幼馴染の「看病イベント」が甘すぎた朝
「うまく騙されたぜ! 昨日までならワンチャンあったのに、くそっ!」
教室に入るなり、トオルに背中を叩かれた。
いつものだら話(意味のない話)メンバーが、今日も当然のように揃っていた。
「付き合ってないなら付き合ってないと言えよ」
「そうだぜ。俺も狙ってたんだからな。お前の彼女だっていうから諦めてたのに」
「そうだそうだ。幼馴染だっていうのも羨ましいのに、さらに彼女だっていうから話題に出すのすら遠慮してたんだぜ」
教室のざわめきの中、トオル、アキラ、ヒロシの三人に囲まれた。
いや、紗雪は彼女じゃないと言ったはずだよな?
「何の話してるの?」
男同士の話に紗雪が割り込んでくると、そのまま僕の右腕に抱きついた。
「ああ、紗雪が僕の彼女だって話をしていたんだけど。みんな、変な誤解をしてるような──」
「あら?」
紗雪が僕の発言を封じた上で、上目遣いで見上げてきた。距離の近さにドキドキしてしまう。ほんの20cm、すぐそこに紗雪の顔がある。
「昨日、告白してくれたから、もう彼女でしょう? どんな誤解があるというの?」
うん。確かに昨日、紗雪に告白した。練習だったはず──いや、本番だ。うん、紗雪は僕の彼女だ。
そう考えると急に頬っぺたが熱くなる。
「あら、どうしたの? 照れてるの?」
「うおう、独り身には毒だ!」
「ちくしょう、詳しい話は後で聞くからな」
「呪ってやる! お幸せに」
口々に捨て台詞を吐くと三人は自分の席に戻って行った。
何がしたかったんだろう?
「あら? 何も言わないの? じゃあ、私が言ってもいいの?」
「何を?」
「ありがとうね。私たち、幸せになります」
三人の後ろ姿に紗雪が声を掛ける。
直後、三人シンクロするように右手を挙げた。
「えっ、二人は幼馴染を超えて付き合ってるって噂──嘘だったの? えっ? 今付き合ってるから嘘じゃないけど、嘘だよね?? えっ、どういうこと?」
すぐ近くの女生徒の声が聞こえてきた。
僕と紗雪のことだろうか?
幼馴染ならそれなりにいるはず。自分の自意識過剰に呆れてしまう。
「えへへ」
僕の腕にしがみついてる紗雪が、なぜか悶えていた。ぐりぐりと顔を腕に押し付けてくる。
「おめでとう、お二人さん。ボクも嬉しいよ。うんうん。やっとくっついたんだね」
「もう、真琴ったら──」
気がつくと、いつも紗雪と一緒に行動している橘真琴さんが紗雪の横に立っていた。
「ちょっと、紗雪。わかってるでしょうね」
橘さんは一歩近寄ると真琴の脇腹を肘で突いた。紗雪が悶え、その分、僕に紗雪の重さと体温が伝わってきた。
「わかってるわよ。今度、パフェ奢るわよ。いいとこなのよ──」
「わかってるよ。邪魔する気はないさ」
橘さんは舌を出し、手を挙げると自分の席に向かった。
「毎度! お二人さん、末長くお幸せにね。バイビー!」
「ねえ、祐輔?」
めずらしく紗雪のしおらしい声がした。
「私のこと──好き?」
「そんなこと考えたことないな──」
不思議なことを聞いてくる。
紗雪の息を呑む音が聞こえた。
「当たり前すぎて──」
「祐輔のバカ!」
なぜかグーパンチで殴られた。
納得いかない。誰か教えてくれ──
────
「さあ、何かいうことがあるでしょう?」
なぜか僕は自分の部屋の中で正座させられていた。
仁王立ちの紗雪に反論なんて無理だ。
素直にうつむき反省の色を示す。
「僕は紗雪のことが大好きです」
「はい、もう一度」
「僕は紗雪のことが大好きです」
「もう少し感情を込めてみようか!」
「僕は、紗雪のことが──大好きです」
「うぬぬ、祐輔のくせに──破壊力が大きすぎるわね」
紗雪が訳のわからない独り言を言いながら悶えていた。
早く解放されたい。
「録音したからね」
「えっ?」
「動画じゃないだけありがたいと思いなさいよ」
「えっ? うん、ありがとう」
「うむ」
意味がわからないまま、感謝を述べる僕に対して、紗雪が仰々しくうなづいた。
言ってくれればいつだって言うのに、録音なんて必要だろうか?
