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5.疑心暗鬼のアヴァロン 〜初心者はマーリンの夢を見るか?〜 その4

毎日12時更新

 静寂が、テーブルを支配する。

 勝利に沸いていた善良な騎士たちも、今は固唾を飲んで一人の男を見守っていた。


 暗殺者・影山さん。

 彼の指先一つに、このゲームの、いや、この世界の真の結末が委ねられていた。

 影山さんのメガネの奥の目が、鋭く冴子さんと俺を射抜く。


「……普通に考えれば、マーリンは冴子さんだ。彼女の論理は完璧だった。だが……完璧すぎやしないか? まるで、誰かから答えを教わったかのように……」


 彼の独白が、店内に響く。


「全ての起点となったのは、あの初心者の叫び。相田 潤、君だ。あれは本当に、ただのパニックだったのか? それとも、我々スパイ、いや、善良な騎士たちすらも手玉に取る、全てを計算し尽くした神をも欺く一手だったというのか……?」


 やめてくれ。そんなに俺を過大評価しないでくれ。俺の脳みそは、とっくの昔に茹で上がったタコみたいになってるんだ。

 影山さんは、額の汗を拭い、ふーっと長い息を吐いた。そして、決意を固めた顔で、叫んだ。


「俺は……俺は賭ける! このゲームの裏にいた、真の支配者に!」


 彼の腕が、ゆっくりと上がる。

 そして、運命の指が、まっすぐに俺を捉えた。


「暗殺者が指名するのは――相田 潤! 君がマーリンだッ!!」


「なっ!?」


「そっちか!」


 騎士たちが驚愕の声を上げる。冴子さんも、わずかに目を見開いている。

 俺は、ただキョトンとしていた。指名された。俺が? なんで?


 店長が、慈愛に満ちた笑みを浮かべ、俺の前に置かれた役職カードにそっと指をかけた。そして、ゆっくりと、本当にゆっくりと、そのカードを表に返した。

 そこに描かれていたのは、紛れもない、水晶玉を覗き込む老人の姿。


「……正解」


 店長が、静かに告げる。


「マーリンは、潤くんでした」


 その瞬間。

 時が、再び動き出した。


「うおおおおおおおおおおおおっ!!」


「やった! やったぞおおおお!」


 沈黙を破ったのは、権田さんと影山さんの、地鳴りのような雄叫びだった。二人は固く抱き合い、まるで世界選手権で優勝したかのように勝利を分かち合っている。


「大逆転勝利だあああああ!」


 その光景を見て、俺以外の全員が、ようやく事態を理解した。

 善良な騎士たちが、次々と椅子に崩れ落ちる。


「そんな……」


「嘘だろ……」


「潤くんが……マーリンだったなんて……」


「我々は……勝っていたはずなのに……」


 そう、騎士チームはクエストで勝利条件を満たした。だが、最後の最後で、司令塔であるマーリン(俺)が暗殺されたことで、スパイチームの大逆転勝利となったのだ。

 俺だけが、状況を飲み込めずにいた。

 自分の役職カードと、歓喜に震える権田さんたち、そして絶望に打ちひしがれる騎士たちを、交互に見つめる。


(え? 俺がマーリンだから……勝ち? いや、権田さんたちが喜んでるから……負け? どっち?)


 俺の頭上に浮かぶ無数のクエスチョンマークをよそに、ゲームは終わった。



 ◇



 ゲーム後の片付けの時間。俺の周りには、奇妙な空気が流れていた。

 権田さんが、俺の肩をバンバンと力強く叩く。痛い。マジで痛い。喜びを全身で表現するな。


「やるじゃねえか、新人! 最後まで俺たちスパイを完璧に騙し通すとはな! 大した役者だぜ、お前!」


(だ、騙してないです……)


 冴子さんも、悔しそうに唇を噛み締めながら、しかしどこか感心したように俺に言った。


「完敗ですわ、潤くん。まさか、あなたが本物のマーリンだったなんて。あなたのあの演技……お見事でした。まんまと、わたくしがマーリンであるかのように誘導されてしまいましたわ」


(演技じゃないんです……素なんです……)


 常連客たちが、口々に俺に賞賛(?)の言葉を浴びせてくる。


「いやー、すごかったな! 『沈黙の預言者』って感じだったぜ!」


「まさに『盤上のトリックスター』だな。敵も味方も、全員お前の手のひらの上だった」


「今日から彼のことはこう呼ぼうぜ。『初心者(笑)』ってな!」


 不名誉極まりない二つ名が、次々と爆誕していく。

 俺は、ただ愛想笑いを浮かべることしかできなかった。俺、何かしたっけ……?



 閉店後。

 俺は、魂が半分抜け殻になった状態で、カウンターを拭いていた。

 そこに、店長がそっと近づいてきて、一枚の封筒を差し出した。


「お疲れ様、潤くん。今日の給料と……」


 店長は悪戯っぽく笑う。


「素晴らしいゲームを演出してくれた、特別ボーナスだよ」


 封筒の中を覗くと、いつもの給料に加えて、青い肖像画の紙が数枚、余分に入っていた。

 その厚みが、俺の空っぽになった魂に、ずしりと重くのしかかる。

 俺の脳裏に、歓喜する権田さんの顔と、心底悔しそうな冴子さんの顔、そして、今、この手の中にある数枚の万札が、走馬灯のように駆け巡った。


(もう二度とやるか……! あんな地獄、二度と……!)


 俺は固く誓う。しかし、その誓いの言葉は、すぐに別の言葉に上書きされていった。


(……でも、この給料のためなら……あるいは……)


 結局、金なのだ。この世は、金なのだ。

 俺は、明日もこの狂気の戦場に出勤することを、静かに、そして固く、心に誓うのだった。


 こうして、ボードゲームカフェ『チェックメイト』に、新たな伝説が誕生した。

 その名は、相田 潤。


 盤上を支配する『沈黙の預言者』にして、味方を勝利に導き、最後の最後で地獄に突き落とす『悲劇の英雄(大戦犯)』。


 彼の受難と栄光(という名の勘違い)の日々は、まだ始まったばかりである――。

次回予告

おばけキャッチは総合格闘技


権田「オラああああああ!!」

潤「弁償!テーブル!!怒られるの俺なんですけど!!」

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