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Project Beauty Plus  作者: 澤群キョウ
番外編 
3/13

ダンディライオン

「あ、ちょっと不破君!」


 ビューティサロンGOD・Sの経営者である号田(あい)にこう声をかけられ、不破礼音はニ階へ続く階段の前で立ち止まった。

「はい」

「こっちこっち。ちょっと、メールが来てるんだ。見てちょうだい」


 自作の小物類の販売をGOD・Sの一角で始めてからニ年。

 髪飾りや小箱、鏡やストラップなど、パステルカラーに彩られた可愛いグッズは美容室にやってきた客に大好評で、クリスマスには品切れをおこしかける程度にしっかりと売れていた。同時に始めたインターネットでの通信販売も好調で、こちらではオーダーメイドの商品も受け付けている。


 学生であり、空手家でもある忙しい礼音に代わって管理をしてくれているのは号田家の面々、主に母である合で、本業である美容師以外の業務が楽しいのかイヤな顔ひとつせずにデコ小物ショップの運営に参加してくれていた。

「オーダーが入ったんですか?」

「ふっふー。違うわよ。早くおいで!」

 自宅から家へと続くスペースに置かれたパソコンの前に招かれ、礼音は座った。

「これこれ、ほら!」

 実は美容室に来たお客をほったらかしにしている合は、嬉しそうな顔で画面を指差している。


  WebShop DandeLion 様


 突然のメール失礼いたします。

 「We♪Love Handmade!」編集部、安田と申します。


 こんな文から始まったメールには、雑誌で今度ネット上で活躍するハンドメイド作家特集をすることと、礼音のサイト、ついでに作家本人に取材をして掲載したいがどうだろうか、と書かれていた。


「やったわね~。すごいじゃないの不破君!」

「ええ、あの……」

 作家本人に取材、の部分だけ断ってもいいだろうか。

 高校ニ年生のシャイボーイはそう考えていたが、無理だとすぐに判明した。


「OKって返事しといたから!」


 慌てて送信済みの一覧をチェックすると、かなり浮かれたテンションで引き受けることが書かれたメールがあった。

「困ります」

「どうしてよ? いいじゃない。有名になるチャンスだもん! 土日ならオッケーですって書いておいたからね!」

 号田合はうきうきと体を揺らして、待たせている客のもとへすっ飛んで行ってしまった。


 さすがに接客中に文句を言いにはいけない。

 大体、世話になっている人だ。

 オーダーメード品の注文を勝手にドカドカ引き受けて徹夜したこともあったが、その時は責任を感じたのか一家で梱包や雑用を引き受けて、一晩中付き合ってくれた。夫や息子もいい迷惑だったろうだろうに、一緒に作業をしてくれた。


 しかしそれはそれ、これはこれである。

「We♪Love Handmade!」

 そんなラブリーなタイトルの雑誌から取材を受ける?

 やってきた記者は引くのではないだろうか。こんなデカい図体の男子高校生が空手と並行してスイーツをデコデコしているだなんて。


 メールについていたリンクを辿り、件の雑誌のホームページもチェックする。

 今月注目の作家のコーナーがあり、そこにはOLをやめてハンドメイド作家になったとか、主婦業のかたわらに作ってますとか、顔写真つきで作者のインタビューが掲載されていた。

 サイト全体もとにかく女性的で、花とか刺繍とかホイップとかキラキラのラインストーンとか、ファンシーな雰囲気で満ち溢れている。


 ここに自分が加わることは許されない……!


 男子校なので、同級生に見つけられたりはしないだろうが、それでも自分が載れば場違いすぎて目立つ。そんな恐ろしい事態を避ける方法はないか、純情少年は作業場に移動するとシリコンの塊とにらみ合いながらしばらく考えた。



