◇ 3
公演が終わった後の日曜日に、華恋と祐午のデートが行われることが決定してしまった。
華恋としては微妙な心持だが、祐午はいつも通りの笑顔を浮かべている。
今回は、良彦とよう子がデートプランを立てた。
もちろん、二人が勝手に盛り上がって決めただけの話なのだが。
取り出した手帳にさっと服のデザインを書き出し、よう子は嬉しそうに微笑んでいる。
今度のテーマはなににするか、三月だし、大人になった二人だからと、話はガンガン進んでいく。
春だからグリーンでと言われて礼音が頷き、良彦がメイクのイメージを語れば、号田もまかせておけと胸を叩いた。
「まったく、みんな勝手なんだから……。ねえ、祐午君」
「うん。すごく楽しみだね! ビューティ!」
こちらもまったく、華恋の意思がどうなのか確認する気はないようだ。知ってはいたが、改めて思う。本当にみんな、強引だ。
酔っ払ってふにゃふにゃの桐絵は、よう子を迎えに来たサンダーの車に乗せられていった。
残りは全員、電車で帰宅する。時ノ浦駅で号田と礼音が降りて、華恋は近所で暮らす二人とともにしばし車内で揺られる。
「なあユーゴ、お前ってミメイが好きなん?」
あと一駅で到着する辺りで出てきた突然の質問に、まず華恋が噴き出している。
「もちろんだよ! よっしーだってビューティのこと好きでしょう?」
「ごめんごめん。俺の質問の仕方が悪かったかなあ」
祐午の方はもう誰も文句をつけられないレベルのイケメンだ。
背も高くて、つり革の輪の部分が時折頭にコンコン当たっている。
良彦は大きくなっていたが、まだまだ可愛らしい顔をしていた。
少し小柄ではあるが、口元には常に笑みが湛えられているし、多くの人が大きな瞳から放たれているエネルギッシュなオーラに心惹かれるだろう。
そんな青年二人の共通点に、見た目がいい以外に「声が大きい」というものがあって、四角くて地味な自分が一緒にいるだけでもなんとなく引け目を感じるというのに、こんな会話をされたらもうどこに身を置けばいいのか、今すぐ隣の車両に逃げ込んでしまいたいと、華恋は身悶えている。
「それって恋愛感情としてなのか、って聞いてんの」
「あ、もう着くよ! ほら、駅だ駅! 降りよう、さあ降りようそして家路に着こう!」
華恋は二人の間に割って入って、会話を遮る。ついでに良彦には肘を入れておく。
「なにを大声で言ってんだ藤田はっ!」
「だって気になるじゃんか。いつの間に二人がそんなに進展してたのか、確認せざるを得ないだろ? そうだろう?」
「ええとねえ」
「祐午君、いい! 答えなくていい!」
「ミメイ、いいところなんだから黙れよ。お前も聞いとけって。人生に関わる重大な話だぜ、これは」
「いいって! もういいからやめてー。ホントにやめてー!」
やかましい三人の若者に、車内のあちこちから冷たい視線が飛んでくる。
「ほら、うるさいから。どう考えても。ね、もう、ほら、あれだよ、それは今度聞くよ。ねえ祐午君」
「そうだね。こういうのは二人の秘密だものね。その方がロマンがあるよ」
「そ。じゃあユーゴ、デートが終わったら詳細なレポートを頼むな」
「わかったよ」
秘密にする気ゼロじゃねーかこの天然野郎! と華恋が心の中で叫んだところで電車は駅に到着した。
時刻はもう次の日になりかけているくらいで、駅前の商店街には人気がない。
「ビューティ、よっしー、今日はありがとう。ビューティ、またね!」
「おう!」
「またね……」
二人とは逆方向に家がある祐午がひとり、去っていく。
「あいつ、お前のこと送っていくよとか言わないんだなあ」
「別につきあってるわけじゃないし」
「ははは。態度も昔と全然変わらないしな! すんごいスターになってもあのままかもね」
朗らかな笑い声が、終わりかけた冬の澄んだ空気の中に響いていく。
そして華恋は思い出していた。そうだった。スターになるかもしれない男だった、と。
「あんまりかわりがないから、超有名人になったらなんて想像できないよね」
「そこがユーゴのいいところだろ? いいじゃんか。お前、付き合っちゃえよ。カッコイイし正直者だし、浮気とかしなさそう。ちょっとアレなとこもあるけど」
勝手なこといいやがってと、華恋は大きなため息をついている。
「藤田と初めて会ってからもう七年経つけど、あんた以上に失礼なヤツにはまだ会ったことないわ」
「俺も! お前以上に四角い女には会ったことないぜ!」
ケラケラと笑う声は、あの頃よりも随分低い。ただ、内蔵されている成分に変わりはないらしく、華恋もつられて笑ってしまう。
