▼ブルージルコン▼
真っ赤になってうつむいたままのリサに新たな一面を発見して、トオルはニヤニヤと笑みが零れる。去年、出会った時から自分の女性像をこれでもかと破壊してきたリサの初めての女性らしい仕草。
そのギャップに、ふと、出会った日のことを思い返した。
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「神崎くん、ちょっといい?」
「はい?」
ジメジメした曇りの日が続く五月下旬、今年は早めの入梅だろうかとおもいながらトオルはロッカールームに向かっていた。今日は夜遅くまでの予約が入っているので午後からの勤務だ。
チーフに呼び止められて、神崎はロッカールームに入ろうとした足を止めた。事務所からチーフが手招きをしている。
「なんだろう?」と首を傾げつつ事務所に入ると、見知らぬ女性が立っていた。目が合うと軽く会釈される。
「今日は神崎くん午後からだから、今のうちに紹介しておくわね」
「はぁ」
黒いパンツスーツを纏った女性は、おそらく平均的な女性より背が大分高いだろう。襟足の長いショートカットを整髪料でさりげなく整えた風貌は、宝塚の男役をイメージする。
薄化粧の下に、隠しきれていない疲労が見えている。その表情から目を逸らすことができなかった。
「はじめまして、桜庭リサです」
「神崎トオルッス」
「こら、語尾と会釈の仕方に気をつけなさい」
その見た目に反して豪快に笑うリサにトオルは若者らしい首を動かすだけの挨拶をすると、チーフに窘められた。
大きく口をあけて一頻り笑うと、リサはアカネに言った。
「私なら平気ですよ」
「ダメよ、彼、今更生中だからきちんと躾けてるの」
「…前科持ち?」
「失礼だなぁアンタ」
「神崎くん、似たようなものでしょうが、それと、彼女あなたより年上よ」
左耳を引っ張られ、トオルは口を尖らせ抗議する。ブルージルコンのピアスが引っかかり、尋常ではない傷みが走る。
「アカネさん、ピアス引っ張らないでくさだいよ!!」
「ならきちんと挨拶しなさい」
「・・・神崎トオルです、よろしくお願いします」
「よろしい」
アカネは満足げに頷き、リサはフフと柔らかな笑みを浮かべる。ショートカットの髪が揺れて、どこか儚げに見えた。
その姿に、魅入られた。
バクバクする心臓と、自分の中に現れた得体の知れない独占欲にトオルは驚いた。
「顔合わせも済んだことだし、神崎くんは着替えてきてね」
アカネの声が聞こえないのか、トオルは身動き一つせずにリサを見つめる。やや釣りあがった猫目で見つめる図は傍からみれば威嚇しているようだ。
「あの?」
「聞いてる?トオルくん」
あまりにもリサを凝視するトオルに、思わずアカネは名前で呼びかける。ハッとしたトオルはすぐに「すみません」と謝り、ロッカールームへ入っていった。
「桜庭さんは今日一日彼について瀬戸さんのサポート、よろしくね」
「瀬戸さんのサポートですね?」
「そう、瀬戸ケンショウ、うちのカメラマンたちの責任者だから」
「わかりました」