い出していた。


 ドキドキ ワクワク ウキウキ ハラハラ キュンキュン


 この要素について。自分だけではなく、相手も同じような気持ちにさせる努力が必要なはずだと祐午は考える。

 では、今苦い顔をしているビューティには、なんと言ったらいいだろう。

 ちょっとキザな、いい男なら、こんな場面でどんな言葉をかける?


「じゃあ……、誰かと二人っきりっていうのはビューティも初めてなんだね」


 効果的なセリフだったらしく、華恋の頬がみるみる赤く染まっていく。


「こっちは祐午君がデートしたことないっていうのが信じられないんだけど」

「僕は学校以外、ほとんど稽古に行ってたから」

「今は、バイト以外はほとんど稽古なの?」

「そうだよ。それに、一緒に過ごしたい女の子も別にいなかったし」


 これも効果的なセリフだったようで、四角い顔は軽く爆発した挙句プイっとよそへ向いてしまった。

 もちろん、華恋は恥ずかしくてとても祐午を直視していられないだけなのだが、そうさせた本人の意識は違う。


 もっと僕を見てもらわないと。ドキドキ(略)キュンキュンだ。


「今日は華恋って呼んでもいい?」

「ほふぅっ!?」

 返事ともつかない音を立てて、華恋は大きくのけ反っている。

「僕のことも祐午って呼んでくれていいから」

「……それはっ…………」


 大真面目な顔で自分を見つめる祐午に、華恋はかつてないほど焦った。

 頭の中で新しい宇宙が生まれてもおかしくないほどの大爆発が起きて、まともな思考はことごとく吹っ飛ばされていく。

 目をまわして参っている女子大生を、祐午は優しい微笑みを湛えて待っている。


 ようやく少し気分が落ち着いてきて、華恋はなんとか答えを出さなくてはならないと、黒煙をあげる頭を働かせていく。


 彼が今日求めているのは、恋人気分の疑似体験。所属している劇団の座長に受けた命令で来ている。これは芝居に、彼の俳優としての表現の幅を広げるために必要な経験をしてみようという挑戦であり、実際に自分と男女交際をしたいと求めているわけではなく、名前で呼び合うなどという行為をするのは本日、家に帰るまでなのである。なので必要以上に照れる必要はない。照れる必要がそもそもない。中学時代にやった演劇部の芝居と同様でしかなく、これは自分を頼ってくれた友人のために必要な修行なのである。名前で呼び合う程度を断るくらいなら、デートを引き受けたのがそもそもおかしいのであり、いいよと言った以上とことん付き合うべきだ。それが本当の友情! そう、友情! これは友情なのだ!!


「わかったっ!」

「ありがとう、華恋」

「ぐうっ!」


 キラッキラの笑顔の破壊力は今日も半端ない。華恋の頭の中で起きたビッグバンによって生まれた新しい惑星に、「ユーゴ」と名前をつけることになりそうだ。


「ねえ華恋、お昼はどうしようか」

「うう、……ゆ、祐午は、なにがいい?」

「華恋の好きなものでいいよ! 僕は好き嫌いがないんだ」


 こんなやりとりをしているうちに目的地に着いて、電車を降りるとすぐにアクセルランドの前だった。周辺にはレストランがぞろぞろと並んでいて、入園する前にどこかに入ろうと決まる。


「じゃあ、ここにしようか、ビューティ!」


 カジュアルな洋食系レストランを指差す祐午のセリフに、華恋は心底ほっとしていた。


 食事が終わったら、二人は十代の若者らしい遊園地デートに興じた。

 カッチカチだった華恋も少しずつこのシチュエーションに慣れてきて、一緒にコーヒーカップをまわしたり、ジェットコースターで叫んだり、ゴーカートをぶつけ合ったりしていく。


 彼氏なわけではないイケメンと二人きりのデート、なんてシチュエーションは自分には似つかわしくないイベントだと華恋は思っていたが、結局、相手はよく知った仲である祐午だ。

 中学を卒業してからも、出演する芝居があれば招いてくれていたし、行きつけの理髪店も同じ。時には良彦の呼びかけで相変わらず号田が奢りの演劇部OBの集まりだってあった。ボケボケの天然ぶりが健在の、朗らかな好青年というキャラクターにかわりがない気持ちのいい相手で、考えてみればそこまで緊張するような間柄でもない。


 暗闇の中を、二人で歩く。

 お化け屋敷なんてものに、華恋は緊張しない。横から出てきたオバケにキャアッ、なんて可愛い悲鳴をあげることを期待されていたらどうしようかと悩みつつ進んでいたが、杞憂に終わった。

