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私を語ります

作者: まるた

僕は今までは人と人は違う考え方、感じ方が違うものであるだから、自分を大事に生きることを正当化してきた。それが今の時代や性格診断などでタグ付けし、免罪符やエゴイズムを振りかざしてきた。

だけどそれも期限があった。嫌われたっていい、1人でも生きていける。強がりもつきとうせば強さになると思って生きてきた。

だけど、突き通せるくらい強い人間ではなかったし、嫌われたくなかったことに気づいた。

人付き合いが苦手で、感情に疎く、客観的な振る舞いがどのように捉えられるか考えずに、自分の内側だけと会話してきた。

徐々にメッキが剥がれ始め、見せたくなかった物まで溢れ始めた。弱さを曝け出すのは怖いことで、子供の頃からできる自分であり続けたいと思っていたし、それが美徳だと…いつの間にか取り繕った浅学理論で武装してわかった気になっていた。

いやフリをしてきた。


これが自分の弱さだ。

変わらなきゃ

変わらなきゃ

変わらなきゃ


何から始めたらいいか、pcの前で頭を抱えていた。

ふと、顔を上げたら錆びついた僕と目が合った。


まず初めに感情や立ち振る舞いについて調べてみよう。



検索エンジン

・感情共感について

・客観的な立ち振る舞いについて



検索を通して感じたことは、わからなさが強かった。

共感や立ち振る舞いについても、x=B y=Cのような出来事に対して、公式を当てはめる様な感覚に似ていた。

でも少し、絶対さはない故に公式の浮遊感を感じた。

また、検索の中で顔を出した常識について何のための常識なのか、常識とは?という疑問がとても強くフラッシュバックする。

僕は過去に発展途上国に訪れた事があった。そこでは信号無視やポイ捨て、食品や衛生などについても全く自分の国とは違うことにショックを覚えた。

トイレに入るのにお金が掛かるし、スーパーには銃をぶら下げた警備員が立っている。

でもそれが常識?みたいな顔して立っている。

でもその国の人たちはとても幸せそうだった。

その日暮らしでも、その瞬間、自分や家族の為に損得で動いている感じが、客観的な立ち振る舞いなど肩身の狭い常識は住んでいない様に感じた。

そこが幸福の行き着く先なのではないかと…常識や期待、周りの目を気にしないのが幸せと

おっと、いけない…

郷に行っては郷に従えだ

ここは日本で、日本の常識ではないのだから

肩身の狭い常識で、人と関わっていく為に、非常識という物を脱ぎ捨てなければならない。

少し肌寒いが、常識を拾って身につけていくとしよう。


とりあえず、人の気持ちに共感と振る舞いの先にどう感じるか?を身につけよう…

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