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6.おばけキャッチは総合格闘技 その1

毎日12時更新


【登場ゲーム紹介】

おばけキャッチ

めくられたカードに対応したコマを間違えずに素早く取るのが目的のゲーム。

『チェックメイト』でのバイトにも、季節が一つ巡るほどには慣れてきた。


 俺、相田 潤は、もはやちょっとやそっとのことでは動じない鋼の精神(という名の諦念)を手に入れた……はずだった。

 だが、この店の「日常」は、俺のちっぽけな成長などあざ笑うかのように、常に斜め上の角度から殴りかかってくる。


 先日の『アヴァロン』事件以来、俺は常連たちから「沈黙の預言者」だの「盤上のトリックスター」だの、ありがた迷惑にも程がある二つ名を授かってしまった。

 そのせいで、俺がただコーヒーを運んでいるだけで、「ほう、あの歩き方…何か策があるに違いない」「今のカップの置き方、我々に何かを伝えようとしているのか…?」などと、勝手な深読みをされる始末。


 やめてくれ。俺はただの時給1500円のバイトだ。


 だから今夜も、俺はカウンターの隅で気配を消していた。

 今宵のテーブルでは、権田さんと冴子さん、そしてメガネの影山さんたちが、何やら重厚な箱を広げて唸っている。ボードには無数のコマとパラメータ。説明書は、もはや六法全書並みの厚さだ。


「このリソース管理が…」「いや、この拡大再生産フェイズで……」


 聞こえてくる会話も、もはや異世界言語だ。

 まあいい。ああやって小難しいゲームに集中してくれている方が、物理的な被害がなくて平和だ。俺はそう高をくくっていた。


 カラン。


 その時、ドアベルが軽やかな音を立てた。

 入ってきたのは、見慣れた常連たちとは明らかに異質な存在だった。


 ふんわりとしたワンピースに、少しはにかんだような笑顔。年の頃は俺と同じくらいだろうか。一目見てわかる。「まともな人間」だ。


「あ、あの……一人でも、大丈夫ですか?」


 その声は、この殺伐とした空間には不似合いなほど、澄んでいた。

 店長の神楽坂が、完璧な営業スマイルで彼女を迎える。


「もちろんですよ、お嬢さん。ようこそ、『チェックメイト』へ」


「わあ、オシャレなお店……!」


 彼女は、店内に並べられた色とりどりのゲームの箱を見て、純粋な讚嘆の声を上げた。

 権田さんも冴子さんも、そのあまりに場違いな「光」の存在に、一瞬、毒気を抜かれたように動きを止めている。


「実は、大学のサークルでボードゲームが流行っていて。もっと色々なゲームを知りたくて、来てみたんです」


 彼女はそう言うと、持っていたトートバッグから、一つの小さな箱を恥ずかしそうに取り出した。


「もしよかったら、これ、皆さんと一緒にやれませんか……?」


 テーブルに置かれた箱。

 そこに書かれていたのは、『おばけキャッチ』という、なんとも可愛らしいタイトルだった。

 箱の絵には、白いおばけ、緑のボトル、灰色のネズミといった、子供が好きそうなポップなイラストが描かれている。

 冴子さんが、ふわりと微笑んだ。


「まあ、可愛らしいゲームですこと。癒やされますわね」


 権田さんも、腕を組みながら「フン、たまにはこういう頭を使わねえゲームも悪くねえ」と、まんざらでもない様子だ。

 あの難解なゲームで行き詰まっていた彼らにとって、それは砂漠の中のオアシスのように見えたのかもしれない。


「サークルは、どんな活動を?」


 店長が尋ねると、彼女は「児童教育サークルなんです!」と胸を張った。

 ああ、なるほど。子供たちと遊ぶためのゲームなのか。それなら安心だ。流石の権田さんたちも、子供向けのゲームで暴れたりは……しないよな?


 今日こそは、平和な夜になるかもしれない。

 血も、涙も、魂の取引も流れない、ただただ和やかな時間が。

 俺は、一筋の希望の光を見た気がした。それが、地獄の窯の蓋が開く、ほんの一瞬前の輝きだとも知らずに。



 女子大生は、嬉しそうに箱を開け、5つの木製コマをテーブルの中央に並べた。

 白いおばけ。緑のボトル。青い本。赤いイス。灰色のネズミ。

 どれも手のひらに収まる、愛らしいサイズだ。


「ルールは簡単なんです。山札からカードを1枚めくって、そこに描かれているものと『色も形も合っている』コマか、逆に『色も形も全く合っていない』コマを、誰よりも早く取るだけです!」


 なるほど、瞬発力とちょっとした思考力が試されるわけか。

 これなら、俺でも活躍できるかもしれない。


「じゃあ、まず練習でやってみましょうか!」


 彼女が、にこやかにカードの山に手をかける。

 常連たちも、穏やかな顔でテーブルを覗き込んでいる。


 そうだ。これでいい。これが、本来あるべきカフェの姿なんだ。


 俺が、心の中で安堵のため息をついた、まさにその瞬間だった。

 彼女の指が、カードを弾いた。

 めくられたカードが、テーブルに現れる。


 ――その刹那、俺は見た。


 権田さんの目が、カッと見開かれ、全身の筋肉が爆発的に隆起するのを。


 冴子さんの唇の端が、三日月のように吊り上がるのを。


 影山さんのメガネが、キラリと未来を計算する光を放つのを。



 ゴングは、もう鳴っていたのだ。

権田「コオォォォッ……フンッ!!」バリィ

潤「タンクトップが……爆散した…?」

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