「ぐわあああ!」

 古びた井戸から飛び出した死者を、祐午は大真面目な顔で見つめている。

「……手の動きとか、もうちょっと、恨んでる感じをもっと強く前面に出すといいですよ」

「えっ」

「せっかくここに血糊がついてるじゃないですか。もう少し強調したら、効果があると思います」

「祐午君! 行こう!」

 ディテールの甘いお化け役に説教をかます彼氏役の手を取って、華恋は足早に暗い道を進んでいった。


 そんなこんなで日が暮れてきて、お互いの横顔には青い影が落ちている。

「えーと、次はね」


 段取りは完全に座長の指示通りにするつもりのようだ。ミスコピーの裏のメモをふむふむと確認して、祐午はにっこり笑う。


「ディナーだね!」

「ディナーね」


 アクセルランドは海沿いにあるテーマパークで、大きな港が近い。他にもコンサートホール、大小さまざまなショッピングセンターがあり、立派なホテルもたくさん建っている。


「予約してあるんだよ、夜景のきれいなお店」

 お昼はノープランだったのに? と華恋は思うが、デートの場合、昼と夜だったら確かに夜の方が気合が入るものかもしれない。もう大人になろうという年齢なんだから。

「楽しみだな」


 気軽な気分でそう答えたが、連れて行かれた店に華恋はかなり、引いた。


「ここ?」

「うん!」


 フリーターと四角い女子大学生が入っていいのかな? と確認したくなるような、ホテルのかなーり上の階にあるリッチな店だった。

 祐午の袖を引っ張って店の入り口から離れると、華恋はデートにはふさわしくない質問を友人にぶつけた。


「あのさ、ムードぶち壊しで申し訳ないんだけど、お支払いとか……大丈夫?」

「大丈夫だよ。僕が払うからね」

「いやいやいやいや! いやいやいや!」


 チラリと見えたメニュー表、本日のオススメディナーのコースのお値段は五桁スレスレの四桁だったように見えた。さすがに奢られるには高額すぎる設定に、焦ってしまう。

 諭吉先生にスタンバイしてもらってはいるが、さすがに一食に一人出撃させることになるとは思いも寄らぬ展開だ。


「僕のお願いで来てもらったんだから。今日は、華恋は僕の恋人なんだよ」

「ちょっ……、なっ……、……あうっ」


 言いたいことが言えないどころか、なんと返したらいいかまったくわからない。華恋の脳内では焦りと照れと恥ずかしさ、嬉しさに萌えまでが入り乱れて戦いを始め、瞬時に全滅という悲惨な結果に終わった。つまり、結局どう返したらいいのかわからない。


「行こう。さっきも言ったけど、予約してあるんだから。もう時間だよ」


 ここでようやく、華恋は後悔していた。

 もっと可愛い格好をしてくればよかったとか。藤田に頼んでバッチリメイクしてもらえばよかったとか。

 メイクアップはちゃんとしてきていたけれど、当然、セミプロの腕には遠く及ばない。まさか祐午とデートするからいっちょ頼むとは言えなかったので我流で頑張ったのだが、この美しい夜景の見える店とハイレベルなイケメンと自分は、まるで釣り合っていない。


 港の灯りが見える窓際の席、薄暗いムーディな照明の下。 

 あっているのはせいぜい、背の高さくらいかな、などと考えながら華恋は窓の外に目を向けていた。


 そんな華恋を見ながら、祐午はまた考え、実行していく。ドキ(略)キュンだ。僕も、ビューティも。


「キレイだね」

「え? うん。そうだね。確かに!」

「華恋がね」

「それはないわ~!」

 真っ赤になって手をブンブンと振る四角い顔相手に、祐午は意識を集中していく。


 彼女は僕の恋人だ。世界で一番大切で、命を懸けてもいい唯一の存在。

 そんな人は、今までにいなかった。かけがえのない人。そんな風に思える女性と巡り会ったことがない。そういう相手がいたら、きっと幸せだ。いつだって一緒にいて、幸せにしたいし、幸せにしてもらいたい。

 ああ、それが恋か。そんな風に思える相手を得るのが。

 素敵だ。そんな誰かが、僕も欲しい。時にはケンカしても許しあって、嬉しい時には一緒に喜ぶ。

 座長の言う通りだった。そんな人がいたら、僕は無敵になれる。――世界は、もっと輝く。


 目の前のイケメンの異常な程の優しい微笑みに気がついて、華恋は慌てて席を立った。

「ちょっと失礼!」

 トイレに駆け込み、洗面台に両手をついて下を向いてしばし震える。


 なんじゃあれは。武川祐午おそるべし! おそるべしったらおそるべし!


 これ以上の相手は無理だ、という考えが頭をよぎるが、かといってここで勝手に帰るという展開もありえない。お一人様約一万円のコースをわざわざ窓際の景色のいい席に予約までして奢ってくれたというのに帰るんかい! と。ここで帰ったら、肝心の「バーチャル恋人体験」の肝の部分が台無しになってしまう。

 自分に与えられた使命を改めて思い出し、勇気を振り絞って華恋は席に戻ろうと決める。


 大丈夫だ。やれる。これは舞台だ。目の前にいるのは、演技に没頭するいつもの祐午君。恋人の「祐午」ではない。緊張をほぐす方法。そうだ、部長。たとえば今日、部長がこの役目だったとしたら、多分もう軽く八回は死んでいる。悩殺されたら死因は悩死? そんなんどうでもいい、私はまだ、生きている。心臓に毛が生えている、図太い神経の持ち主だから。伊達に顔と合わない分不相応な名前で生きてるわけじゃない。私は生きる。私は死なない! ……よし! いける!