「うるっさいよ、チビ」
「おお。ドチビからは成長してんだな!」
華恋がまったくもう、と呟いたところで、二人は美女井家の前に到着していた。
「んじゃ、またな!」
デートの前に採寸だのなんだのをしようという名目で、三田村さんの素敵な新居にお招きされていた。年度末はそれぞれ忙しいが、それよりもこんな愉快なイベントを逃す手はない、と良彦はおおはしゃぎだ。
「お帰り」
リビングに入ると、父から声がかかった。
「ただいま。まだ起きてたんだ」
「華恋がなかなか帰って来ないから、一応待ってた」
そいつはどーも、と言いながら洗面所へ向かう。手洗いとうがいを済ませて戻ると、父が珍しく台所でお茶を煎れて娘に出してきてくれた。
「祐午君だったっけ。彼の舞台を観にいってたんだって?」
「うん」
「面白かったか?」
「面白かったよ」
「そうか。お父さんも若い頃友達の舞台に呼ばれて何度か観にいったけど、わけのわからない内容のものばっかりだったよ」
「そういう時もあるよ。今回はかなり、わかりやすいやつだった」
正直な娘の言葉に、父が笑う。
「飲み会行ってたんだよな。そんなに飲まなかったのか?」
「ビールとサワー一杯ずつくらい」
そうかそうか、と父は微笑む。どうやら安心したようで、笑顔を浮かべるとお休み、と寝室へ去って行った。
そんなお父さんの安堵が破られたのは、三日後の夕食の後。
久しぶりに藤田家の姉と弟が美女井家を訪れて、六人で愉快に食事を済ませた頃に事件は起きた。
「そうだ。今度ミメイは朝帰りデートするんで!」
食後のコーヒーがそれぞれの前でアーチを描いていく。
激しく咳き込んだ後、美女井家の父は大声をあげた。
「よっしー君!?」
「いやいや、俺じゃなくて。相手は現在日本一のイケメンなんで!」
「藤田、ちょっとやめてよ!」
華恋は友人の腹部にいつもより激しくツッコミを入れ、赤くなったり青くなったりしている家族に情報の訂正を入れていく。
「朝帰りとか、しないから」
「朝帰りはなくてもデートはするの? おねーちゃん、誰と! マーサが受験の真っ最中なのにそんなハッピーなことしちゃうわけ!」
高校三年生の正子は大学受験の真っ最中だ。彼氏はいたりいなかったり、サイクルが早い。
「誰でもいいでしょ? ったくもう、藤田は余計なこと言いすぎ」
「そんなセンセーショナルな話題に食いつくなって言う方が無理だよ。華恋ちゃん、相手は誰なの? また祐午君?」
「正解! ねえちゃんに五〇〇〇点が入ります!」
トップに躍り出た優季がガッツポーズを決める。美女井家の面々は、朝帰りという単語のパンチが効いているらしく、まだどよめいている状態だ。
「華恋ちゃん、いつの間に祐午君とお付き合いを始めてたの? 一度家に連れてきてちょうだい。ちゃんとパパにご挨拶してもらわないと。それからじゃないと朝帰りだなんて、早いと思うわ」
「始めてないし。なんか流れでそうなったっていうだけで……」
母の言葉にどこからつっこむべきか悩んで、さすがの華恋も言いよどんでしまう。
「いいじゃん祐午君なら! マーサがかわりに行ってもいいよ! っていうか朝帰り、スーパーウェルカムだし!」
「こら、正子、なんてことを言うんだ」
父は顔を赤く染めて、まったく嘆かわしいとプリプリしている。
「だから、朝帰りとかはないし、デートもなんていうか『企画』だから。ほぼドッキリみたいなもんだからさ」
「お前、素直じゃねえなあ。いいじゃんか、ユーゴで。手を打っとけよ」
「なにそれ。そもそも、手を打つってレベルじゃないでしょ、祐午君は」
「ならもっといいじゃないか」
父と母と妹の微妙な視線を、シッシと手を振って散らす。ついでに、ニヤニヤしている藤田姉弟にはシャーッと歯を剥いて威嚇した。
「たぶん、よう子さんは勝負服のデザインもう完成させちゃってるぜ? レオさんも本気出すと仕事超速いし。俺だってこんなにやりがいのあるヤマは久しぶりだからな。行かないとか言うなよ? ユーゴだってノリノリなんだから」
「ノリノリなの? 祐午君は」
マーサが哀しげな声をあげ、それに良彦がご機嫌な声で答える。
「そう、超ノリノリ! なんてったって朝帰りもユーゴのご提案でーす!」
勝手な情報を流すんじゃない、と華恋が怒っても、良彦はイッヒッヒと笑ってまったく取り合わない。
デートの予定まではあと、二週間ある。その間、一体誰に、どう、なにを突っ込まれながら暮らさねばならないのか。
イケメンとのうきうきデート計画が控えているのにやけにブルーな気分になって、華恋は大きなため息を漏らした。