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Project Beauty Plus  作者: 澤群キョウ
番外編 
2/13

浮世床

 号田剛が理容師の免許を無事に取得したのは、短い教員生活に別れを告げた夏から半年ばかり過ぎた頃だった。


 記念に第一号にカットしてやりたい可愛い少年にメールを送ると、中学三年生になったばかりの藤田良彦こと愛しのスピリットちゃんは喉仏が出ているわ、声が低くなっているわ、さらにはオマケに近所に住む四角い顔の同級生を無駄に引き連れて来て、新米理容師はそれはそれはガッカリしてしまう。


「なんでビューティをつれて来るんだ」

「なんでって、当然だろ? 一人で来るとかありえないし」


 確かにそうだ。今までだって、彼が一人でここを訪れたことはなかった。自分が欲望をむき出しにして抱きつこうとしたり、そばでじっと見つめたり、笑っているところを写真に収めたりしてきた積み重ねがこの警戒であり、それはまったくもって当然のことだった。それは号田自身もよくわかっている。しかし、止められないものは仕方がない。


「免許ってそんな簡単に取れるもんなの?」

「学校行かなきゃいけないって、インターネットで見たけど」

 ニ人の中学生が疑いの目を向けてきて、それに対して号田はふふんと鼻で笑った。

「俺は大学を卒業した後、こっそり理容師の専門課程を受講していたんだ! 通信教育でな!」

「なにそれ。通信教育で理容師ってなれるもんなの?」

「ちゃんとそういう部門があるんだよ」

 号田は教師になろうと決心していたものの、結局理容師の世界から完全に離れることができなかった。父の経営する理容室にまったく客が来ないのが原因だ。長年やっている割に腕がイマイチな号田篤に客は満足せず、近隣に立ち並ぶオシャレな床屋さんに客をずっと奪われ続けていた。それをカバーするのは安い料金設定だったが、最近では千円払えばおつりが出るようなもっと簡単な床屋が台頭してきて、要するに父の店がピンチなのを号田青年は見過ごせなかったのである。

 

 理容師の父と美容師の母に、幼い頃からたくさんのことを教わった。というか、小さい頃から店の手伝いをさせられていた。店内の掃除、道具の手入れ、タオルの洗濯など、特にスタッフのいない父の理容室では息子の手伝いは貴重な戦力だった。

 そのうちにカットの仕方やシャンプーのテクニック、店内のあらゆる器具の使用方法もすっかり覚えて、いつの間にか号田はかなりの技術を身につけていた。母からは成人式、卒業式などの時に店にかりだされ、メイクアップの手伝いをさせられた。こうして幼い藤田少年が「美容関係はなんでも来いのお兄さん」としてちょっとの間だけ憧れた、モグリの理容師が生まれたのである。


「さあ藤田君、カットしようか」

「うん。じゃ、頼むわ」

「親父、こっちの四角いのを洗ってくれ」

「あいよ!」

 無事に息子が覚醒し、跡継ぎができて号田篤は上機嫌だ。ムカついた顔の女子中学生の髪を息子と並んで洗う。夢にまでみたシチュエーションに、涙まで浮かべている。

「剛、本当に理容師になったんだなあ」

「泣いてるのか。おおげさだな」

「ううう」

 泡だらけの状態で放置され、華恋はますますムカついた顔だ。


 可愛い少年と地味な少女のカットを終えてその後姿を見送り、号田親子は店内へと戻った。

 相変わらず客は来ない。静かな店の中で、ぼそりと父が口を開いた。

「なあ剛、店を改装しようと思うんだ」

「改装?」

「お前の腕があれば客もバンバン来るだろう? それなのにこんなオンボロの店じゃあなあ」

「確かにそうだな」

 遠慮のない息子の発言に父はショックを受けたような表情を浮かべている。

「そんな資金があるのか?」

「あるぞ。ある程度はな」

「ある程度っていうのはどれくらいだ」

「それは母さんに相談して決めるんだが……」

 弱々しい発言に息子はフフンと笑う。


 しかし、やっと腕のいい理容師が現れたヘアサロンGOD・Aは美しく改装されることに決まり、三ヶ月間の工事の後にオシャレな雰囲気の理容室へと生まれ変わることになった。



「へえ、キレイになったじゃん」

 隣のGOD・Sへ先輩作の可愛い小物を買いにやってきた美女井華恋は、新装開店を翌週に控えた新生GOD・Aを見学して笑顔を浮かべた。

「そうだろうそうだろう。来週は藤田君を連れてくるように」

「ちゃんと宣伝してるの? もしかして、オンボロ理容室がとうとう潰れたとか思われてない?」

「失礼なことを言うんじゃない」

 ちゃんと宣伝用のチラシを用意して、近所の商店街におかせてもらったり地道にポスティングをしたりしている。

「もし割引券とかチラシがあるなら、お父さんの店に置いてもらってもいいよ」

「なに?」

「不動産屋なんだよ。夏は引越しシーズンだからお客がいっぱいくるし、オススメ理容室だって渡してもらったらいいんじゃないのかな」

「ビューティ、お前は本当に……」

 いい奴だなあ、と思わず号田は下を向いた。もしかしたらこの四角い中学生は、こんな提案をするために来てくれたのかもしれないと思ったのだ。


 思えば、自分が男子中学生にスリスリしようとしていることも、気持ち悪いと言いつつたまには応援してくれていた。こいつを味方につけておけば、いいことがあるかもしれない。


