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第四話:エマは真四角

この作品はフィクションです。作中に登場する人物・団体といった固有名詞は、私たちの世界のものとは関係を一切持ちません。

 アイツはときおり聞こえる副音声こと曲路の説明に耳を傾きながら、校内を歩いていた。

「左側――常磐木がかろうじて見える」

 曲路の言葉に、アイツは自然と窓越しに見える木に注視した。

 寒さと霜に苦しみを覚えているようにも伺える、深く刻まれたひびに似た幹の風格に幾ばくかの疲れが感じられもする。しかし、青々とした広葉を枝に付ける木――常磐木は感知せずの姿勢を崩さない。

「それが?」

「意味はないよ。ただ、見えたから」

 ぼそりぼそり、それが曲路の話し方の特徴だが、何故か内容は明瞭に聞こえるものだからアイツは不思議に感じる。

(……そうか)

 引っ越してくるにあたって、アイツはこの一帯のことも調べていた。

 常磐木のことも。

 住民に親しまれている地域のシンボルだ。

(初めて見たけど、いまは一月のはずだけど、違和感ねぇな)

 アイツは常磐木に吸い付く視線を、頭を振って、引き離した。

「左側」

(ん……)

「保健室」


 そして、本来の目的地へと到着した。引き戸を開くと、薬品棚に体を向けていた白衣の女性が振り返らずに応じてきた。

藍都白(アイツ・ツクモ)君。仮病に付ける薬は鎮痛剤じゃないわよ」

 声から推測するに、四十半ば。櫛では梳ききれない絡み合う髪は痛み気味だ。

「仮病使って、さぼる生徒を相手にしないといけないからね。でも、古文だから、真四角君の対応が正解かしら」

「ましかくん?」

「佐野間江馬の通称」と、曲路。

「うましか君よ。クラスの女の子が付けたの」

 教育者ながら、「上手いわよねぇ」とアイツと同世代くらいの感覚で笑いかける。

 振り向いた女性には小皺が数本見て取れた。

(勲章……でいいかな)


「初めまして、副担任の佐鳥夏菜(サトリ・カナ)です。女性の年齢はいつだって秘密よ」

「藍都白です。あの……」

「白衣着たって、わたしは副担任よ」

 アイツの質問を聴く前に、種を明かす。

「でも……」

 しかし、アイツは納得しなかった。

「はぁ……天野先生は」

「某映画の登場人物の名前をつけたんだな、って数年前の作品をあげましたよ」

「ハクって呼ばれたんだな」

 数年前は小学生だろうに、とアイツは呆れ、

「天野先生はボケたところがあるから」

 仕方ないわ、と佐鳥は自己紹介を終わらせようと――

「だって、わたしのところ、『ハイブリッド』ってないかしら?」

 しなかった。アイツの手にしていた座席表に佐鳥の視線が当たっている。

 副担任に決まった席はないが、申し訳程度に左隅に名前が、そして席に似せて四角く手書きで囲まれていた。

佐鳥夏菜(サトリ・カナ)……年齢不明。誕生日不明。『ハイブリッド』……確かに)

「天野先生は『ハイ』が付いていれば高級とでも思っているのかしらねぇ」

 困った子ねぇ、と腕組み口元に手を当てる。

「でも、だから、娘を預けたんだよね?」

(曲路……それは馴れ馴れしいだろ)

「あら、いらしていたの?」

 曲路の友達言葉に、いくら何でも相手は教師と、返ってくるであろうたしなめか説教じみた小言に警戒していたアイツは、予想に反する応答に、それを呟いていた。

「……敬語?」

「佐鳥先生を籠った三笠(ミカサ)の知り合いだからだよ」

 曲路がしっかりと補足する。

天野三笠(アマノ・ミカサ)。よく分からないふざけた好々爺のことだよ。それから、天野高次の親戚」

 次第に置いて行かれているような不安がアイツの背後に忍び寄るも、口を挟む機会は巡ってこない。

「三笠小父様はそれは不思議な魅力のある――」

「あれは単なる助平爺だよ」

(天野三笠ってやつは、そんなに重要人物なのか?)

「重要です、白君」

「皆無だよ、関係ない」

 佐鳥と曲路は、アイツの脳裏に浮かんだ言葉を拾い上げてはまるで反対のことを言い合う。

(って、心読んでるだろ!)

「読んでないわよ! と、あららら」

 しまった、と口を噤むも曲路が追い打ちを掛ける。

「そう、佐鳥先生は心を読むことが出来る。指向性のあるものだけらしいけど」

「妖怪……サトリ?」

「違うわ。でね、天野三笠は常磐木の柳田國男なのよ」

「言い過ぎ。三笠はただの流れ者」

「まあ、いいわ。何でも」

(お前が言うなよ!)

「佐鳥先生が良いなら」

(お前もか!)

 一気に脱力感の襲うアイツに、佐鳥は曲路のようにぽつりと言った。

「妖怪はいないわ。でも、人間の想像力は時にすごい創造力に変わるの」

 そこに、曲路が言葉を重ねる。

「そして、逆もあり得るんだよ、ツクモ。阿谷瀬の裏の家の名前を覚えているかい?」

(確か、……上納里とか)

「阿谷瀬さんの裏は上山さんよ」

 それは違う、アイツは反論しようとした。

 だが、曲路に真っ直ぐ見上げられて、返す言葉をついに口から吐くことは出来なかった。

お読み頂き、ありがとうございます。前の話で誤った展開を、少々強引に戻してみました。形は変わりながらも、主要な登場人物を出せたと今回は満足しています。次話更新は3/14予定になります。

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