◇ 4
一週間後、三田村家には五人のメンバーが集っていた。
改造を施される予定の華恋と、施す側のよう子、良彦、号田、礼音。ついでによう子の夫であるサンダーこと、三田村忠も同席している。
「じゃあ始めましょうか。忠さん、私は先に採寸しないといけないから、このジェントルメンたちにお茶を出してもらっていいかしら」
「もちろんだよ、よう子」
立派なお宅で、新婚さんのお部屋は広い。
エレガント極まりないティーセットが運ばれてきて置かれると、礼音がじっと凝視しはじめ、良彦はすっげーすっげー大騒ぎ、号田は無邪気なかわいこちゃんをうっとりとした顔で見つめた。
「あら、ビューティ。あなたって全然変わってないのね? スタイルの維持はどうやってしているの?」
「別になにもしてませんけど」
最終的に一六九センチまで伸びたのっぽの華恋に、小さな台に乗った一四八センチ止まりのよう子がメジャーを巻いていく。
「なにもしていなくてこれ? 恐ろしいわね。相変わらずお肌もキレイだし、手足が長いわ。マーサちゃんはそうでもないのに」
正子は女子の平均身長通りの成長を遂げていて、二人は顔もスタイルも、すっかり似ていない姉妹に仕上がっている。
「顔は全然違いますけどね」
「顔はどうとでもなるわよ」
ころころと笑いながら、よう子は採寸を進めていく。
人妻デザイナーは小さなメモ帳に数字を書き込みながら、嬉しそうにこう話した。
「久しぶりに大仕事だわ! ユーゴと並んでも見劣りしないように、最高の仕事をしないとね!」
その言葉に華恋は大きくため息をついた。プレッシャー以外のなにものでもない。
もうちょっと無邪気に、わーいイケメンとデート超ラッキー! みたいな考え方ができれば楽なんだろう。
理解はできても、実行するのは難しい。
「中止になりませんかね?」
「なに言ってるのよ、勿体無い。ビューティ、ちゃんと恋しないとダメよ? 女性ホルモン出していかないと、更年期が早く来るわよ!」
バシバシと背中を叩かれ、華恋は先輩の手痛い叱咤激励に耐える。
「言うことがオバサンくさくなってますよ、よう子さん」
「人妻ナメたら痛い目に遭うわよ?」
「……すいませんでした」
素直に謝る四角い顔に、よう子がまた笑う。
「そういえば部長は、大丈夫だったんですか? 結構酔っ払ってましたけど」
「体調は大丈夫よ。次の日ちょっと、二日酔いで気分が悪かったみたいだけど。恋の話の方はちょっと、大丈夫じゃないわね」
華恋は思わず、よう子の大きな瞳を見つめた。
その視線に気がついて、よう子は下を向いて、微笑むような表情を作った。
「仕方ないわよ、桐絵が選んだんだから。初めての交際だし、相手が悪いからきっとこれから大きな失敗をすると思う。だけど、それだってきっと桐絵にとっては貴重な経験になるわ。経験をもとに、もっといい台本だって書けるようになる」
「部長はもう、祐午君のことは諦めたんでしょうか」
気になっていたことを聞くチャンスが巡ってきて、華恋は胸にしまっていた言葉を吐き出した。
自分の大切な仲間が誰かを想っていたら、それは当然、「応援したいもの」になってしまう。
祐午と桐絵の間になにかが生まれるなら、応援しなくてはいけないと考えていた。
もちろん、号田のことは応援していないのだが。
「桐絵が今の彼と付き合いはじめたのは、ちょっと強引なアプローチがあったからなんだけど……。初めて男性に言い寄られて、あっという間に落ちちゃったのよね。慣れてないから流されるのも早くって、心配はしてる。彼が本当に好きなのかどうか、桐絵もわかってないんじゃないかしら?」
よう子はここで一旦言葉を切って、華恋を見つめた。
大きな瞳には、親友を想う気持ちがあふれているように見える。
「だけどね、ビューティ、じゃあ桐絵は本気でユーゴが好きだったかって言うと、なんだか違う気がするの」
「そうですか?」
わざわざ同じ劇団に入って、舞台までこなしているのに。そう考える華恋の心の内を、よう子は見抜いたようだ。
「だって、桐絵がユーゴを好きになった理由は、見た目の良さよ? 桐絵の理想の王子様の姿をしていたからってだけよ。二人が付き合ってみたら、どうなるか考えてごらんなさい。にっちもさっちもいかないに決まってるわ」
またころころと笑うよう子の声を聞きながら、華恋は想像を巡らせていく。
桐絵と祐午。二人の会話。……確かに、想像がつかない。会話の例すら思いつかなくて、華恋は唸る。
「確かに」