「どうしたんですか、レオ先輩」

 メールを送ると、すぐに頼もしい後輩がやってきてくれた。

 秋谷南高校一年、美女井華恋。彼女なら事情も知っているし、適任だと礼音は判断して声をかけた。

「雑誌の取材を受けることになってしまって。俺の代わりをやってくれないだろうか?」

「はあ?」


 華恋が四角い顔をくしゃっとしかめると、すぐそばで一休みをしていた号田剛がゲラゲラと笑い出した。


「ビューティになんの用かと思ったら不破、そんなことを頼むつもりだったのか!」

「先生は黙っててください」


 礼音は号田家の面々を、篤をマスター、合をアイさん、剛をなんとなく惰性で先生と呼んでいる。


「ビューティ、頼む」

「いやいや……。嘘はいけませんよ。大体こんな顔のやつだって思ったらみんな買い物してくれないと思いますけど」

「そんなことはないだろう。作品に顔は関係ない」

「……まあ、そうかもしれませんけどね?」

 仏頂面に号田がますます激しく笑い出し、ムカついた華恋に蹴りを決められる。

「よう子さんあたりに頼んだらどうですか?」

「よう子は服のコンテストなんかによく出ているし、入賞して顔が出たこともあるし、頼めない」

「部長は?」

「部長は無理だろう。多分、まともにしゃべれないと思うし、そのうち脚本家になったらやっぱり顔が知られるかもしれない」

「なるほど。私だったら世に出る心配はありませんもんね」

 どうにもフォローのしようがないところまで後輩を追い込んでしまって、礼音は慌てた。

「おう! じゃあ俺にいい案がある!」

「どうせロクなアイディアじゃないから聞かなくていいですよ」

 冷め切った女子高生のセリフはお構いなしに、号田がシャウトする。

「藤田君に可愛く変身してもらえばいいじゃないか! 架空のキュートなハンドメイド作家なら誰にも迷惑がかからないぞ!」

「ゴーさんが見たいだけでしょ」


 思いっきりバシンと突っ込まれている光景を見ながら、それはいいかもしれないと礼音は思った。

 架空の人物ならば誰にも迷惑はかからない。いや、良彦には少しかかるが。


「ビューティ、よっしーに頼めないだろうか」

「レオ先輩までなに言ってるんですか……。あいつが引き受けるわけないでしょ。大体、結構大きくなってますよ、あいつも。もう前みたいに可愛くは仕上がらないんじゃないかなあ」

「そうか」

 しばらく会っていないチビっ子少年の姿を思い出す。

「ヘタすると女装の人なんだなって勘違いされるかもしれないし、やめておいた方が無難でしょ」

「よっしーのお姉さんはどうだろう? 今、ビューティのお父さんの会社で働いてるんだよな?」

「うーん。確かにゆうちゃんなら引き受けてくれそうな気もするけど、左手の動きは完璧じゃないからどうかな……」

「ああ」


 あまり詳しくは聞いていないが、病気を抱えているという話は知っていた。デリケートな問題に触れそうな気がして、じゃあこの案は諦めるとして他に誰か候補がいないだろうか。


「……ビューティのお母さんはどうだろう?」

 さすがにこれには呆れたようで、華恋は乾いた声で笑った。

「もう諦めて自分で受けたらどうですか? 大体、顔は出さないでって言えば問題ないと思いますけど」

「いや、取材そのものも……、ちょっと恥ずかしいじゃないか」

「じゃあなんで受けちゃったんですか」

「それは」

 勝手に受けられたんだよ、と小さい声で返す。

「大丈夫ですよ。むしろこんな若い男の子が作ってたってわかったら、取材に来た人も喜ぶんじゃないですかね。意外性があってテンション上がっちゃうかも」

「そうだろうか」

「そうですよ。それに、どうやって作ってるかとか、どんなポリシーを持ってやってるかなんてレオ先輩以外に語れないわけだし。自分の作品に責任持つなら、やっぱり自分で受けないと」


 まっすぐ真剣に語る後輩の言葉に思わず頭を下げる。


 その通りだ。自分が未来に向けて作っている作品たち。みんな可愛い自分の子供のようなもので、それを他人に説明させるなんて、とんだ邪道な真似をしてしまうところだった。


 そんな反省をしてから、礼音は顔をあげて情けない表情で笑った。

「ビューティ、ありがとう。自分でちゃんと受けることにするよ」

「良かった。っていうか私、来た意味なかったですね」


 せっかくだからトリートメントしてよ、なんて気軽に言っている華恋の姿に思わず微笑む。

 来た意味はちゃんとあった。こうして、納得のいく結論をだしてもらったんだから。


 そしてニ週間後、礼音は号田家を舞台に生まれて初めての取材を受けた。

 一八〇センチを超える大きくて分厚いボディに最初はちょっと驚いていた編集部の安田さんからぶつけられる質問に言葉少なに、しかし誠実に答えていく。


「では最後に。ハンドメイドをやっていくのに一番必要なものはなんですか?」

 この質問に、礼音は幸せそうな微笑を浮かべてこう返した。

「友情です」


 編集部の面々は少しきょとんとした表情を浮かべたものの、大きな少年の清々しい笑顔につられてふっと笑うと、取材を終えて帰っていった。



 そして三ヵ月後に出た 「We♪Love Handmade!」に礼音のWEBショップとインタビューが掲載された。謎のシルエットが語るハンドメイドの秘訣はやけに男らしくて、それがかえって受けたのか、順調に売り上げを伸ばしている。もちろんその分、忙しさは増していく。  


 こうして不破 礼音は学生として、空手家として、世にも貴重な肉体派ハンドメイド作家として今日も充実した一日を過ごしている。

 

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