「それ、必要?」
「どういう意味よ」
「もしかして、脅しの材料に使うとか? いや、紗雪には必要ないよね。今の状況を考えても──」
「何か言った?」
「いや別に何も」
紗雪の圧に負け、首を振り即座に否定する。
触らぬ紗雪に祟りなし。
「別に何に使ったっていいでしょう! 祐輔に関係ないわよ」
「だって──」
「何よ?」
「言ってくれたら、いつだって言うのに必要かな?」
「えっ?」
「言ってくれたら、いつだって言うって話だよ」
「うそ? 本当に!?」
「こんなことで嘘つく意味ある?」
「じゃあ、今言ってみてよ。もちろん、感情込めてよ!」
ムキにならなくても、これくらいならいつでも言うのに。
「僕は紗雪のことが──大好きです。世界で一番──大好きな女の子です」
「ぐぬぬ……祐輔のくせに、破壊力が──」
崩れるように座り込んだ紗雪が僕に倒れかかってきた。
慌てて抱きしめる。
「そのまま耳元で囁くように言ってよ。お願い」
珍しく紗雪がしおらしい。
突然の変化に戸惑いつつも言われた通り、耳に口を近づけると囁く。
「僕は紗雪のことが──大好きです。世界で一番──大好きな女の子です。小さい頃から──大好きだったよ」
「うそ、本当に? 私だけだと思っていたのに──」
「本当だよ」
「じゃあ、ずっと両思いだったの?」
「えっ?」
突然の紗雪の告白に僕は驚いた。紗雪が僕のことが好き? そんなことがあるのだろうか?
僕が紗雪のことを好き。それはずっと昔から、当たり前のことだと思っていたけど──
「でも、一度も好きって言われた記憶がないんだけど?」
「え、え、うそ? そんなことないわよ。祐輔のことはす、す、す──祐輔の馬鹿!」
僕を突き飛ばすと、紗雪はそのまま部屋を飛び出して行った。
そこまで──ショックを受けた僕は追いかけることもできずに部屋で固まっていた。
────
「お待たせ、行こうか?」
翌朝、紗雪は迎えにこなかった。朝のルーティンが崩れた僕は仕方なく紗雪の家に向かった。珍しく朝から吹雪いて視界が悪い。車のライトに気をつけて、なるべく車道にはみ出さないように歩く。
「今日は一人で行くわ。先に行っといて」
腫れぼったいまぶたで、寝癖が跳ねてる紗雪は久しぶりに見た。最後に見たのは小学校5年くらいかな?
「こんな天気の日に一人で行かせれるわけがないだろ? 僕を心配させないで欲しい。支度終わるまで待ってるからね」
「待ってても無駄よ。今日は休むもの。風邪で熱があるの」
それで目が腫れぼったいのか。僕は慌てて紗雪のおでこに手を当てた。うーん、よくわからない。寒さで手がかじかんで痛いくらいだった。
とにかく部屋に連れて行かなくては。
「きゃっ! ちょっと、祐輔!!」
紗雪の声が耳元でうるさく響くがそれどころではない。紗雪を抱えたまま二階へ上がる。勝手知ったる紗雪の家だ。階段を上がって右側突き当たり、紗雪の部屋に入るとベッドの上に紗雪をゆっくりと降ろした。
パジャマ姿の紗雪は着替えさせる必要がない。そのまま肩まで布団を被せた。
「熱があるんなら出て来ちゃダメだろ? まったく──じっと寝てなきゃダメじゃないか」
「──」
珍しく紗雪がおとなしい。運んでいる途中で間違えてどこかにぶつけてしまった?