「でしょう? 桐絵にはぐいぐい引っ張ってくれるくらいの人が合ってそうだし、ユーゴみたいな子は、ビューティみたいなどっしりした女に育ててもらうのが一番なのよ。プラスと合うのはマイナス。天然で足りない美形と合うのは、しっかり者で落ち着いた四角い地味顔なんじゃないかしら」
「またそんな失礼なことを平気で言う……」
突っ込もうと思ったら、やけに顔の辺りが熱くて、言葉も勢いよくは出てこなかった。
つまり、華恋は照れていた。
なんでそんな、自分と祐午がうんたらかんたら。みんなして、なんでそんな、うんたらかんたらの状態になっている後輩に、人妻はうふふと笑った。
「ユーゴは大事な友達だし、仲間だもの。変な女の毒牙にかかる前に、ビューティみたいな頑丈そうなバリアが張ってあったら安心だわ!」
なんなんですか、とぶつぶつ呟く華恋の背中を、よう子が叩く。
「さあ、採寸はオッケーよ! 美女井華恋の変身計画会議をしましょう」
サンダーこと三田村忠にお茶を振舞われ、新婚生活のノロけ話をされていた三人は、よう子と華恋が戻ってきたことに顔を輝かせた。
「お待たせ! さあ始めるわよ。まずはテーマを決めましょうか」
「ビューティ、君にもお茶を用意しよう。よう子はいつものでいいかい?」
「お願いね」
部外者は雑用係に任命され、はりきって給仕役を始めている。
テーブルの前には既にホワイトボードが用意されており、「美女井華恋 最高のおデート対策会議」などと書かれている。
「なに、おデートって」
「ユーゴと並んで遜色のない美女にするんだぜ、お前のこと。ただのデートじゃないんだ」
華恋は呆れてみせたが、もちろん、良彦のペースは崩せない。
「よう子さんはもうデザイン決めたの?」
「いくつか考えたのよ。見てちょうだい」
服のデザイン画が五枚、テーブルに広げられる。決行は三月の中旬で、それぞれ、春がやってきた喜びがテーマなんだという説明がなされていった。
「これがいいんじゃないか? 背の高いビューティには似合いそうだ」
礼音がスマートなシルエットのワンピースを褒める。
「こっちも捨てがたいけどなあ。やっぱ可愛い系より、クールな感じがいいと思うよ」
パンツスタイルが大人っぽい一枚を良彦がピックアップし、
「俺は可愛い系の子が好きだがな!」
号田は自分の趣味について熱く叫ぶ。
「ユーゴの趣味がわかればいいんだけど。どうにも掴めないのよね、あの子は」
全員が、いや、号田以外がワイワイと議論を重ねていく様子を華恋はじっと眺めた。どうやら、着せられる側の意見は無視するらしい。
「どうぞ、ビューティ」
そこにサンダーがお茶を差し出してきた。
「ありがとうございます」
「よう子があんなに楽しそうなのを見たのは久しぶりだよ。おかげで、僕も嬉しいな」
嬉しそうに微笑む、人の良さそうなボンボンに和んでしまう。
その微笑みには、なんとなく祐午と同じにおいが漂っているように感じられた。
「サンダーさんはどのデザインが好みですか?」
「僕かい? 僕はそうだなあ、よう子の作るものはすべて愛しているよ」
この役立たず。という言葉を抑えて、華恋は更に質問をしていく。
「その中でも、これがピカイチっていうのは、あえて選ぶとしたらどれですかね?」
「そうだな。うーん、参るな、どれもよう子には似合わなさそうな気がする……」
どうやら選ぶ基準が違っていたらしい夫に、妻が微笑む。
「ビューティに似合いそうなのはどれだと思う?」
「うーん。ビューティに似合いそうなのは、これかなあ」
悩んだ結果、三田村忠は礼音が最初に良さそうだといったワンピースを指差した。
「じゃあそれで行こうぜ。細身のワンピースなら、紐パンが役に立つだろ、ミメイ!」
「藤田は黙ってろっ!」
「ビューティ、藤田君になんてことを言うんだ!」
「そうだよ。アウターに響かないんだぜ? ブーメランがそういってお前にくれたんだろ?」
「よっしー、そのくらいにしておけ。いくらなんでも下品すぎる」
ちょっと頬を赤く染めて、常識派の礼音が良彦を制する。
はーい、と舌を出して肩をすくめた良彦に、可愛いなあと号田が呟いて、いつも通りの気持ちの悪い流れの完成だ。
選ばれたワンピースは薄めのグリーンで行くと、用意していた布地をよう子が別室から持ってきて全員に見せる。それを確認して、礼音は写真に収め、良彦はメイクのコンセプトを決定し、号田は当日ゴージャスに決めてやるからまかせておけと胸を叩いた。
こうして対策会議は終了し、嬉しそうにわいわい語り合う仲間の横で、呆れるような、なんとなく楽しいような気分を感じながら華恋はお茶を飲み、少しだけ微笑んだ。