第三話:ウゼンは曲路通
この作品はフィクションです。作中に登場する人物・団体といった固有名詞は、私たちの世界のものとは関係を一切持ちません。
(曲路通……人間。三月三日生。)
「へぇ、ツクモはトオルを知ってんか」
アイツの席から、左に一つ前に一つの位置に座る男子生徒がアヤセの驚きに反応した。
男女が交互に座る面白みの欠片もない席順を眺めていると、
「俺、佐野間江馬。天野的分類では『人間』だ」
椅子から体を離さないまま、佐野間が話しに割り込んできた。
(佐野間江馬……人間。四月四日生まれ。昨年転入)
「サノマっち、おっはよー。みゅふぃひひ、やっぱり転入の先輩としては新入りが気になるのかな?」
「なあ、トオルとはどんな関係なんだよ? 俺もあんまし話したことなくってよ」
「トオル君はね、人見知りする鼠に睨まれた子猫って感じだったんだよ~」
「なぁ、ツクモ。トオルはどんな奴だ?」
「にゃによ。あたしは無視かい、おやっさん!」
「俺はお前と同い年だ、おばっさんが!」
(アヤセ的分類では、男はおやっさんか)
おいおいと、アイツが思ったりしていると、曲路が戻ってきた。
「アイツはやけに通る声で副音声を垂れ流すのが得意らしいな」
「「……」」
(何だ、この沈黙は)
「ああ、トオルのことか」
「自分の名字を付けて話すから、何話しちゃってるんにょ? とか思っちゃった」
佐野間、アヤセの順で話しの途切れた理由を続けた。
「姓で呼ばれても無視するから、そのうち慣れるよ」
曲路が自席に座る。
「そういえば、上納里のおやっさん、だっけ? 何で亡くなったことにしたの?」
「ツクモは越してきたばかりだから当然だけど」
間違いなく、アヤセに向けた質問だったが、佐野間が答えた。
上納里さんは小太鼓を趣味としており、雨で外出が億劫な日に鳴らす老人――雨天限定の迷惑じじいだそうだ。
「歳いっちゃいるが、妖怪雷小僧ってここいらじゃ有名なんだよ」
「サノマっち。メタモルフォーゼなんているはずないよ」
(だから、けらけら笑わないでくれ)
「アヤセ。いくら海外に短期留学してたからって、無理矢理英単語を使うなよ」
そこへ副音声。
「阿谷瀬香澄は昨年の夏休み、アメリカに渡っていた。一学期と同一人物とは思えない、……今の性格になっていた」
どこか寂しげな物言いな曲路だった。
アイツがそんな説明に耳を傾けている間にも、アヤセと佐野間の会話が続いている。話題は、アヤセの問題発言から妖怪実在論争にまで移っていた。
(どうでもいいから。いねえよ、妖怪なんざ!)
アイツは肩を落としながら、二人の会話を左の耳から右側へ通過させることに徹した。
「二限は……」
「前」
指を差された訳でもなく、曲路の声に沿って黒板横のスペースを見て、アイツは絶句した。
ここは小学校か!
――そう突っ込むのを忘れる驚きがそこにはあった。
時間毎に仕切られた時間割表。休み時間までかっきり書き込まれたそこに、本日二限は「保健体育」と、加えて「ほけんたいいく」と読みまで振られて、手書きされていた。
「佐野間。中学って、保健あったか?」
「さあ」
佐野間は関心なさそうながらも、アヤセとの会話を中断させても応答した。
(意味ないけどね!)
「っていうかねん、ツクモ君。あれはブラフだから~」
「そうそう。次は古文なんだよ」
「はい?」
ブラフ。
――脅しあるいははったりのこと。
毎度のことながら、曲路の呟くには「副担任の仕業」と。
(……副担任、佐鳥夏菜。保健医)
「佐鳥先生がね、毎日ほんわか~な気持ちになれるように、って温い時間割表を作って貼ったんだよね、あれは」
にしし、と笑うアヤセが眩しい。
佐野間が同意を示している。
「古文の先生はおじいちゃんだから、挨拶したら?」
(一限の居眠りに続き、二限はバックレとな)
もはや、吹っ切れたアイツは立ち上がるなり、教室に入ってきた老人に腹痛を伝えて廊下に出た。
何故か曲路もいた。
「授業は?」
「保健室の場所、知ってる?」
「……」
お読み頂き、ありがとうございます。今回もどうにか間に合わせることができました。ちょっとばかり、予定と違う展開になっているのですが、進む方向に問題はありません。佐野間君を登場させた目的が曖昧になった程度です。次話更新は2/28予定になります。