 妙にマジメな顔になった元・先生に、華恋はニッと笑顔を浮かべてみせた。

「ゴーさんはせっかく腕がいいんだから、お客来ないと勿体無いでしょ。もっと宣伝活動マジメにやったほうがいいよ。来たらみんなリピーターになるだろうし」

「そんなに俺を評価してくれているのか」

「おかげさまでもう針金呼ばわりされなくて済んでるからね」

 後姿だけなら超絶美少女を予感させる華恋に、号田は宣伝用のチラシと硬い髪用のシャンプーとリンスを持ってきて手渡した。

「割引チケットも作る。作ったら渡すから、お父さんにぜひよろしく」

 娘と同じく硬い髪質の父にも、このサロン専売品は役に立つだろう。

「あとは、カッコよくカットしたモデルの写真とか置いたらいいんじゃないの? オシャレな床屋ってそういうのバーンって飾ってるよね」

「ああ、確かに」


 理容室のリフォームで結構な費用がかかり、号田家は今現在ちょっと貧しい状態だ。

 写真だのモデルだの……いや、写真は自分で撮ったらいい。モデルは……。



 華恋がやってきた週の金曜日に、ちょうど夏休みに入ったばかりの演劇部のOBたちがGOD・Aに集結していた。

「もう先生じゃないんでしたっけ。じゃあ、なんて呼んだらいいんでしょう?」

「ゴーさんでいいよ、ユーゴ」

 祐午の質問に良彦が笑顔で答える。部活動を引退した直後の中学三年生は、これから迫り来る受験のプレッシャーからすこしだけ開放された気分でご機嫌な様子だ。

「で、今日はなんの用なのかしら、ゴーちゃん。ただ単に改装祝いをするって感じじゃないけど」

 よう子の疑問はもっともで、集められたはいいがパーティの用意がされている雰囲気ではない。集合をかけられて律儀に集まった六人、桐絵・よう子・礼音・良彦・祐午、そして華恋は号田の返事をいぶかしげな表情で待った。