「どこか痛い?」
「──痛いわよ」
「どこが痛い?」
「──言えるわけがないでしょう、馬鹿祐輔!」
紗雪に押された僕はそのまま紗雪の部屋を出ると氷嚢を取りに一階に降りた。共働きのおばさんはすでに出かけていない。勝手に冷蔵庫から氷嚢を取り出し準備する。ついでに寝ながら食べれる棒アイスも取り出す。
「──戻ってくれたんだ」
ゆっくりと目を開けた紗雪が僕を見つけて小さく微笑んだ。その笑顔は反則だと思う。惚れ直さない方がおかしい。その場で悶えそうになる気持ちを頑張って抑えた。
「うん? 帰るわけないだろ。氷嚢取りに行ってただけだよ。はい」
ベッドで寝ている紗雪に棒アイスを渡した。
「うん。ありがとう。ごめんね」
何か謝られた気がするけど、声が小さくて聞き取れなかった。それよりも紗雪の頭を冷やす方が大事だ。タオルを巻いた氷嚢を紗雪の頭にのせる。
そういえば小さい頃は逆のシーンがあった様な気がする。紗雪に看病されてた幼い僕──あの頃にはすでに好きになっていたんだよね。眠りに着くまでずっと手を握ってくれた紗雪。当然今度は僕がしてあげる番だ。
「!? 何よ──」
「ごめん。嫌ならやめるね」
確かに、棒アイスは片手で食べれるけど、だからといっていきなり反対の左手を握られるのは嫌かもしれない──
思い出に導かれてしたものの、そこまでは気が回ってなかった。自分本位の自分が嫌になる。ゆっくりと握っていた紗雪の左手を離した。
「ごめんね。ただ、心配なだけなんだよ」
「なぜ離すのよ。ちょっと驚いただけよ。突然握るから──」
「そうだね。ごめん、次からは声をかけるね。手を握るよ」
「うん」
改めて紗雪の左手を握る。改めて紗雪の温かさを感じた。それに小さい。こんなに小さかったっけ?
「冷たくて気持ちいい」
「それは良かった──」
「手のことよ」
「えっ?」
「冷たくて気持ちいいわ」
「あはは──」
温めるつもりで握っていたのに──妙に紗雪の左手が温かいとは思ったんだ。だけど本当に僕の手の方が冷たかったんだな。
「ふふふ、昔は私が看病したのにね。今じゃ逆になったのね」
「覚えていたの?」
「もちろんよ。あの時、祐輔ったら私のことを『ママ』って呼んだのよ」
「そ、そんなことは覚えてないよ。本当に?」
「ええ、嘘ついても仕方ないでしょう?」
「それじゃあ、今回は僕がママ? 男だからパパかな?」
「もう、祐輔ったら、相変わらずね。まあ、そんなところが好きなんだけど」
僕の幻聴か、紗雪の口から好きと言う言葉が聞こえた気がする。
──好き。
たった一言なのに嬉しすぎて、顔が赤くなっていくのが自分でもわかった。破壊力ありすぎだよ。
「どうかしたの?」
不思議そうな顔で紗雪は僕を見てくる。無自覚な紗雪が眩しくて直視できない。えっ? なんでだろう。心臓までバクバク言ってる。
絶対に紗雪まで聞こえてるよ。そう考えると恥ずかしくなってますます顔が赤くなる。
「変な祐輔。嫌になったらいつでも手を離してもいいからね」
「──離さないよ。このままでいいだろ?」
「えっ? うん」
「良かった──大好きな女の子の手を握ってるだけなのに」
どうして、こんなに嬉しいんだろう。
「──」
「手を繋いで登校してる時は平気なのに」
どうして、こんなにドキドキしてるんだろう。
「──」
「僕は紗雪が好きで」
紗雪が僕を好き──好き!? 本当に? 思わずほっぺたをつねった。痛い!
夢じゃないようだ。
「夢じゃないんだね」
「──夢にしたいの? 私は嫌よ、絶対に。祐輔が何を言っても絶対に」
紗雪が、そっと握り返してきた。
『二人のじゃれ愛は今日も止まらない』
Fin(続く)