「おまたせ」

「うん」

 すぐに料理が運ばれてきて、二人は和やかに食事を進めていく。

「美味しい!」

「本当だ。こんなの初めて食べたよ」


 見た目は王子様で通るのに、感想は庶民丸出しだ。おかげで心がやわらかくなり、華恋の緊張は少しずつとけていく。

 最後のデザートが出てきた頃には、二人の間に流れる空気もすっかり穏やかだ。


「良かった」

「なにが?」

「ビューティ、すごく難しい顔をしてたから。もしかして今日、迷惑だったのかなと思って」

「……あははは……」


 和やかな空気になってようやく、祐午の中にはそんな意識が芽生えていた。

 中学で部活の仲間だっただけの華恋に、恋人気分を味合わせてくれなんてわけのわからない頼みをしてしまった。


 ビューティには、僕よりも仲良しなよっしーもいるわけだし。


「迷惑なんかじゃないよ。慣れないシチュエーションだから、緊張しちゃってて」

「本当?」

「これが正子だったらそりゃーもう喜んで来てたよね。祐午君にエスコートしてもらえたら、大抵の女の子は喜ぶと思うよ」

「そうかな? 僕はいっつも気が利かないとか、そんなことばっかり言われるよ」 

「ああ……」


 見た目が先行しすぎて、振舞まで王子様みたいにしてほしいという思われてしまうのかもしれない。

 その気持ちも理解できる。確かにアホだし、なにを言い出すんだこいつはと華恋もたびたび思わされてきたが、責めるほどの過失とは思えない。


「祐午君はかっこいいから、みんな期待しちゃうんだろうね。でも、優しいし正直だし、いいところがいっぱいあるんだから。そのまんまでいいと思うよ」

 地味な顔に微笑を浮かべる友人の言葉に、祐午の心がほっと温まる。

「ありがとう、ビューティ」

「どういたしまして」


 名前を言われても正体がよくわからない「カシスとピスタチオのムース」を食べ終わって、祐午は立ち上がると華恋の手を取った。


「この後は、上のバーで一杯ひっかけるんだ」

 座長さんとやら、なにを考えとるんだ、と華恋は呆れる。

「……いやいやいや、未成年でしょ?」

「ああ、そうか。じゃあこれはできないね」

 その様子に、さすが祐午だな、と華恋は思わず感心してしまう。

「ええと、その次はね」

「次があるの?」

 締めに、駅前でラーメンか? なんて思っていたら違っていた。

「酔った勢いでそのままホテルに宿泊だって」


 まさかそんなプランを伝えられるとは衝撃的すぎて、華恋はブーっと噴出した。上品なレストランの入り口でこれはないな、と誰もが思うであろう光景が繰り広げられる。


「それもないよ! 酔ってないんだから! 今日は帰ろう、ね!」

「そっか。酔えないんだから、酔った勢いっていうのは無理か」

「そう! そうそうそうそう! さあ行こう!」

 

 予定よりもずーっと早い時間の夜の電車に揺られて、祐午は残念そうな表情だ。


「座長の計画通りにするのは無理だったね。僕は十八だってちゃんと言ったんだけど」

「まあ、平気で飲んでる人もいっぱいいるけど」


 座長がやれと言ったら朝帰りコースに進むんか! と言いたいところだが、華恋にそこまでの追求は無理だった。

 そこに、天然青年は更なる追撃をかます。


「じゃあ、大人になったら行ってみようか」


 再び、女子大生はブーっと噴出す。真っ赤になった四角い顔を下に向けて、友人へさすがに苦情を出した。


「祐午君、そこまで天然なのは、さすがに罪だと思うよ」

「え?」


 華恋からそれ以上の詳細な説明はなく、電車は駅へたどり着いてしまう。


 紳士らしく女性を家まで送り届けたら、デートは終了だ。

 ロッカーから取り出した大きな花束を改めて渡す。

 年齢と同じ数の十九本の薔薇の重さに、華恋は複雑な笑顔を浮かべている。


「ビューティ、ありがとう。今日は楽しかったよ」

「……私も、貴重な体験したよ」


 次にやる芝居を観にきてもらう約束をして華恋と別れ、祐午は家への道を歩いた。



 今日のデート作戦の成果。

 ドキドキはした。恋がどんなものか、わかった気がする。

 ワクワクはした。遊園地は楽しかった。

 ウキウキはした。芝居に来てもらう約束もしたし。

 ハラハラもした。ビューティが嫌な気分になってないか、心配だった。

 キュンキュンは……。

 そもそも、キュンキュンってどんな風だろう?


 暗い夜道を一人、祐午は歩く。通りなれた商店街を抜けて、自宅のあるマンションへ。


 そういえば、泊まるっていうのはちょっと迷惑そうだったな。

 僕は別に、ビューティとだったら平気だけど。

 

 そんな考えが脳裏に浮かんで、さすがの祐午も問題点に気がついた。


 ああ、そうか。



 それに気がついてもまだ、華恋となら平気だなという結論に至って、武川祐午はこの日、ちょっとだけキュンキュンすることにも成功した。

 

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