「これから、この新生GOD・Aのためにかっこよくカット・アンド・セットされた君達の写真を撮らせてもらう!」

「え?」

 一人だけ、心当たりのある華恋が一歩前に出た。

「もしかして、この間言ったやつのこと?」

「そうだ。紺野と、BG、ユーゴに不破! お前達をものすごくカッコよく、もしくは美しくセットするから今日は覚悟しろ!」

「俺は?」

「藤田君はメイクを頼む。もちろん、謝礼はさせてもらう!」

 ちょっと意外な申し出に良彦はほえーっと小さく声をもらした。

「私は?」

「お前は雑用だっ!」

 その言葉と共に、華恋に千円札が二枚突きつけられる。

「とりあえず飲み物とかつまむものを買ってきてくれ!」


 ムカつきつつ、華恋は結局それを受け取って買出しに出かけた。礼音が自分も荷物を持とうかと申し出たが、時間が勿体無いという理由で阻止される。

「今日はカラーリングもするから、早速始めるぞ!」

 号田がこう宣言すると、美少年は不安そうな表情を浮かべた。

「そんな。髪を染めたりしたら校則違反になっちゃいますよ」

「夏休みだし、ちょっとくらいいいだろう?」

「お母さんが心配すると思いますし」

「うーむ。仕方ないな、じゃあ武川は中学生だし、黒で行こう! 不破、お前は逃さんぞ。散々世話をしてやってるんだからな!」

「その……写真は百歩譲っていいとしても、染めるのはちょっと。父親になんと言われるかわかりませんし」

「ったく。みんなどんだけいい子ちゃんなんだ! BG、お前はいいだろう?」

 よう子も肩をすくめ、大げさにふうとため息をついて答えた。

「ダメよ。サンダーのお母様に嫌われたら困っちゃうわ。せっかくうまくいってるんだもの」

「なにっ!? じゃあ、カラーリングは無理なのか……」

 ガックリとする新米理容師に、こっそりそばで様子を見ていた父・篤がそっと声をかける。

「もう一人いるじゃないか。そこの、メガネの子が」

「えっ?」

 さりげなく名指しされた桐絵は、緊張した顔で号田を見つめた。

 絶妙な空気が店内に流れる。そして後ろの方でよう子がこっそり、祐午に耳打ちをした。

「部長、髪の色を染めたら印象が変わってますます素敵になるかもしれませんよ」

 先輩の指示通りのセリフが美少年の口から飛び出す。すると桐絵は不安そうだった表情を一変させ、キリリとした目で号田に向かって頷いた。

「やります」

「おお。絶対断られると思ってたのに。ありがとうな、紺野。校則は大丈夫か?」

「大丈夫です」

 急にやる気の塊と化した桐絵からまずはシャンプー台へとあがる。そこに、華恋が汗だくで戻っていた。

「ビューティご苦労! じゃ、次はこっちでちょっと手伝ってくれ!」

「はあ?」

 休む間もなく、ドリンクの準備やらタオル持ってこいやら、ついでに関係ない細かい部分の掃除まで命じられ、しかし華恋はブツブツ文句を言いながらもしっかり働いた。

「藤田君、BGから頼む」

「テーマは?」

「BGはキュートな小悪魔のサマーバケーションでいこうか」

 とんでもない単語にブーっと雑用係が噴出す。

「祐午君はどんな感じでいくわけ?」

「武川はそうだな……、知的な美少年、バカンスIN北欧って感じでいくか」

「バカンスインホクオウ?」

「不破は、ボートに乗った若大将、紺野はセクシー女スパイ、日本上陸で決まりだ!」

 あんまりなタイトルに最後は全員で笑いをこらえきれなくなって腹を抱えた。しかしそれが収まると、号田と良彦は揃ってこれ以上ないくらい張り切りだした。

「じゃ、よう子さん、キュートな小悪魔でいくぜー!」

「頼んだわよ、よっしー」

 

 四人が全速力で改造されていく横で、華恋は時々感心しながら写真撮影のための準備をすすめた。店主である篤といっしょに大きな布を広げて、順番待ち用のスペースを改造していく。

「ごめんなあ、SFさん。手伝ってもらっちゃって」

「いいですよ。お世話になってるし。優待券ももらったし」

 華恋の言葉に、篤はふっふと笑った。なにか言いたげな顔をしていたが、きっと失礼なことを考えていたんだろう。

「あの、割引券って出来上がりました? うちのお父さんの店に置くってゴーさんが言ってたんですけど」

「ああ、SFさんのお父さんだったのか。不動産屋さんだって?」

「そうです。この辺の物件も結構扱いがあるから、まかせとけって言ってましたよ」

「ありがとうねえ、本当に。短い間だったけど、剛は先生をやりに行って良かったんだなあ。こんなに可愛い生徒たちに恵まれるなんて」

 本当はただ単に可愛い少年を狙っての犯行だったんですけどね、と言ったらどうなるのだろうか。このお父さんが一体どこまで事情を把握しているのか、さすがに華恋も聞くことができない。


 ああだこうだ散々指示を出されて、祐午とよう子はキメキメに、礼音と桐絵は照れながらも時折見せる真剣な表情の瞬間を見事に切り取られて無事にモデルの撮影会は終わった。すっかり日は暮れて、もう時間は遅い。

「いやあ、みんな見事に変身したな!」

 確かに見事だった。祐午は信じられないくらいかっこよく、礼音は男らしく、よう子はたまらなくキュートに、桐絵は誰だかわからないくらいクールな美女としてフレームに収まっていた。


「みんなありがとう。明日から早速飾らせてもらうぞ」

「ちょっとゴーちゃん、ただ働きさせる気?」


 配達されてきたタイム弁当の夜限定スーパー幕の内を食べながら、よう子は苦情を出している。


「レオちゃんは色々世話になってるだろうけど、私たちは違うわよ。お弁当一個くらいじゃあねえ」

「まったく……。BG、お前は本当にがめつい奴だな。せっかく可愛い顔をしているのに台無しだ」

「でもよっしーだけ謝礼アリっておかしいじゃない。ねえ、桐絵、ユーゴ」

 ニ人は微塵も同意できないらしく、コメントをできずに黙っている。


「じゃ、またボウリング大会しようよ。来週にでもさ! 謝礼とやらはいらないから、かわりにまたゴーさんのおごりで」


 良彦がニカッと笑顔を浮かべると、変態理容師はでれでれーっとして即座に頷いた。


「むしろこっちからお願いしたいくらいだ!」

 そう叫んで抱きつこうとしたら、もちろん、礼音に取り押さえられてしまった。


 取り押さえられたものの、号田剛は幸せな気分だった。

 ずっと悩んでいた自分の進むべき道が決まった。なにより、一時はすっかり避けられ、もう二度と会えなくなってしまったかと思っていた少年と仲良くやっている。


 明日からは、新しい店舗で新しい人生が始まる。

 短かったものの、教師として働いた日々も無駄ではなかった。

 やたらとキレイな顔の生徒ばっかり集まっててラッキーだったし。

 可愛い教え子と楽しく過ごせるのだから、ボウリング三ゲーム分おごるくらい安いものだ。


 愛用のバズーカで撮影した写真は翌日早速大きく引き伸ばされて、新装開店した理容室の店内を美しく飾った。


 時ノ浦駅前にあるヘアサロンGOD・Aは、息子の方の号田を求める客で毎日賑わっている。

 

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